追憶のリーリエ

羚理々

プロローグ


 こんなはずでは無かったと、断頭台にかけられた少年は唇を噛み締めた。

 

「お兄ちゃん!お兄ちゃん!痛いよぉぉー!」

 

 まだ幼い妹の、絹を裂くような悲痛な叫び声が処刑場に響き渡る。少女はまだ五歳であった。しかしその母親は少女の出産と同時に息を引き取り、その後国王である父親からは忌み子と呼ばれ、その少女は決して愛されることは無かった。

 そんな少女は今、見せしめとして耳を切り落とされ、少年と同じように断頭台にかけられている。

 

あまりにも救いのない惨い話だと、彼は顔を歪めた。

 

「お兄ちゃんたすけて!お兄ちゃん!」

「ミリンダ!大丈夫だ!大丈夫だから!」

 

 必死に叫ぶ少年の声は、もう地面に落ちた少女の耳には届かない。自分と妹の命が断ち切られるまであと何秒残されているのだろうかと、少年は考えた。兄や義母は既に首を切り落とされ、聴衆はその様子を見て愉快そうに笑っている。

 数十秒後、俺達は兄達と同じように人々の見世物になるだろう。革命後の新たな国で、俺達の生首は白骨化するまで飾られるのだろう。もし普通の身分で生まれていたならば、こんな結末になることはなかったのだろうか。

 

 そんな考えが彼の頭を駆け巡るうちに、とうとう彼らの順番が回ってきた。

 

「今この断頭台の上で、浪費と贅沢によって築き上げられた王族の醜い血が全て断ち切られる!新たなる時代の幕開けを!」

 

 革命家の掛け声とともに鋭い金属音が響き渡り、断頭台の刃が落ちる瞬間を告げた。

 

(ああ、待って、待ってくれ。何でもいい、何でもする。俺は助からなくてもかまわない、誰か、誰か妹だけでも助けてくれ……!)

 

 少年は目を瞑り、ただただ祈った。もはや何に祈っているのかも分からなかった。


 

 しかし、いくら時間が経っても一向に刃は落ちてこない。

 

(生きてるのか)

 

 不思議に思った少年はゆっくりと目を開けると、目の前に一人の女性が立っている。人間離れした白い肌に、ドールのような美しい顔。その黒い髪は夜の闇を思わせ、ガーネットの宝石のように美しい真紅の瞳が輝いていた。

 

「それがあなたの望みなのね」

 

 彼女が振り返って手をかざすと、処刑場に群がっていた大衆は次々と瞳を閉じ、眠りについていった。その静寂の中、彼女は兄妹が拘束されている断頭台の上にそっと手を置く。瞬間、断頭台がまばゆい光に包まれ、数多くの花びらへと変貌した。

 

 夢を見ているのかと錯覚するほどに目に映る光景全てが信じることが出来ず、少年はただひたすら目の前にいる女性を呆然と眺める。

 

「……ミリンダ!」

 

 ハッとして隣を見ると、支えがなくなり体制を崩した少女が地面に倒れていた。少年が急いで駆け寄り抱き抱えると、彼女はすぅすぅと穏やかな寝息を立てている。妹が無事であることの安堵の波に包まれ、彼は意識を失った。

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