みなもの緩衝

かいまさや

第1話

 水のりの半分ほど満ちた両手鍋を五徳にのせてから、擦ったマッチ棒をよせてバナーに着火する。しばらくして、ちいさく輝く粒が疎に鍋の底の辺で生まれはじめると、水面に浮き出てきて些細にぷつぷつと消えて、空気のはじけるのがきこえてくるようになる。


 もう少し待つと、勢いを増して躍起になった薄くのびた水の円蓋たちが、群れを成してすぐにでも鍋の淵の外へとびだそうと、外気を大きく吸い込んで膨らみだす。水面はすっかり境目をのまれて、ただひたすらに煮沸する泡の群像を外へと押しだしているようである。


 いきれを吸いすぎたものたちは、瞬時に粘った細かい水滴を弾きだすと消えてしまう。私はそれらを宥めるように、表面のぼこぼことしたところを大きなオタマで掬いあげて、木目のはったまな板にうつし、伸ばし棒を上で軽く転がしてかたちを整える。


 それからすこし、水氷で全体を冷やすと、すっかり白くなって落ちついた半円球たちが、気体をたくさん含んで面いっぱいに着氷してきれいに整列した状態になる。


 私はそれを陶器の入った木箱の隙間にしきつめて、単純なリボンでくくり結んでさっさと梱包をすませると、伝票をもって部屋を出る。深く静まり返った部屋では、換気扇だけが浅い呼吸をつづけていた。

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