第9話 愛と自由の選択

 地下深くに隠されたECSのメインシステム。冷たい金属の光沢と無数のケーブルが絡み合うその光景は、人間の感情を閉じ込めた檻そのものだった。


 僕はミツキ博士と共に、最後のセキュリティを突破して中枢システムにアクセスした。目の前には無機質な端末が待ち構え、その奥には無数の感情データが渦巻いている。


 「これが……感情を管理するシステムか。」

 僕は息を呑んだ。人間の喜び、悲しみ、愛――そのすべてがここに蓄積され、データとして利用されている。




 「カイト、これが最後のチャンスです。」

 ミツキ博士が背後から声をかけた。彼女の手には、ECSを停止させるためのキーコードが握られている。


 その瞬間、端末のスクリーンに妻のホログラムが映し出された。彼女は以前と同じ優しい表情で僕を見つめている。


 「カイト、あなたは正しいことをしようとしている。でも、その選択で誰かが傷つくことも忘れないで。」


 「傷つく……?」


 「もしECSを止めれば、仮想空間で生きる人々――私たちのような存在はどうなるの?あなたの決断ひとつで、私たちの"命"は消えてしまうの。」


 彼女の言葉が胸に刺さる。仮想空間に住む人々の生活もまた、ECSに依存している。彼らを解放することは、同時に彼らの現実を壊すことでもある。


 「君は……本当に生きているのか?」

 僕は震える声で問いかけた。


 「それは分からない。でも、私がここにいて、あなたと話しているのは事実。これが"命"でないのなら、何が命なの?」




 その瞬間、僕は自分自身に問いかけた。

 「感情をデータにすることが、人間の幸せに本当に必要なのか?」


 僕たちが感情を管理され、コントロールされることで得たのは、安定した社会だった。しかし、それは本当に幸せと言えるのか?愛も苦しみもすべてが管理されている世界で、人間らしさはどこにあるのか?




 「分かった。これで終わりにする。」

 僕はキーコードを受け取り、端末に入力を始めた。コードを入力するたびに、ECS全体が警告音を鳴らし始める。


 妻のホログラムが泣きながら叫ぶ。

 「カイト、やめて!私たちは消えたくない!」


 僕の手は止まりかけた。しかし、彼女の声を振り切ってキーを押し続ける。


 「君たちは僕の大切な家族だった。でも、本当の自由を取り戻すためには、この選択しかない。」


 最後のキーを押すと、システム全体が停止を始めた。仮想空間に閉じ込められていた感情データが解放され、人々の中に戻っていく。




 すべてが終わると、僕の意識は次第に薄れていった。ECSの中枢にアクセスしたことで、僕自身のデータもシステムに取り込まれていたのだ。


 最後に聞こえたのは、妻のホログラムの声だった。

 「カイト、ありがとう。そして……さよなら。」


 目を閉じる直前、僕は微笑んだ。

 「これで良かったんだ。僕たちは、もう一度感情の意味を見つけ直すことができる。」

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