第10話 感情の未来

 ECSが崩壊してから数ヶ月が経過した。冷たく管理されていた感情が解き放たれ、仮想空間で生きていた人々も現実へと戻り始めた。初めは混乱が広がったものの、人々は次第に感情を受け入れる術を学び、新しい社会を築こうとしていた。


 かつての無感情な秩序から脱却したこの世界には、不完全さが溢れていた。怒りや悲しみ、衝突も増えた。しかし、それと同じくらい笑顔や涙、真心のこもった言葉が人々の間に生まれていた。




 その中心に、カイトの姿はなかった。彼の行動によってECSは崩壊したが、同時に彼自身もその代償を払う形で姿を消した。人々は彼のことを直接知る者も少なく、カイトの存在は一人の英雄ではなく、象徴として語り継がれるようになった。


 ある広場には、カイトの名を刻んだ小さな碑が建てられている。そこにはこう書かれていた。


 「感情は人間の命そのものだ。未来は私たちの手に委ねられている。」


 この言葉に触れた人々は、自分の感情を抑えるのではなく、それを大切にすることの意味を考えるようになった。




 ミツキ博士はカイトの失踪後も、人々の感情を科学的に解明しつつ、それが人間性を尊重する形で活かされる社会を目指して活動を続けた。かつてのECSの技術は、新しい形で応用され始めていた。管理するのではなく、人々が自分らしい感情を表現できるためのサポートとして。


 ある日、ミツキ博士が研究所で整理をしていると、カイトが残した古い記録を発見した。そこには、彼が最後に綴った短いメッセージが書かれていた。


 「愛と自由を選ぶこと。それが僕たちの未来だ。」


 博士はその言葉を読み、深く息をついた。

 「カイトさん……あなたが残してくれた未来を、私たちは守ります。」




 その夜、広場の近くを歩く一人の少女が夜空を見上げた。無数の星がきらめき、どこかで誰かが見守っているような気がした。


 「ねえ、お母さん。あの人、どんな人だったの?」


 母親は微笑みながら答えた。

 「彼はね、自分を犠牲にしてでも、私たちみんなが本当の感情を取り戻せるようにしてくれた人よ。」


 少女は胸の前で手を合わせるようにして言った。

 「ありがとう、カイトさん。」


 その言葉は、風に乗ってどこか遠くへ消えていった。




 感情の未来。それはカイトが命をかけて人々に遺した宝だった。彼の行動によって新たな時代の扉が開かれた。そして人々は、その扉の先で自らの感情と向き合い、歩き始める。


 カイトはもういない。しかし彼が残した愛と自由への想いは、夜空に輝く星のように、これからも人々の心に灯り続けるだろう。

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デジタルハート ~ホログラムの涙~ まさか からだ @panndamann74

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