第7話 感情の暴走

 逃亡生活を続ける中で、僕の心は限界を迎えつつあった。恐怖、不安、怒り――これらの感情が一瞬たりとも僕を解放してくれない。仮想現実に閉じ込められているという事実を知った今、ホログラムの世界にいること自体が耐えがたい。


 「こんな偽りの世界で、僕は何をしているんだ……!」


 ある夜、僕は隠れ家の壁を拳で叩きつけた。その瞬間、周囲の空間に異変が起きた。ホログラムの家具が一瞬揺らぎ、静かに光が散るように消えていった。




 驚いて振り返ると、部屋全体がまるで波打つ水面のように揺れている。ホログラムのテレビが突然ノイズを発し、妻と子どもの仮想映像が不自然に壊れ始めた。


 「感情データに異常を検知しました。」


 ECSからの機械的な警告音が響く。僕の怒りがピークに達するたび、ホログラムが崩壊していくようだ。それはまるで、僕の内なる感情が現実そのものに干渉しているかのようだった。




 「これは……一体どういうことだ?」


 ミツキ博士に連絡を取ると、彼女の顔は驚きと不安で強張っていた。


 「カイトさん、これは予想以上です。あなたの感情データがECSの管理を超えて、現実空間に直接影響を及ぼしている可能性があります。」


 感情がデータとして制御される世界で、その制御を超越する存在。ミツキ博士は、それが僕という特異点の本質だと断言した。




 しかし、僕の感情が暴走するたびに、隠れ家のホログラムだけでなく、周囲の街の風景にも影響が広がり始めた。建物のホログラムが消え、人々の仮想アバターが不自然にフリーズし、街全体が不気味な静寂に包まれる。


 「これ以上続けたら、僕が何を壊すか分からない……」


 僕の中で恐怖が募るとともに、その感情が新たな崩壊を引き起こす。感情そのものが力となり、仮想世界を侵食していく感覚。だが同時に、僕はこの力を使えば自由への道を切り開けるのではないかと考え始めていた。




 「カイトさん、あなたの感情エネルギーがECSの管理領域に干渉しています。このままではECS全体が不安定になりかねません。」


 ミツキ博士は警告するが、僕は引き返すつもりはなかった。この偽りの世界を終わらせ、本物の現実へと戻るためには、自分の力を信じるしかない。




 感情の暴走が引き起こす影響を目の当たりにし、僕はその力をコントロールする術を探し始める。しかし、ECSの崩壊を目指す一方で、そこに潜む未知の危険と対峙する覚悟が必要だった。

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