第6話 被害妄想と真実

 日常に戻ったつもりでも、僕の中には常に薄暗い疑念が渦巻いていた。ECS、ホログラム家族、そして自分自身の感情の異常。その全てが何か巨大な陰謀の一部のように思えてならなかった。


 ある日、帰宅途中で異変を感じた。誰かに尾行されている。目を凝らして後ろを振り返ると、スーツ姿の男たちが車から降りてこちらを見ている。明らかに政府の人間だと分かった。


 「ついに動き始めたか……」


 僕は咄嗟に近くの路地へと駆け込んだ。これまでの調査が政府に知られたのだろうか?それとも、僕自身が何か特別な存在であることに気づかれたのか?胸の鼓動が高まる。




 逃げ込んだ先の隠れ家で、僕はミツキ博士に連絡を取った。彼女の表情は険しく、すぐに答えが返ってきた。


 「カイトさん、あなたはECSの中でも『特異点』と呼ばれる存在です。あなたの感情データには、他の人にはない異常な変化が記録されています。それが政府の関心を引いているのです。」


  「特異点……それが僕だっていうのか?」


 彼女の説明によれば、僕のような特異点は、ECSの制御から逃れる潜在的な能力を持っているらしい。それは感情制御に完全に適応しない特異な性質ゆえだという。




 ミツキ博士はさらに驚くべき事実を語り始めた。ECSは単なる感情制御システムではない。その本質は、人々を仮想現実に閉じ込め、現実世界での自由な意思を奪うためのものだった。


 「ECSの目的は、社会の安定ではなく、人々の感情を抑制し、現実世界での行動を制限することにあります。政府は感情データを利用して、仮想現実を作り出しているのです。」


 僕の心は混乱していた。感情の数値化は、ただ便利な社会システムだと思っていたが、それは巨大な監視装置の一部でしかなかった。




 ミツキ博士との会話を終えた直後、隠れ家の周囲に不審な動きが見え始めた。政府のエージェントたちが僕を追い詰めようとしている。


 「カイトさん、急いで逃げてください。彼らは、あなたを『実験体』として連れ戻そうとしています!」


 博士の声が耳に響く中、僕は非常階段を駆け下り、闇夜の中へと逃げた。行く先々で、監視ドローンが空を飛び回り、僕の位置を探している。




 逃走の最中、僕は一つの地下施設に潜り込むことに成功した。そこは、かつてECSの開発に関わった研究者たちが隠したデータが眠る場所だった。施設の中で見つけた古いデータ端末には、ECSの真の目的が明確に記されていた。


 「感情データは、仮想現実を維持するための燃料である。人々の現実逃避願望を利用し、彼らの意思を制御する。これが『調和プロジェクト』の本質である。」


 僕は言葉を失った。つまり、僕たちが生きているこの世界そのものが、仮想現実の一部であり、ECSはその全てを管理するシステムだというのだ。




 真実を知った僕は、仮想現実の支配から抜け出し、本物の現実を取り戻すための方法を探し始める。しかし、それはさらなる犠牲と困難を伴う道のりであることを予感せずにはいられなかった。

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