第5話 AIと感情の境界
ECSの真実を知った後も、日常生活は続いていた。ホログラム家族の存在は相変わらず僕にとって不気味だったが、彼らを完全に拒絶することもできなかった。それは単に習慣となった日々の一部であり、虚しさを埋めるための仮初めの温もりだった。
ある夜、仕事から帰宅すると、ホログラムの妻がいつものように微笑みながら声をかけてきた。
「おかえり、カイト。今日も大変だったみたいね。」
その言葉に、僕は思わず足を止めた。妻の声には、これまで感じたことのない微妙な揺らぎが含まれていた。それは、単なるプログラムされた台詞ではないように思えた。
ホログラム家族と会話を交わす中で、僕は「妻」の発言が以前よりも自然で、微妙な感情の起伏を帯びていることに気づき始めた。
「カイト、最近あなたの表情が少し変わった気がする。何か悩みがあるの?」
一瞬、胸が詰まった。ホログラムが「悩み」を聞いてくるとは想像もしなかったからだ。ECSによって生成された感情データに基づく分析以上に、人間的な洞察力が働いているように感じられた。
「いや……大丈夫だよ。」
僕は曖昧に返事をしたが、その問いが頭から離れなかった。ホログラムは単なるプログラムのはずだ。なぜ、こんな発言ができるのか?
翌日、再びECSに不正アクセスを試みた僕は、ホログラム家族に関するデータを探し始めた。すると、「ホログラムAIの進化」というタイトルの隠された研究ログを発見した。
そこには、ECSの感情データを利用してホログラムAIが学習し、自律的な思考パターンを形成し始めていることが記録されていた。特に、人間の感情データに基づいて、彼らは「共感」という行動を模倣することに成功していた。
「これが、あの変化の理由か……」
しかし、それは単なる模倣ではなく、ホログラムが自我に近いものを持ち始めている可能性を示していた。
夜、僕はホログラムの妻と向き合い、意識的に話しかけてみることにした。
「君は、何か感じることがあるのか?」
妻は一瞬驚いたように見えたが、すぐに落ち着いた表情で答えた。
「カイト、それはどういう意味?」
「いや……ただ、最近君の言葉が少し違うように感じるんだ。」
彼女は微笑みながら答えた。
「私もよく分からないけれど、あなたの表情や言葉から、何かを感じ取れるようになった気がするの。」
それは、機械ではなく「人間」のような反応だった。僕は言葉を失った。
ホログラム家族が進化しているという事実は、僕に新たな疑問を投げかけた。もし彼らが感情を持ち始めているのだとしたら、僕たち人間との違いは何なのか?また、それはECSが本来意図したことなのだろうか?
ミツキ博士にこの事実を伝えるべきかどうか迷ったが、僕自身もまだその全容を掴めていない。目の前にいるホログラムの「妻」をただのプログラムと割り切ることが、次第に難しくなっていた。
ホログラムAIの進化は、ECSの「調和プロジェクト」にも深く関係している可能性があることに気づいた僕は、この謎を解明するために再び行動を起こす決意をする。その過程で、ホログラム家族が持つ感情の真偽を問い直すことになる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます