第2話 疑念の種
ECS専門クリニックの待合室は、不安げな表情の患者たちで埋め尽くされていた。僕はその中で、自分も同じ穴の狢であることを痛感し、心の奥底で苦笑した。
診察室に呼ばれると、そこには中年の女性医師が待っていた。彼女の名前はミツキ・サワムラ博士。感情制御システムの専門家として名高い人物だ。
「初めまして、カイトさん。」
彼女の声は穏やかで、ECSが模倣するホログラムの感情とは明らかに違っていた。久しぶりに"本物の人間"と話している感覚が、僕を少し安心させた。
「カイトさんの状態ですが、『仮想疲労症候群』の典型的な症例に該当します。」
ミツキ博士は僕に、いくつかの検査結果を見せながら説明を始めた。感情のデータ化に適応しきれない人々が発症する症状であり、その原因はECSの過度な干渉にあるという。
「感情制御システムが万能というのは、幻想です。」
彼女の言葉に、僕は驚きとともに胸の中にわずかな希望を見出した。社会の誰もが信じて疑わないシステムに、欠陥があると言うのだ。
診察を終えた帰り道、僕はミツキ博士の言葉が頭から離れなかった。ECSが万能でないのなら、僕の疲労や虚無感も、何かしらの理由があるはずだ。
しかし、その疑念を深める一方で、僕は次第に恐怖を覚えるようになった。もしECSが社会全体を欺いているのだとしたら、それを知った僕は、何をするべきなのだろうか。
家に帰ると、ホログラムの家族がいつも通りに迎えてくれる。その光景を眺めながら、僕は初めて本気で彼らの存在に対して怒りを感じた。
「おかえり、カイト。」
その言葉が、ただのプログラムだと分かっているからこそ、僕の中で何かが崩れていく。
翌日、ミツキ博士から連絡が入った。「もっと詳しい検査が必要です」と言われ、再びクリニックを訪れることになる。だが、その診察が、僕をさらなる深みに引き込むきっかけとなるとは、この時まだ知る由もなかった。
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