第22話 守るべき未来
激しい雨が倉庫の薄い屋根を叩きつけていた。銃声の余韻が静寂を切り裂き、迫りくる追跡者たちの足音が外の泥濘を踏みしめて近づいてくる。香織は端末を握りしめ、進行中のデータ送信のバーが少しずつ動いているのをじっと見つめていた。
「送信中:残り10秒」
そのわずかな秒数が永遠にも思えるほどの緊張感が張り詰める。涼介がドアの前に立ち、銃を構えて香織の後ろを守っていた。
「香織、状況は?」涼介が振り返らずに尋ねた。
「あと少し……もう少しで送信が完了する!」香織は声を震わせながら答えた。
佐藤が倉庫の窓から外を見ながら短く言った。「奴らが侵入を試みている。時間を稼ぐ必要がある。」
その言葉に涼介が苛立った声を漏らす。「どうやってだ?人数が多すぎる!」
佐藤は小さく息を吐き、腰のポケットからもう一丁の拳銃を取り出した。「ここは私が守る。君たちは端末を死守しろ。」
「佐藤さん……!」香織が驚きの声を上げるが、佐藤は静かに笑みを浮かべた。「山崎の意思を守るためだ。それに、これが私の償いになるだろう。」
その瞬間、倉庫のドアが激しく揺れた。外から金属製のバールか何かでこじ開けようとする音が響き、鋭い声が聞こえる。
「中にいるのは分かっている!ドアを開けろ!」
香織は端末を握りしめながら、小刻みに震える手で送信バーを見続けた。
「送信中:残り5秒」
「ここが最後の勝負だな。」涼介が呟き、銃を構え直した。
ドアがついに破られ、黒服の追跡者たちが倉庫内に雪崩れ込んできた。その瞬間、佐藤が素早く動き、最初の一人を銃で牽制した。
「止まれ!」佐藤の声が倉庫内に響き渡る。
だが、敵は止まらない。次々と銃を構え、香織たちに向かってくる。
「送信中:残り1秒」
香織は端末を見つめ、祈るような気持ちで息を止めた。そして――画面に新しいメッセージが表示された。
「データ送信が完了しました」
「送信完了!」香織が叫んだ。その声に涼介が振り返り、安堵の表情を見せる。
「やったのか?」涼介が確認する。
香織は大きく頷いた。「これで真実は世界中に公開された。もう誰も止められない!」
しかし、その歓喜の瞬間も束の間、敵が銃を向けて近づいてくる。
佐藤が香織と涼介に向かって叫んだ。「今すぐここを出ろ!私が奴らを引き付ける!」
「でも……!」香織が叫び返すが、佐藤は険しい表情で言葉を続けた。「これが私の役目だ!山崎が命を懸けた真実を守るために、私はここにいる!」
涼介が香織の肩を掴み、力強く言った。「行くぞ、香織!ここで死んだら山崎の意志も無駄になる!」
香織は端末を強く握りしめ、目に涙を浮かべながら佐藤を見つめた。「佐藤さん……ありがとう。」
佐藤は静かに頷き、銃を構え直した。「必ず生き延びて、これを世界に届けろ。」
涼介は香織の手を引いて、倉庫の裏手にある非常口から外へと走り出した。
雨の中を駆け抜ける香織と涼介。遠くで銃声が何度も響き渡り、佐藤が最後まで抵抗を続けていることが分かる。
香織は涙を拭いながら、胸に抱えた端末を見つめた。「これが……これが山崎さんの真実……。」
涼介が振り返りながら言った。「佐藤が時間を稼いでくれた。この命、無駄にするなよ。」
香織は強く頷いた。「絶対に。このデータを守り続ける。」
二人は雨の中を走り続け、遠くの町の明かりを目指した。その明かりの先には、真実が広がる未来が待っていると信じて。
エピローグ:真実の代償
数日後――。
ニュース番組が、ある巨大企業と政府の癒着、そして危険な計画の詳細を報じていた。香織が送信したデータが瞬く間に拡散され、世界中の注目を集めていた。
「今回の暴露によって、複数の幹部や政府高官が関与していたことが明らかになり……」
テレビ画面の前で、香織は静かに目を閉じた。山崎と佐藤、そして自分たちが命を懸けて守った真実が、ついに公になったのだ。
涼介がコーヒーを持って隣に座り、ぽつりと言った。「これで少しは報われるかもな。」
香織は微笑みながら答えた。「そうね。でも、これが終わりじゃない。真実を守る戦いは、これからも続くわ。」
画面には、抗議運動をする人々や、責任を追及される企業幹部たちの映像が映し出されていた。それを見ながら、香織は山崎の言葉を心の中で反芻していた。
「真実を守る覚悟がある者に、未来は託される。」
香織はその言葉を胸に刻みながら、新たな戦いに向けて歩み出した。
完
【読者参加型小説 毎日17時投稿】港町事件簿 陰謀の港 ~誰が正義を殺したのか~ 湊 マチ @minatomachi
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます