第12話 消えない偏頭痛
マナミのクリニックを訪れた女性、篠原美子(しのはら みこ)は、小説家として長年活躍してきた人物だった。彼女は40代後半で、数々の賞を受賞する一方、5年以上も偏頭痛に悩まされていた。
「痛みが酷い時には、締め切りどころか日常生活すらままなりません。それでも、どうしても書くことをやめられなくて……。」
美子の顔には深い疲労が滲んでおり、手には常に痛み止めの薬が握られていた。彼女の職業的プレッシャーと、何かを抱え込んでいるような表情に、マナミは強い違和感を覚えた。
診察室で美子に症状について尋ねると、彼女は偏頭痛の発作が始まるタイミングに特徴があることを語った。
「いつも執筆を始めようとすると痛みが襲ってくるんです。それで、無理に書こうとするとさらに酷くなって……。」
執筆に関する話題になると、彼女の声は急に小さくなり、目を伏せた。
「私は書くのが好きなはずなのに、最近は何を書いても満足できないんです。編集者も読者も、私が望む以上のものを求めている気がして……。」
マナミは彼女の手を取りながら、優しく微笑んだ。
「美子さん。もしかしたら、その頭痛が何かを伝えたがっているのかもしれません。」
美子の偏頭痛に触れ、マナミは静かに目を閉じた。その瞬間、深い森の中にいるような静寂と共に、耳をつんざくような鋭い叫びが聞こえた。
「もうやめて!無理に作り出さないで!」
その声は、美子自身の中にある何かが訴えているようだった。
次に現れたのは、美子が原稿用紙の前で一心不乱に書いている姿。しかし、どれだけ書いても真っ赤な×印が現れ、彼女は何度も何度も書き直している。そのたびに頭痛が強まり、筆を折る音が響く。
「私は書きたい。でも、この声が止まらない……。」
マナミはその「声」が、美子の創作への恐れや完璧主義から来ていることを悟った。
セッションを終えた後、マナミは美子に病気の語りを伝えた。
「偏頭痛が伝えたいのは、『自分の中の声に正直に』ということです。無理に期待に応えようとしなくても、あなた自身の思いを大切にすることが大切なんです。」
美子は驚いたように目を見開き、しばらく沈黙してから話し始めた。
「確かに……最近は、読者や編集者の期待に応えることばかり考えて、自分が本当に書きたいものを見失っていました。」
彼女は涙を流しながら語った。「私は、本当はもっと自由に、自分のために書きたかったんです。でも、それが許されないと思っていた……。」
マナミは美子に、まず自分の内側にある本当の声を紙に書き出すよう提案した。作品として完成させるのではなく、ただ感情をそのまま書き出すためのノートを作ること。それが美子の心を解放する第一歩となると信じていた。
「結果を求めずに、ただ自分のためだけに書いてみてください。それが偏頭痛を和らげる鍵になるはずです。」
美子は最初、書くことに抵抗を感じていたが、数日後には少しずつ筆が進むようになった。彼女のノートには、仕事の不安や期待へのプレッシャー、そして書くことへの喜びが入り混じった感情が溢れていた。
それと共に、偏頭痛の頻度と強さが少しずつ和らいでいった。
美子は再びマナミを訪れ、感謝の言葉を述べた。
「偏頭痛が教えてくれたことに気づけてよかったです。今は、自分の心と向き合いながら書けるようになりました。」
マナミは、偏頭痛という病気が美子にとって必要なメッセージを伝える存在であったことを改めて実感した。
「病気は人を苦しめるだけのものじゃない。その奥には、私たち自身が見過ごしている大切なことが隠れているんだ。」
そう胸に刻みながら、マナミは次の患者に向き合う準備をした。
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