5日目 第3話 夏の日差しと揺れるワンピース
寮の玄関を抜けると、夏の強い日差しが降り注いでいた。
花音は思わず目を細め、軽く額のあたりを手で覆う。眩しさもあるが、それ以上に、外の空気に触れたことで改めて「今、自分は女子の姿をしているのだ」という現実が押し寄せてきた。
昨日は車での移動だったため、こうして真正面から夏の街並みに立つのは初めてだった。
少しの風が吹き抜け、ワンピースの裾がふわりと揺れる。足元は、綾香に借りた白いサンダル。履き慣れていないせいか、少し心もとない感じがした。
「大丈夫?」
隣で綾香が優しく声をかける。
「うん……ただ、やっぱりちょっと緊張する。」
「だよね。でも、昨日もちゃんと乗り越えたし、今日も大丈夫だよ。」
そう言いながら、綾香は軽く腕を組むように花音の手を取る。ほんの一瞬、花音の肩がびくりと揺れたが、綾香は気にした様子もなく、にこりと微笑んだ。
「さ、行こ?」
花音は小さく息を吸い、頷く。
目の前の道を歩き始めると、ワンピースの裾が足にまとわりつく感触が、スカートにまだ慣れない自分を改めて意識させた。
今日は電車での移動になる。車の中ならばまだしも、人が多い電車の中で目立ってしまうのではないか、誰かに怪しまれるのではないか、そんな不安が頭の中をぐるぐると巡る。
「うわ……やっぱり暑いね。」
綾香が手を額に当て、少し息をつく。
確かに、夏の熱気がじわじわと肌にまとわりつく。駅までは徒歩で向かうため、じっとりと汗が滲み始めていた。
「花音、大丈夫?」
「うん、平気。でも……なんか、昨日とは違う感じがする。」
「そりゃ、昨日はほぼ室内だったしね。あと、花音にとっては“完全に外”での女の子モード、初めてみたいなものだし。」
綾香は軽く笑いながら、歩調を合わせてくれる。
花音は、周囲の視線を意識しないように努めた。
道行く人々は、特に気にすることもなく、それぞれの目的地へと進んでいる。誰も自分を“男子”だと見抜くことはない……はず。
それでも、ふとした瞬間にすれ違う人の視線がこちらを向くたび、胸がどきりと跳ねる。
「……スカートって、風の影響受けやすいんだな……。」
ワンピースの裾が軽く揺れるたびに、落ち着かない気持ちになる。歩き方も、普段のままでは違和感が出るのではないかと、ぎこちなくなってしまう。
「そんなに気にしなくても大丈夫だよ?」
横で綾香が優しく囁く。
「花音、普通に馴染んでるし、可愛いよ。」
「……っ!」
不意打ちの言葉に、心臓が跳ね上がる。
「え、いや、そんな……。」
「ふふ、照れた?」
「別に……。」
「もう、素直じゃないなぁ。」
綾香がくすくすと笑いながら、少し手を引いて歩く。
その様子は、周りから見れば、ただの仲の良い女の子同士のやり取りにしか見えないはずだった。
だけど、花音の胸の内は、昨日とはまた違う緊張感でいっぱいだった。
駅が近づくにつれ、歩道の人通りも増えてくる。
改札を抜け、電車を待つホームへと向かうと、自然と花音は綾香の後ろに隠れるように立った。
「大丈夫、大丈夫。」
綾香はそっと笑いながら、花音の手を握る。
「今日も、ちゃんと花音として過ごせるよ。」
その言葉に、少しだけ緊張が和らいだ気がした。
電車がホームに滑り込み、二人はゆっくりと乗り込んでいった――。
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