5日目 第4話 電車に揺られて
電車に乗り込むと、昼間の時間帯とはいえ、車内にはそれなりの人がいた。
花音は、なるべく周囲の視線を気にしないようにしながら、綾香の後に続いて乗車する。つり革を持つ人、座席でスマホを見つめる人、話し込む学生たち――特に自分を気にしているような人はいないはずなのに、どうしても落ち着かない。
「向こう、空いてるよ。」
綾香が小さく囁き、ドア近くの座席を指さす。
「……うん。」
花音は頷き、そちらへ向かうと、できるだけ自然に振る舞うように意識しながら腰を下ろした。隣に座る綾香が、「ふぅ」と軽く息をつく。
「電車、久しぶり?」
「うん……そうかも。」
「緊張してる?」
「ちょっと……。」
曖昧に答えながら、花音は視線を落とした。膝の上で揃えた自分の手が、どこかぎこちなく見える。淡いブルーのワンピースの裾がふわりと広がり、普段の自分とは違う姿であることを改めて実感させた。
そんな花音の様子を見て、綾香が小さく微笑む。
「大丈夫だよ。誰も変だなんて思ってないから。」
「……そうかな。」
「うん。昨日もそうだったでしょ?」
昨日――ブライダルショップで、ドレスを着た自分を思い出す。あの時も、最初は不安と戸惑いでいっぱいだった。でも、綾香や奈央、スタッフたちが普通に接してくれるうちに、次第にその姿を受け入れることができるようになった。
「……そう、かも。」
「でしょ?」
綾香が優しく微笑む。その表情がどこか誇らしげにも見えて、花音は少し照れくさくなった。
電車はスムーズに走り続ける。車窓の外には、夏の陽射しが降り注ぐ街並みが流れていく。
「ところで、花音?」
ふと、綾香が小さな声で話しかけてきた。
「ん?」
「昨日の写真、気になる?」
「え……?」
「ブライダルショップのスタッフさんが、撮ったデータを整理して送ってくれるって言ってたじゃない?」
確かに、そんな話を聞いた気がする。でも、昨日はスマホを忘れてしまったから、確認することもできない。
「綺麗に撮れてるかな?」
綾香はどこか楽しそうに言う。対して、花音は少し居心地が悪くなった。
「そ、そんなの、別に……。」
「ふふっ、照れなくてもいいのに。」
「照れてない。」
「でも、実際どうだった? ドレス着た感想。」
唐突な質問に、花音は言葉に詰まった。
「えっと……」
思い返すと、昨日の感情は複雑だった。最初は戸惑いと恥ずかしさでいっぱいだったけれど、ドレスを着て、メイクをして、写真を撮られるうちに、妙な高揚感があったのも確かだ。
「……なんか、不思議な感じだった。」
「不思議?」
「うん。最初は嫌だなって思ったけど、意外と……変じゃなかった、っていうか……。」
言葉を選びながらそう答えると、綾香は優しく微笑んだ。
「そっか。じゃあ、またいつか着る機会があっても大丈夫かな?」
「えっ、それは……。」
「冗談だよ。」
綾香はくすくすと笑い、花音は思わず頬を膨らませた。
「もう……からかわないでよ。」
「ごめんごめん。でも、昨日の花音、本当に可愛かったよ。」
さらりと言われ、花音の心臓が跳ねる。
「……それ、もう言わなくていいから。」
「えー、でも本当のことだし?」
「もう!」
小声で抗議しながら、花音は思わず綾香の腕を軽く小突いた。
そのやりとりを見ていた向かいの座席の女子高生たちが、「仲良いね~」と微笑ましそうにこちらを見ていることに気づき、花音は慌てて視線を逸らした。
……やっぱり、外でこういうの、恥ずかしいかも。
それでも、隣にいる綾香が優しく微笑んでくれているのを感じて、少しだけ肩の力を抜くことができた。
電車は次の駅に向かって、穏やかに進んでいった――。
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