第11話
「明後日――ってことだから――――聞いてる? 咲綺」
莉穂と別れて家に帰り数時間。母の声に咲綺はうわの空で聞きながら、マルガレーテと共にソファに座りスマホをいじっていた(マルガレーテは相変わらずテレビを見ている)。
「うん。聞いている」
「本当に?」
「うん。聞いている」
「そう、じゃあ今から行ってきて」
「うん。聞いて――えっ!」咲綺は驚いたかのように母の顔を見た。
母は会社の資料を片手に咲綺に言う「何を驚いてるの、行ってくれるんでしょ? うん、って言ったじゃない」
「でも、私聞いてなかったし……」
「だったらしっかり話を聞きなさいな。まあどちらにせよ、忙しいから行ってきて」
「えー。帰ってきて疲れたあ、私じゃなくてマルガレーテに頼んでよママ」咲綺はソファにへばりつき、体をぐらぐらと動かした。
「……はあ。じゃあ頼もうかしら」
「だって、マルガレーテ。代わりに行ってきて、宇宙人に攫われても私はあなたのこと忘れないから」咲綺はマルガレーテの腕を叩く。
「はい、頼まれればなんでも」とマルガレーテは言った。
資料を整えると母はマルガレーテにこう頼んだ「じゃあお願いマルちゃん。咲綺を連れて一緒に行ってきて」
はい、とマルガレーテは言うと咲綺の腕を掴み、そのまま立ち上がって咲綺を引っ張った。首根っこを掴まれた猫のように咲綺は連れていかれそうになっていた。フローリングに足を置いて抵抗しようとしても、マルガレーテの移動速度は一切変わらずに玄関へと向かう。母は何食わぬ顔で手を振っていた。
「ちょっと離してよ! この悪魔!」
「はいはい。行きましょうね咲綺さん。お母様に頼まれたのですから、しっかりと務めましょう」
「攫われる――悪魔に
この悪魔、と咲綺は騒ぎながらマルガレーテと一緒に暗くなった空のなか、お使いへと向かっていった。
ディスカウントストアに寄って母に頼まれた物(使い切りのシャンプーとリンス、ポリ袋、圧縮袋、洗顔シート……など。マルガレーテが全部覚えている)を買い物かごに入れていった。それと同時に、咲綺もいろいろと買い物かごに入れながらマルガレーテを商品の場所へと誘導した。夜ではあるが人はそれなりにお店にいた。
「夜なのに結構いますね」マルガレーテは棚から商品を取り出しながら咲綺に言う。
「そういうところだし。たまに来ると面白い物がちらほらとあったりするから、不満はないけど」
「さっきまで泣き叫んでいたのに?」
「叫んではいたけど、泣いてない。勝手に泣かせないで」
まったく、と咲綺は愚痴をこぼしながら商品を見ているとパジャマが陳列されて置いてあった。買い物かごに商品を入れるマルガレーテを咲綺は呼んだ。
「ねえ、こっちに来て」
「いま行きます」と言い、咲綺の側まで寄り「なんですか」と尋ねた。
ハンガーラックに掛かったパジャマを人差し指と中指を使いながら動かして、右から左へとハンガーに掛かったパジャマをスライドさせてマルガレーテに言う。
「あなた寝る時いつも私服のままでしょ。こういうパジャマでも着たらどうかなって思って」動かしていた指を止め、パジャマをつまみあげる「――こんなのとか」
つまみあげたパジャマは、ピンク色のパジャマ(ありがちな――いかにもとも言える)だった。咲綺には少々笑みがこぼれていた、マルガレーテがどう反応するかと楽しみであったから。
「咲綺さんが良いと思うなら、なんでも構いません」
「つまらない意見ね」咲綺は言葉通りにつまらない顔をした「こんなの着れない、とか。私に対して着たらどう? とか。そういうのを期待してたのに――一応あなたが寝る際のことも〈いちおうは!〉、考えて発言したのに。察してとかそういうつまらないことを私は言いたいんじゃなくて――」
マルガレーテは咲綺のつまみあげているパジャマに手を当てる「わかってますよ、それぐらい。大切なのは相手を思いやる心、咲綺さんは私のことを気にしてくれたのでしょう――一応は。ですから、咲綺さんが良いと思う物なら私は受け入れますよ」ピンク色のパジャマを押して、元の位置へと戻していく。釣られるように咲綺は指を離す「変に茶化さずに言ってください。私は咲綺さんに仕える悪魔なんですから――本当に着て欲しいのは何ですか?」
「あなたって本当に悪魔ね。とても――説教くさい」
そう言うと咲綺は別のパジャマに手を伸ばし始めた。
「もっと素直になってください。そうすれば説教もやめますよ、ふふっ」と、にこやかにマルガレーテ。
「ひねくれてる私が悪いんでしょ。はいはい、なら今ぐらいは素直になってあげる」
「ええ、素直になれば私はなんでも受け入れます」
パジャマを手に取り、マルガレーテに見せる「はい、受け入れなさいマルガレーテ」咲綺はパンダの着ぐるみパジャマを掲げた。
「嫌です」とマルガレーテにこやかに言った。
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