第12話

 買い物が終わるとディスカウントストアから出て帰り道を歩いた。明るいディスカウントストアの周辺から少しずつ離れていくと、暗い夜の空に星が光る。道路の明かりが少し邪魔するぐらいであったが、ベガぐらいは咲綺にも見えた。ビニール袋を持ったマルガレーテが声を掛ける。


「星――ですか。ここでは上手く見えませんね」

 咲綺は何も言わずに空を見るのをやめ、ブロック型のタイル状の歩道から生えてる花火のように爆発した草を見た。一歩、また一歩と進み、最初から踏みつけるのが目的でその草を踏んだ。


「――ねえ」と咲綺は言った。

「どうかしました」

「寄り道……公園にでも行かない? あなたが嫌なら――」

「構いませんよ。いつでも咲綺さんのお傍にいますから」

「――そうだった。忘れてた……」咲綺は進路方向をずらして公園へと足を進めた。


 そう広くはない道を通り公園についた。公園の間近には小学校があり、何故だか悪いことでもしているようだった。錆びた白いアーチ状の車止めを抜けて公園に入り、空を見上げた。格段に空が見えるというわけではないが、さっきよりは綺麗に見える。少しばかり退屈な夜空がそこにはあった。


「こと座、わし座、はくちょう座――ですか」マルガレーテも空を見上げていた。

 三つの目立つ恒星に指を当ててく「ベガ、アルタイル、デネブ、夏の大三角形――」

「夏の大三角形――なるほど。今の時代はそう言うのですね」


「昔は違うの?」顔を空に向けたまま咲綺はマルガレーテに視線を移す。

「ええ、そんな風には言いませんでした。今降り立っている地上は昔とは大きく変わっているのに、地上から見える空は変わらない、時代は移り変わるものですね。時代が進めば意味すら新たなに生み出される、人間の精神性――あるいは人類の叡智、と言ったところでしょうか」


 咲綺は視線を星へと戻す「人間なんてあなたが思ってるほど賢くない。ただ、意味をそれらしく見出してるだけ。本質なんて変わってないでしょ、昔から何ひとつも――」

「今に至るまでの過去を経験していないのに、知ったようなことを言うのも人間の〈賢くない〉ところ――ということでよろしいでしょうか?」

「私じゃなかったら、今頃嫌われる発言なのわかってるの」


 マルガレーテは咲綺の背後に回ると肩に手を置いた。気にすることはせずに咲綺は空を見上げていた(意図的に無視を決めこんだ)。

「ですから、そう言ったのですよ。それに――咲綺さんの言ってることは間違ってるわけでもないですし。人間は何度も似たようなことを繰り返してきて現代まで生きてきました、本質的なところは確かに変わってはいないでしょうね」マルガレーテは寄りかかるように体重を咲綺にかけていく、少しずつ体を前方へと傾け身長差をなくしていくように「ですが、それでは前には進まない。初めから存在するものに新たな価値を見出すことだって未来へと向かうための重要な役割なんですよ。もっと――大切なものを見てください」


 咲綺は肩についた葉でも振り払うように、肩を動かしマルガレーテを遠ざけた。公園の中央付近からブランコまで歩いて腰を掛けると、ほどよくひんやりとしたチェーンを握り、地面を蹴った。マルガレーテがブランコに近づいてくる最中に咲綺は言う。


「だったらいつか見せてよ。変わらない星ですら、変わってしまうようなことを――ムリだと思うけど」

 ブランコに揺られる咲綺をマルガレーテが後ろから止め、徐々に後ろへと引いていった。

「いつかはお見せしますよ」

「ヤダ、今すぐに見せて。それぐらいできてもらわないと、悪魔の名が泣いちゃうかもよ」と咲綺は楽しげに言う。

「わがままですねえ。いつかは見せますよ、いつかは。それまではこれぐらいで我慢してください――」


 マルガレーテは勢いをつけてブランコを押した。咲綺の顔には空気がぶつかり、髪が後ろへと流される。耳からは風が通り抜けていく音が聞こえ、足を前に伸ばす。視界に映る公園と住宅はテーブルクロスを引いていくようにその姿を消して、地球がひっくり返ったと感じるぐらいだった。首を曲げて頭を上に向けなくても広がる星々、小さな傾斜型けいしゃがたドームのプラネタリウムぐらいの夜空が咲綺の目に映る。星の名前を口に出す必要はなかった――その前にプラネタリウムみたいな夜空は頂点に達し、落ちるジェットコースターのように夜空は消えていってしまったから。ブランコの振り子を足でブレーキを掛けて、背後に立つマルガレーテを見た。


「どうでしたか」とマルガレーテは言った。

「――安っぽい夜空」

「嫌でしたか?」

「高級なのは嫌い。見栄っ張りに見えちゃうでしょ」


 ブランコのチェーンから手を離して立ち上がる。握っていたチェーンの部分は咲綺の手の温かさと同じぐらいだった。手の匂いを嗅ぐと鉄臭さがついており、意味はないが軽く手を振った。


 数歩足を前に出して咲綺は言った「星も飽きたから、帰りましょう。遅くなったらママが心配しちゃう」

「はい、帰りましょうか」

 途中でコンビニに寄り、百六十八円のアイスを食べながら二人は夜道を歩いた。

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