第10話

「ああ、これは私のね」咲綺はデミグラスソースハンバーグを手を伸ばし目の前に引っ張った。置かれた場所に一番近いマルガレーテはカルボナーラを近くに寄せ、莉穂はフレンチトーストを手元に置き、フライドポテトをテーブルの真ん中(正確には莉穂と咲綺から見ると少し斜めに、マルガレーテには正面に近いぐらいの位置)に置いた。


 マルガレーテはナイフとフォークを咲綺に渡し莉穂にも渡した後、自分のフォークを手に取った。咲綺は莉穂を見て「莉穂、フレンチトーストだけで足りるの?」と言った。


「あはは……ここに来た時はすべてに不安だったから食欲も無くなちゃってさ、だからフレンチトーストにしたんだよね」莉穂は続けて「だけど、今はもっと食べれる気がするかな」

「それに比べて咲綺さんは、しっかりと食べますね」とマルガレーテは言った。


「それは、私はハンバーグ食べたいし」右手のナイフでハンバーグをひと口分切り左手のフォークで刺し食べた後「もしも、ここに莉穂とあなた以外の人――つまりはそこまで親しくない友人がいたとしたら、私はパスタとオーガニック的なサラダ、それと全員で分けれるピザを頼んでた」ハンバーグの付け合わせられてたニンジンを食べ言葉を付け加えた「それで、最初にサラダを食べてね。健康に気を使ってるアピールをするの。これはとても重要、すぐにパスタやピザに手を出せば相手に舐められる」ナイフでハンバーグを切りながら「それからパスタをフォークで巻いて綺麗に食べる――味の感想も忘れずに」フォークをハンバーグに刺して切り口を皿に垂れているデミグラスソースにこするように付け「少し食べたらピザに手を出す。できれば他の人がピザを取った後に取りたいけど」ソースがたっぷりついたハンバーグを食べ、咲綺の口角が上がる。ナイフとフォークを一旦置き、フライドポテトに手を伸ばし「その時ピザは一枚だけ食べる。後はパスタを周りに合わせて喋りながら、ゆっくりと食べてくの」手に取ったポテトをハンバーグが載った皿のデミグラスソースにゆっくりと漬け、ソースがついたポテトを口に入れた。咀嚼しながらペーパーナプキンで指についた油を落としてポテトを飲み込み「パスタを食べた後に、最後ピザをもう一枚食べたら終了。この後に口に入れていいのは飲み物だけ、これが完璧な親しくない友人との食べ方」ナイフとフォークを手に取り「だけど今は親しい友人――莉穂とマルガレーテだから、私は好きにハンバーグとフライドポテトを存分に食べれる。素晴らしい!」


「なんか咲綺さんテンションおかしくないですか」とマルガレーテは小さな声で莉穂に向けて言った。

 莉穂も小さな声で話した「さっきーはハンバーグ大好きだから。私とファミレス来るといつも食べてる。ハンバーグが好きなことが子供っぽいと思ってる節があるから……水葵ちゃんって子がいた時も最初はハンバーグ頼まなかったからね」


「昔から照れ屋さんだったんですね」

「でも、そこがかわいいんだよねー」

「ですね」

「会話全部聞こえてるけど……」と咲綺は言った。


「――失礼しました。咲綺さんがあまりにかわいらしかったので」そう言うと、マルガレーテはカルボナーラをフォークで巻いた「もっと咲綺さんのお話が聞きたいですねえ」巻いたカルボナーラを食べた。


「あのね、一応さっきの話で言っておきたいけど私はハンバーグが子供っぽいなんて思ってない。だけど、所構わずにハンバーグを食べる女じゃないってこと。マルガレーテわかる?」

 マルガレーテはわかりませんと言わんばかりにわざとらしく首を曲げた。咲綺はその動作にイラッとしたが、右手のナイフに力をこめて怒りを抑えた。


「さっきーの話ねー、絵が不得意だとか?」

「それは知りませんでした。見たいものですね」

「犬の絵なんて犬なのか猫なのか、それかライオンみたいなよくわからない見た目でね。笑っちゃったなあ」莉穂はくすくすと笑い、笑う体を抑えるかのように手をテーブルにかけた。それを見て、咲綺はハンバーグを不満そうな顔をしながら食べた。


「咲綺さんにそんな才能があっただなんて、感動しました。いつか拝見したいものです」両手を合わせ、にっこりと咲綺の顔を見た。その憎たらしい顔を見て左手のフォークを曲げてしまいそうなぐらい力を加えた。

「私は文学に力を入れてるから。絵が下手なのは文学に注ぎこんだ結果なの」と咲綺は言った。

「好きだもんねー、小説とかの本」

「わかってくれるのは莉穂だけだよ。隣に座ってる駄犬とは大違い。今すぐ山に捨てたいぐらい」目線をマルガレーテに移した。


 フォークを静かに置き、使われていない新しいフォークでフライドポテトを刺し「ふふ、そんなしつけのなってない犬がいるのですね、素手でポテトを食べるような躾のなってない犬が」とマルガレーテは言った。


 両手のナイフとフォークが少し曲がり、咲綺は微笑みながら「そう、どこかにいるの。人をからかう駄犬が、しっかりと躾ないとね」テーブルの下にある自分の足をゆっくりと上げ、隣のマルガレーテの足を踏みにいった。


 足元で靴が床を叩く音が響いた。マルガレーテはまるで足にも目があるかのように、最小限の動作で回避した。何事もなかったようにポテトを食べ「ですけど、飼い主がしっかりと愛情を持って育てないと、犬は言うことを聞きませんよ。知っていましたか咲綺さん」と言って咲綺を見た。


 足を静かに戻し「……それぐらい可愛げがあればいいんだけどね」と微笑みを崩さずに言った。


 テーブルの先から笑い声が聞こえた。咲綺とマルガレーテはそれを聞いて、きょとんとした顔をして笑い声の方に目を向けた。テーブルの先では莉穂が大笑いしていた。さっきまでの悲しみの涙は完全に消え、笑いの涙になっていた。もう一度二人は目を合わせ、また莉穂の方に目をやった。


「ど、どうしたの莉穂」と咲綺は少し不安気な声で言った。

「ごめんね。二人のやり取り見てたら、つい」目を擦り、涙を拭いた「さっきーがさ、こんなに楽しくマルガレーテちゃんと言い合ってるのを見たらなんか嬉しくて」

 楽しそうに見えたのかと不思議に思いつつ「そうなんだ……」と咲綺は言った。

「二人を見てたら、落ち込んでいられないなって思った。自分だってしっかりしないとね」莉穂はフレンチトーストを元気よく口に入れる。


「元気が出て良かったですね」とマルガレーテは咲綺に向かって小さく言った

 頬杖ながら「莉穂が元気なら、まあ――良かったかな」

 莉穂が笑顔で頬張る姿を見て、咲綺はほっとした。


 莉穂を見てたら私まで元気もらちゃった、そう心の中で思い、曲がったナイフとフォークでハンバーグを食べた。

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