第7話

 ここ何日かでは一番の冷え込み、肌寒いという言葉が相応しい日。太陽が東から出てこようとしたが、雲が行く手を遮り偏光レンズを通して見るメリハリのない朝のなかで、咲綺とマルガレーテは共に学校へと歩いていた。


「咲綺さん」とマルガレーテは言った。

「なに?」

「咲綺さん」マルガレーテは同じ言葉を繰り返したので、なに? と全く変わらない声色で咲綺も繰り返した。また、咲綺さんとマルガレーテは言葉を繰り返し、咲綺はなんなのハッキリ言ってとマルガレーテに言った。


「昨日の私のことマルガレーテって言ってくれたじゃないですか。せっかく名前をつけてくださったのに普段は言ってくれないので、呼んで欲しいんです」

「なら昨日呼んだから、それでいいんじゃないの」

「いま二人で呼び合いたいんですよ」と笑顔で言った。


 咲綺は引きつった顔で「……それは気持ち悪いかな」と答えた。

「そういうものなんですね。恋人は名前を呼び合う――と咲綺さんの記憶にもあったので」

「あなたまた水葵との記憶覗いたの……それと私とあなたは恋人じゃない」

「覗いたは人聞きが悪いですね。咲綺さんの記憶が少し入ってきただけですよ」

「一応聞くけど、どこまで記憶があなたに複製されてるの」と咲綺は聞く。


「咲綺さんと水葵さんがベッドで情熱的に絡み合って指を――」

「ああーああー。聞こえない、聞こえない」と咲綺は言い、学校に遅れるからと歩幅を速くした。マルガレーテはそうですねと微笑み、後ろをついていった。


 マルガレーテに学校では、あまりくっつき過ぎないようにと釘を刺した。意外にも言う通りに付かず離れずより少し付くぐらいの距離感でいてくれた。友達の莉穂とも上手く打ち解け咲綺は少し安心した。


 学校が終わり、家につき数時間経った。


「私、映画館行ってみたいです」とマルガレーテは制服姿でミニスカートを履き、銃を持った四人の少女が出てる映画をソファに座ってテレビを見ながら咲綺に言った。ダイニングテーブルの椅子に座り牛乳を飲んでいた咲綺は、映画館ねぇとマルガレーテを見て呟いた。


「あなた映画好きなの?」咲綺は牛乳の入ったコップをふちを触る。

「人が考え、人が演じ、人が撮る。人間が紡ぐ人間の描写とは、なかなかに興味深いものですよ」

「マルちゃん面白い言い方するわね。まるでマルちゃんは人間じゃないみたいな」と咲綺の母はパソコンに向き合い仕事に関する作業をしていた。

(まぁ、悪魔だし)と咲綺は口に出したかったが、言えないので牛乳と一緒に言葉を飲んだ。


「人間観察みたいなものですよ、お母様」

「そうかい。行くなら咲綺も一緒に行ってやんな」

「えー、なんで私まで。休日にあいつと一緒なんてヤダ」と咲綺は抗議した。

「あいつじゃなくて、マルちゃんでしょ。ひとりじゃ可哀想なんだから、行ってやんなさいな」


 咲綺は徹底抗議したが、休日の小遣いを渡され懐柔かいじゅうされた。マルガレーテがいるソファに咲綺も座り、着る服があるか聞いたが出会った頃の服しかないと言うので今見てる映画みたいに制服姿で準備しといてと言い、咲綺は自室に行き小遣いをテーブルに置きベッドに倒れ込んだ。



 目を覚まして時計を見ると、いつもより数十分早く起きていた。休日で映画に行くといっても学校行くより全然余裕がある。なのに妙に早く目を開けてしまった。

 咲綺は雨が降れば行かなくても済むかなと思って、窓を見るが雲なんてそっぽを向いてる。スマホを手にして、何かとんでもない事件が近くで起きてないかニュースを確認するが、デパートで和菓子のポップアップストアが一週間やるってことしかなかった。


 ベッドでうつ伏せになり、顔を横にしてテーブルにある小遣いを凝視しながら、もし行くなら何に使うか詳細に考えた。五分ぐらい使い道をシミュレーションした後、窓を見るが、ペンで綺麗な雲を描けそうなぐらいの天色。咲綺はさすがに諦めた。


 マルガレーテが作った朝食を三人で食べ、部屋に戻り鏡で顔整えた後、洗面所に行き髪を整えた。リビングではマルガレーテがゆったりと髪をかしていた。部屋に戻りクローゼットを開け、プロボクサーの名前みたいなブランド名が書かれてる黒のチョークストライプのワイドスラックスとセットアップのテーラードベストを手に取り姿見で全身を見た。これでいいでしょ、と咲綺は思い、片手にウエスタン調のベルトの形をしたバングルをはめ、莉穂と買ったゴールドカラーの一本の糸がくるりと首を一周したようなネックレス(シルバーも素敵だけど、これはゴールドの方が良い)をつけて、小さなスタッズが端を止め形を保つようについた白のバケットバッグを持ってもう一度姿見で確認する。


 咲綺は半径五キロ(自信を入れればもう五キロ)で自分よりクールな女はいないと思えるぐらいのスタイリングだった。最後にボディピアスモチーフのイヤーカフを左耳につけた。マルガレーテに準備ができたか聞くと、できましたよと言ったので黒のポインテッドトゥのフラットシューズを履き二人で家を出た。


 歩いてるとマルガレーテが咲綺を見て「服装、様になってますね」と褒めた。

「ありがとう。せっかく出かけるんだから好きな服着ようかなって。まあ、私からすればこれぐらいの服装は普通だけど。あと、あなたの服も映画見た後に買ってくからね」少し上機嫌に咲綺は言う。


「咲綺さんが見繕ってくれるなんて――ふふっ、私嬉しいですよ」

「嬉しいって……感情ないんじゃないの?」

「ですから、意味は理解できるんです。咲綺さんの耳につけてるのと同じぐらい。水葵さんからのプレゼント」そう言うと咲綺のイヤーカフに目を向けた。


 咲綺は無表情になり、じっとマルガレーテの顔を見て「今更だけど、あなたってデリカシーが地の底に落ちてる。悪魔?」

「悪魔ですよ。思い出話になるかと思いまして」にこやかに笑った。

「もう少し切り口を考えて話して。そうすれば水葵のことだって……少しぐらいは話してあげる……」

「――そういうものなんですね。努力します」

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