第8話
電車に揺られ映画館に着くと「こんなにも映画が上映されてるのですね」とマルガレーテは目を輝かせながら上映スケジュールを見ていた。
「あなたって映画好きな割に映画館に来たことないの?」
「私が前に地上に降りた頃はひとりで木箱を覗いて映像を観る物があり。今の映画とは比べ物にならないような物でしたよ。その後にスクリーンに映像を投射する物が発明されたと話題になり、少しの期間でしたが観に行ったものですね」
「ふーん」案外世俗的なところあるんだなと咲綺は思っていた。
「それで映画なに観るの?」と咲綺。
「私は何でもいいですよ。もし咲綺さんが見たいのがあればそれを観ましょう」
「ならあれなんてどう、昔の女王陛下が出てくる映画。気に入りそうじゃない」咲綺は映画のポスターに指を指した。
「――アン女王ですか。そうですね、観てみましょう」
咲綺は映画のチケットを券売機で購入し、飲み物とポップコーンを買った。二人分のポップコーンにしたが思ってたより大きく(少し前に値上がりしたが、その分内容量が増えた)食べ切れるか不安だったが、マルガレーテなら悪魔だから全部食べれるだろうと頭に浮かんだ。座席に座り、咲綺は本編が始まるまでポップコーンを五回、口に入れ三回コーラを喉に通した。
マルガレーテは行儀よく座り、四回ポップコーンを口に運び、一回アイスティーを飲んだ。映画がスクリーンに映し出されると館内が静まり返り空気の質量が大きくなったように咲綺は感じた。一時間ぐらい経った頃、ポップコーンを取ろうとした咲綺とマルガレーテの手が重なり合うように触れた。咲綺はピクリと体が動いたが、マルガレーテは何も感じてないかのように平然とポップコーンを手に取った。咲綺は集中した顔で、マルガレーテは穏やかな顔で映画を観ていた。
エンドロールが流れてる時に咲綺はマルガレーテの顔見た。ほとんどの人が集中を切らしてるなか、マルガレーテは一点にスクリーンを観ていた。
「どうだった、気に入った?」と咲綺は言った。
「興味深い映画でしたよ。人間とは身勝手ですね、争いあって」
「面白かったならいいけど。そういえばマルガレーテって昔はあんなメイクして、ドレスとか着てたの?」
「十八世紀頃は地上にはいませんでしたから。あの頃は詳しく知りませんが、青白いメイクはしていた時代はありましたね」
咲綺はそれを聞き軽く吹き出した。
「何かおかしなこと言いましたか」とマルガレーテは不思議そうに言った。
「ごめん――真っ白に塗られた顔を想像したら、つい」
「ふふふ、咲綺さんが面白いならそれでいいですよ」とマルガレーテは笑顔で言い。咲綺も笑顔で笑っていた。
映画館から電車で二十分行った所にあるアウトレットモールに咲綺とマルガレーテは服を探しに行った。アウトレットモールは
「あなた……暑くないの……」頭は少し下がり額は汗ばんでいた。
「まったく感じませんね」
「初めてあなたのことを羨ましいと思った……」
「ありがとうございます。では、感謝の気持ちを――」そう言うと、マルガレーテは咲綺の腕にくっついた。
「何するの! やめて。暑い!」と咲綺はくっついたマルガレーテを引き離そうと空いた方の腕で押した。
「そんな照れなくてもいいんですよ。これは感謝の気持ちなんですから」マルガレーテは押されても全然動かず、懐いた犬のように咲綺にべったりとくっつく。
「やめて! さっきあなたの顔について笑ったことの仕返しでしょこれ! 謝るから離れて!」と咲綺はより汗が出るなかで言い放った。マルガレーテは何のことやらと濁し、満面の笑みで腕にしがみついている。騒ぐと余計に暑くなるので、咲綺は諦め放心状態でマルガレーテに弄ばれた。
やっとのことでショップに入るとクーラーが効いており、咲綺は生気を取り戻した。
「涼しい――」咲綺の顔は疲れが取れたかのように緩んでいた。咲綺はマルガレーテを見ると、もういいでしょ離れてと言い、マルガレーテは言うことを聞き腕から離れた。
マルガレーテにショートパンツとシースルースカートがドッキングされたような黒のロングスカート、首元に共地で目を引くリボンがついた(首元で結んでるような)白のノースリーブブラウスを選び試着室で着替えさせた。
これ着せたら、あの服も着せよう、と咲綺は待っている間に考えていた。試着室のカーテンが開き、マルガレーテが出てきた。
「どうでしょうか咲綺さん。似合っていますか」普段の笑みで立ち、聞いてきた。
「私って天才かも……」と咲綺は声を漏らした。
「モデルが良いのですね」とマルガレーテ。
「まあ、あなたに似合う服を選んだからね。あと、こっちの似たようなドッキングが得意なブランドの服も着てみて」咲綺は服を持ってきてマルガレーテに渡した。わかりました、とマルガレーテは言い試着室で着替えた。
咲綺は服を選び、マルガレーテは渡された服を着る。このやり取りは一時間続いた。結局最初に着た服を買い、ショップから二人は出て少し遅いがカフェで昼食を食べることにした。窓際の向かい合った座席に座りメニューを手に取り咲綺は「私はチキンサンドイッチにミルクのグラス……。あなたは好きなもの頼んで、クリームソーダなんてどう? 飲んだことないんじゃない」メニューを見せた。
それを聞いたマルガレーテは微笑みながら「ドリンクの上にアイスクリームですか――では、それにしましょう」
咲綺は店員にチキンサンドイッチとミルク。マルガレーテにはクリームソーダとBLTサンドイッチを頼んだ。
「二人で食事をとるのもいいものですね」とマルガレーテは言った。
咲綺は顔を窓に向け「あなたと一緒に買い物するのは最初は嫌だったけど――悪くなかった。また……どこかに行きたいなら行ってあげてもいいかな」
それを見たマルガレーテは「ツンデレ――と言われるものですか?」と片手を顎に当て疑問を投げかけた。
「デレてない」咲綺は外を見つめたまま淡々と言った。
「たまにはデレてくださいよ」
「あなたにデレることなんてない」
マルガレーテは軽く微笑み「そういう正直なところ好きですよ」と言った。
それを横目で見た咲綺は「自己肯定感上がったから、特別にデレてあげる――ありがと」一切の気持ちがこもってない感謝をした。マルガレーテはお優しいのですね、と返した。
店内騒がしさのなか、二人は何も言わずに座っていた。外では家族やカップルが歩いている。咲綺はそれらを一つ見つめては、また一つ見つめることを繰り返していた。マルガレーテをちらりと見ると、ただにこやかに
時々窓ガラスに映る自分が見え、顔を確認した後にほんのり強めに瞬きをしてガラスに映る自分の姿を消し、外を見た。店員の足音が近づき、お待たせしましたと言う声がこちらに向かって聞こえたので咲綺は外から目を逸らし、店員の方に顔を向けた。チキンサンドイッチとミルクが咲綺に置かれ、クリームソーダとBLTサンドイッチがマルガレーテの所に置かれた。ミルクをすすりテーブルに静かに置き、声を出した。
「そういえば、あなたって欲望とかあるの。いつもニコニコしていて欲を感じないというか……」
「興味深い質問をしますね咲綺さん。悪魔に欲望……というよりかは欲求はあります。ただ一つ」ロングスプーンでクリームソーダのアイスをひと口分軽くすくい口に入れ、食べた「ただ一つ。人間ですよ」
「どういうこと? 食べるってこと? 怖いこと言わないでよ」
「――食べませんよ、人間という存在自体に悪魔は欲求があるんです。悪魔の中に唯一ある欲求。ただそれに従っているだけですよ」
「人間の存在ねぇ……悪魔って人を騙したり、魂を奪ったり、そういうイメージしかないから。あなたといると悪魔って一体なんだろうと思ったりする」
「人は悪魔に対して恐怖心を持ちすぎなんですよ。人間たちは自らの欲望を叶えようと悪魔と契約をする。だけど代価の支払いには文句を言い騙されたとわめく、強欲すぎるんです。悪魔はただ人間の欲望に対して働いている。
「水葵が――」咲綺は言葉に詰まった。詰まった言葉を飲み込み、もう一度出した「水葵の時に神に祈ったな……けどなにも答えてくれなかった。その時に思ったんだ、神なんていないんだって。そしたら、あなたが来た」咲綺は言葉を紡ぎ「マルガレーテ――時が止まって美しいと思える日ってくると思う?」
「どうでしょうか。もしくるのなら、私は咲綺さんの傍にいられなくなるかもしれませんね」
「なら、その日がくることを望もうかな」
「私悲しいですよ」マルガレーテは変わらず、にこやかな表情で言う。
「冗談。もう少し、いてくれたっていい――少しね」
「感謝します」
マルガレーテはストローでクリームソーダを飲み、咲綺はサンドイッチを手に取り食べた。遅れた昼食を食べた後、自宅へと向かった。夕方というにはまだ早い時間、帰りの電車で咲綺はうとうと眠っていたが、降りる二つ前の駅で直感的に目が覚めた。隣に座っているマルガレーテを見ると、警戒心のないような顔でただ静かに座っていた。見ていることに気づきどうかしましたかと聞かれたが、何もないと答え咲綺はスマホを取り出し通知を確認した。
「さっきー、明日ファミレスに集合ぜったい! 超重要!」莉穂からメッセージが届いていた。
「……なにこれ」と咲綺は莉穂からのよくわからないメッセージに目を通した。
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