第三十八話 これから…

酒天童子の襲撃から一夜が明けた。


被害は決して大きくない。


金時と景綱が重傷を負っただけだ。


【戦争】として考えた場合なら、最小限 以下の被害だろう。


だが…


孫である桃太郎の友人の金時と、自身の右腕とも言える景綱が重傷を負った事は、おじいさんにとっては大き過ぎる痛手であった。


その上、幹部と見られる六体の鬼達をみすみす見逃している…。


郷で最強を誇り、長の立場にいるおじいさんの責任は問われ…


おばあさんから厳しいお説教を延々と受けていた。


おばあさん

「…あんた…!!

…今朝も飯抜きだからね…!!」


おじいさん

「…はい…(泣)」


戦場で身に付けた応急措置。


そして搬送技術。


それらを駆使して、おじいさんは金時達を早急に郷へと帰還させていた。


更に、おばあさんの専門的な治療によって一命を取り留めた二人。


だが、郷を囲む鬼の残党達は決して逃げようとはせず…


郷に攻め入る隊列を整えたまま、郷の西側から動かなかった。


そもそも目的は何なのか?


おじいさんはそれを聞こうとして、槍を投げ返された。


槍には【桃ノ郷を殲滅せよ】と書いてあった。


そしてそれが【温羅】からの命令である事も記載されていた…。


だがしかし、何故 殲滅しようと考えているのかは分からず終いだ。


これでは温羅率いる鬼達と、どう関われば良いのか分からない。


余りにも突然の事態。


余りにも一方的な戦争。


これからどうなってしまうのか予想も出来ない現状に、おじいさんだけではなく郷 全体が揺れていた。


そして…


問題は更にもう一つある…


おばあさん

「…桃太郎を一度連れ戻そう…。」


長年、人間と鬼ノ城の関係は良好だった。


お互いがお互いに攻め入る利は無く、お互いに対して不可侵である事こそが最善だと話し合った上で独立した鬼ノ城。


鬼達は人間に迫害されたり、行く宛を無くした鬼達を見付けては城に呼び寄せ、騒ぎを起こす事もなく静かに暮らしていた。


人間達はそこに近付かず、万が一 遭遇したとしても関わらなかった。


だが互いを頼らなくてはならない緊急の事態が起こった時にのみ連絡を取り、互いに支え合える関係を築いていた…。


そんな日々が、これからも続くハズだった…。


いきなり争いに発展するはずなどなかった。


だからおじいさんとおばあさんは桃太郎に鬼ノ城へ行けと言ったのだ。


桃太郎に持たせた書筒に、温羅への書状を入れて…。


だが、これは書状などではどうにもならない…。


桜や夜叉丸がいても、戦闘になれば桃太郎に勝機は無い…。


戦場での敗北は死…


そして人間である桃太郎が鬼に殺されると言う事は、両種族の関係が悪化する原因となる。


責任の追及…


原因の証明…


恨みや憎しみが残り…


その先に待ち受けているのは戦争…。


どちらかがどちらかを殺し尽くすまで、それは決して終わらない。


このままでは必ず訪れるそんな未来を、おじいさんとおばあさんは何としても阻止しなくてはならなかった。


ただ問題は…


おじいさん

「…誰が行けば良い…?」


万が一、既に桃太郎が鬼ノ城に到着していたとして…


或いは、迎えに行った者が桃太郎と遭遇するまでにそう言う状況になっていたとして…


既に桃太郎一行と鬼ノ城の鬼達が争っている可能性もある。


その結果、鬼ノ城に囚われてしまっている可能性も…。


それどころか、最悪を考えるのならばこの騒ぎが桃太郎の起こした事である可能性まである。


ならば、迎えに行くのはおじいさんか、もしくはおじいさんの側近中の側近でなくてはならない。


今の状況を考えるのならば…


景綱が動けない以上は、郷の中に桃太郎を連れ戻しに行ける立場にある者はおじいさんしかいない。


だがおばあさんを残し、定光と須恵武を残して郷を出るのも不安だ。


景綱が郷を守れるくらいまで回復するか、せめて郷に攻め入ろうとしている鬼達に話し合いの余地でもあれば…


おじいさんの頭の中には現状不可能なその二つの事柄が、ぐるぐるぐるぐると巡っていた。


おじいさん

「くそっ!

…こんな時に【隼太郎(しゅんたろう)】達がおれば…ッ!!」


おじいさんがふと口にした名前…。


それはおじいさんとおばあさんにとって、とても大切な者の名前だった。


だがその名を持つ者は今は遥か遠く…


何かを期待する事も、願う事も不可能だった…。


おじいさんとおばあさんが困り果て…


これからどうするべきか分からなくなっていた…


下を向いても、頭部を手で支えてもその答えは出ない。


何なら一人で戦って、郷の外にいる鬼達全員を身動き取れなくしてから拷問でも何でもしてやろうか…?


おじいさんの心に、悪魔がそんな事を囁き始めた…


その時…


苦しそうな声が、直ぐ側からきこえて来た。


「…俺が…行くよ…」


直後…


直ぐ側から聞こえてきた衣擦れの音…。


そして苦しそうな声…。


おじいさんとおばあさんの視線が引き寄せられたそこには、まだ治療中の金時と景綱の姿があった。


おじいさん

「起きておったのかお主達!!

まだ動くなッ!!

傷は浅くないのだぞ!!」


身体を起こそうとする金時と景綱をもう一度 寝かそうとするおじいさん。


しかし…


互いに視線だけで会話して、お互いの意思を確認し合った金時と景綱は、おじいさんの制止を振り切って上体を起こした。


金時

「…郷長…。

…俺達が行くよ…。

…俺達が桃太郎のバカを連れ戻す…!!」


項垂れて、僅かに呼吸を乱し…


何も持っていない手を閉じ、開き…


今の自分の体調を確認するように全身を動かして、その痛みと可動範囲を把握し始めた金時。


同じく景綱も、最も深い傷を負った左肩に触れる事で、今の自分がどういう状態なのかを確認する。


おばあさん

「およし!

肺は避けたようだが、もう少しで貫通するところだったんだ!!

動脈も絶たれていた。

加えて二人共 出血量が多すぎる!!

今は療養して完治を待つんだ!!

でないと血液が不足した事による多臓器不全で死ぬよッ!!」


おばあさんの言葉を聞いて、再び目を合わせる金時と景綱。


…しかし…


彼らが出した答えは変わらなかった。


金時

「…郷長…。

…俺達しかいねぇよ…。

この状況で動けるのは俺達しか…。」


金時の言っている事は正しかった…。


郷長の意思を伝達させるに値する人材…


そしてその護衛を可能とす戦力…


他に動かせる人員はいない…。


二人が健康な身体なら…


しかし…


おじいさん

「…ダメじゃ…!」


この時代…


任務で死ぬ事はざらだった。


金時のような子供でも、理不尽にもその命を奪われる事もある…。


それなのに、金時に「命を掛けろ」と言わないのは不自然だったかも知れない。


しかし…


金時を送り出す事を躊躇う理由が、おじいさんにはあった…。


金時

「何でだよ郷長!!

俺はあんなに何体者鬼を殺したッ!!

景綱と比べれば傷は浅いし、身体も動く!!

景綱に無理をさせないで、俺が戦えば何とかなるって!!」


おじいさん

「お主は一体も殺しておらんッ!!!」


…最初…


金時はおじいさんの言っている事が分からなかった。


一体も殺してない?


あんなに何体も斬ったのに?


…そんなはずはない…


…何かの間違いだ…


自分の耳を疑いながらも、金時はおじいさんの目を確認するように見返した…。


だが…


おじいさんの言っている事は真実だった…。


おじいさん

「…金時…。

…お主…自分がどんな法術を使っているのか、その自覚は無いのか?」


言われて思い出す戦闘中の自分…。


手に残る微かな痺れ…


加速していく視界…


敵を斬ると、必ず相手の身体が小刻みな痙攣を見せていた…


それは…


実戦を経験した金時が初めて知る戦争の風景…。


初めて経験した手応え…。


他の誰かが戦っていても、同じ結果になるはずだと思い込んで見落としていた…。


だがそれは…


今の今まで全力を出す事が出来なかったために知る事が出来なかった、金時だけが知る特別な結果だった…。


おじいさん

「…お主…

…【雷撃】を使うな…!」


雷撃…


それは天の咆哮…


神々の怒り…


瞬きの間に天上から地を割るその力は…


誰も追い付けない速さと、どんな肉体でも内部まで貫く威力を有していた…。


そして金時は…


その雷撃を微弱に身に纏う事により、金属で出来ている刀にまで帯電させていた。


その刀で斬った相手は身体中を痺れさせ、脳にまで達した電撃は一撃で意識を奪い、見る者にはまるで死んだかのように見せていたのだ。


おじいさん

「…お主が意識を失った後…

お主に倒された鬼達は次々に意識を取り戻し、自軍へと帰っていった…。

…不幸中の幸いじゃ…

ワシら側から死人が出ても、鬼の側から死人が出ても、戦争を始めるには十分な理由になっておった。

だが、これがもしも敵の城の中での出来事ならどうなる?」


桃太郎が向かったのは鬼ノ城…。


下手をすれば今頃囚われていて、無数の敵を掻い潜った先にいる。


もしも桃太郎を奪還しようと考えたのなら…


桃太郎の元に辿り着いた時に倒したはずの敵が起き上がり、再び襲って来る事になる。


もしもそうなったのなら…


おじいさん

「…鬼の肉体は頑強じゃ…。

…一撃で殺せる人間など、そうはおらん…。

いつまでも鬼と戦っていれば、こちらの体力が先に尽きる。

此度の健闘は認めるが…

満身創痍のお主を旅に出すにはまだ早すぎるのじゃ!」


おじいさんが金時を送り出せない最大の理由…


それは【経験値の低さ】…


自分はどんな力を持っていて、それはどれ程の物で…


どこまで通用して、通用しない相手にはどう戦えば良いのか?


それがまだ分からない…。


予想も出来ない事態には混乱する事もあるだろう。


それらを徐々に取り除いて、どこに出しても胸を張って「通用する」と言える状態にするには時間が要る。


そして今は、その時間が無い…。


…金時だってそれは分かる…


…今の自分が我が儘を言って景綱に着いていくのはお門違いなのかも知れない…


足を引っ張る事になるかも知れない…


それでも…


桃太郎が大変な状況かも知れないのに自分だけジッとして待っていると言うのは、金時にはどうしても出来なかった。


おじいさん

「…やはり行くのならワシじゃ…。

郷は婆さん…

お主に任せて、ワシが温羅と直接話をするしか…」


おじいさんが多くを諦め、妥協案を選ぶしかないと決意を固めた時…


フラフラと立ち上がった景綱が、自分の剣を金時に手渡した。


金時

「…景綱…?」


金時の瞳を見詰めると、首を小さく縦に振る景綱。


その様子を見て「抜け」と言う意味だと理解した金時は、ゆっくりと景綱の刀を抜いた。


金時

「…これは…!」


熊童子と対峙した時には分からなかった。


しかし、改めて見てみればどうだ…。


それは今まで金時が使ってきた刀とは違う。


鋭く輝く刃…


何度となく修羅場を潜り抜けて来た事が分かる、傷だらけの刀身…


しっくりと手に馴染む柄…


それは金時が今まで使ってきた刀の中でも最も美しく、そして最も力強く光輝いて見えた。


景綱

「…名刀【安綱】だ…。

今までキミが使ってきた刀よりはよく斬れるはず。

その刀なら、鬼を殺さずに戦闘不能にする事も可能だろ?」


そう言うと、自分の荷物を纏め始めた景綱。


彼はまだ癒えぬ身体を引き摺って、旅立ちの準備を始めた。


おじいさん

「景綱!!

何を勝手な事を!!」


景綱の意思を理解して、止めに入ろうとしたおじいさん。


いくら鬼を倒せる力を持ったとしても、その力で鬼を殺してしまっては戦闘を避けられなくなる。


加減して、生かしたまま戦闘不能にするような器用な真似がいつでも出来るとは限らない。


第一、景綱の武器が無くなる。


多くの不利な要素を鑑みて、おじいさんはこの状況を止めるしかないと判断した。


しかし…


景綱が自分の意思を曲げる事はなかった。


景綱

「…言いたい事は分かります…。

…これが利口な判断ではない事も分かります…。

でも…

経験が足りないのなら、これから経験させれば良いと僕は思うんです…。」


景綱のその表情には、期待のような…


或いは確信のような…


それでいて、他にいない諦めのような、複雑な微笑みを浮かべていた。


景綱の表情を見て、深い溜め息を吐いたおじいさんとおばあさん。


二人は深く肩を落とすと同時に、悩み抜いた末の苦汁の決断を強いられる事になった。


おばあさん

「まったく…

男ってやつは皆これだから…。」


そう言うと、何かの手印を組んで気を練り始めたおばあさん。


両手に強力な気が込められると、その両手を広げたまま おばあさんは景綱に歩み寄った。


おばあさん

「…これはあまり使いたくなかった…。

ケガは自然に治るのが一番だから…。

それでも…今は戦争が始まるかも知れない瀬戸際だ。

出し惜しみは出来ない。

行くと言うのなら、これを受けてから行きな!」


凄い気迫で景綱を睨みながら、両手に集中した気を景綱の傷口に押し当てたおばあさん。


それは超高難易度の治癒の法術。


傷口をただ閉じるだけではなく、より丈夫にして完治させる最高難易度の技…。


この法術の利点は素早い完治と、負傷部位を劣化させずに済む事なのだが…


普段、この力を使う事を避けているのには、大きな欠点もまた存在したからだ。


景綱

「ぅうっ…ううッ!!」


おばあさん

「いいかい景綱…。

この法術はあんたの細胞を強制的に活性化させる!

無理やり細胞分裂を促し、あんたの傷口を閉じるんだ。

だがどんな生物にも、細胞分裂の回数には限界がある…!」


治癒した部分だけが進む、ある種の劣化。


それはいずれ古傷の痛みとして現れ、いつか機能に障害を及ぼし、最終的には動かす事も出来なくなる…。


おばあさん

「…それでも、このまま行かせるよりかは幾らかマシだろ?

いいかい…

絶対に死ぬんじゃないよ?」


そう言うと、更に強く輝き始めたおばあさんの手。


その光が金時達のいる部屋全体を覆い…


全員の視界を白く塗りつぶした…。

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