第三十三話 戦闘経験の差
…俺は剣に似ている…
…俺は…触れるもの全てを傷付けるから…
…強い敵を…
…競争相手を…
…越えるべきと判断した相手を…
…容赦なく切り捨てる…
…血風が舞い…
…俺の前に敵が倒れる…
…敵を斬って真っ赤に染まった切っ先に映る俺…
…そこにいる俺はいつも、敵の血を浴びて真っ赤に染まっている…
…切っ先に写し出された自分の目が訴え掛けてくる…
…【お前(俺)】は…【何】を目指す?…
…その問い掛けに、俺が答えられた事はまだない…
…ただ誰かれ構わずに斬りたい訳ではない…
…殺す事が好きな訳でもない…
…俺は…
…【最強】になりたい…
…今は…それだけを思う…
鬼は一人の例外も無く強者揃いだ。
決して、並みの剣士では相手にならない。
名刀と呼ばれる刀を通さない強靭な肉体…
決して尽きない体力…
水を飲まなくても、食事を取らなくても衰えない気力…
鬼の力を言葉に例えるのなら…
正に【一騎当千】…
千人の剣士が束にならなくては、たった一体の鬼にさえ敵わない。
そんな彼らが軍勢で押し掛けてくるのなら、人間に出来る事など無いはずだった…。
10歳やそこらの子供になら、尚更…。
…しかし…
金時
「オラぁッ!!!
次はどいつだぁッ!!!」
立ちはだかる鬼達を、出会い頭の一瞬に斬って落とす…。
斬って…
斬って…
斬り続けて…
金時が通り過ぎたその場所には、立ち上がる力を失った鬼達が何体も倒れていた。
それでも尚 金時の剣は止まる事なく鬼達を斬り続ける。
斬っては倒し…
次の標的を見付けてはまた斬る…
余りにも荒々しい戦闘を繰り広げる金時は、鬼と言えど止める事は困難。
後ろから襲い掛かる事もできずに、金時の進行を許していた。
金時自身、自分がここまで通用するとは思ってもいなかった。
郷の中では、寺子屋の仲間を相手にした【練習】ばかり。
実戦に近いものと言えば、先日の八部衆の襲来時に少しだけ。
おじいさんとの試合では実力差がありすぎて、自分がどの程度なのかが全く分からなかった。
…だが今は、自分を計れる敵がいる。
…敵の強さが良く分かる…
…自分の強さが良く分かる…
…動けば動く程、自分の調子が上がっていくのが良く分かる…
…「俺は…強い」…
そんな確信と共に、金時は今まで挑戦してこなかったあらゆる技術にも挑戦しようと感じ始めていた。
成長するために渇いている者の成長は早い。
戦いながら必要なものを学び…取り入れ…
急成長する今の金時の実力は、人の限界を遥かに越えていた。
誰も今の彼を止められない…
酒天童子と金時の距離は着実に詰まっていた。
金時
『次ッ!!!
目の前の鬼の左奥!!!』
目の前の鬼に横凪ぎの一閃。
そのまま一歩踏み出して、左奥の鬼に袈裟斬り。
それをしながら視界の陰にいる鬼の動きを読んでは次の行動を脳内で組み立て、次の鬼を斬るまでには更に二手、三手先の行動を考える。
その考えてから行動に移すまでの時間の短さが、金時に神業のような戦闘を体現させていた。
金時
『右に一歩!!
鬼の攻撃を捌いて、返す刀で斬り落とす!!!
そのまま右に飛び出したら、右奥にいる鬼に一突き!!!』
身のこなしだけではない。
思考速度までもが異常な加速を見せている。
その思考速度に着いていく金時の高い身体能力。
そこから繰り出される攻撃は正に電光石火。
右へ…左へとジグザグに…
一瞬たりとも止まらずに、次から次へと鬼を薙ぎ倒していた。
おじいさん
「あ、あのクソガキャあッ!!!
一人で勝手に進みやがって!!!」
その頃…
時を同じくして鬼の軍勢へと飛び込んだ おじいさん達は、完全に金時の姿を見失っていた。
多すぎる鬼達の肉の壁が、おじいさん達の視界を完全に遮っていたのだ。
早く金時を止めなくては。
鬼の力はこんなものではないのだから。
そんな焦りを抱えながらも、金時のいる場所が分からないまま闇雲に進んで行ってしまうおじいさん。
すれ違う鬼達にゲンコツを一発お見舞いしては気絶させ、投げ飛ばしては10体の鬼の意識を奪い、ビンタを喰らわしては鬼を泣かせて戦意を喪失させていた。
…そして…
おじいさんの指示に従って三方向へと散らばった景綱達。
彼らは各位それぞれに任された場所で鬼を迎撃していた。
決して力で鬼に勝っている訳ではない。
だが彼らの卓越した戦闘技術と、数えきれない程の戦闘経験が、彼らに鬼を凌ぐ戦力を与えていた。
そして…
景綱が見付けてしまった金時と鬼が戦った形跡…。
一太刀の内に決着をつけては次の敵へ一太刀…
それを繰り返しながら進んで行ったと思われる、倒された鬼達でできた道。
これ程の事ができるのか…
景綱でさえそう感じた事だろう。
嬉しい誤算。
予想以上の実力を持った金時に安心感を覚えると共に…
それでも、やはり景綱の不安は拭いきれなかった。
金時が殺されてしまうかもしれない恐ろしい予感。
それが景綱に金時を追う事を急がせた。
景綱
『この先へと向かえば、きっと金時君はいるはず…!!
けど、これだけの鬼を斬ったのなら、金時君の体力はどの程度残っているだろう!?』
…時は一秒を争う…
景綱はこの瞬間に自らの奥義とも言える法術を使う事を即断した。
右手で形作られた手印【思惟手(しゆいしゅ)】…
それは人々を救う力の印…
景綱がこの印を形作る時、彼の視界は遥か上空へと移動する。
すると、まるで大空を飛ぶ鷹のような視界が景綱の目に写し出され…
そこから狙った獲物の一人一人を正確に判別できた。
景綱
『金時君…どこだ!?』
それは一秒にも満たない僅かな時間。
その間に数百の鬼を判別した景綱の法術。
そして遂に見付け出した金時の姿。
自分と金時の位置関係がハッキリすると、景綱は全速力で駆け出した。
金時
「はあっ!!! はあっ!!!
まだか!?
一番強ぇ鬼はまだ出て来ねぇのか!?」
息が乱れ始めた金時に、酒天童子の部下の一人が迫っていた。
金時
「オラぁッ!!!
さっさと出てこいッ!!!
郷長の叫び声にもビビらなかった六体の鬼共ッ!!!」
一歩…
また一歩と、金時との距離を詰めていく鬼…
彼は酒天童子・四天王の一人…
【熊童子(くまどうじ)】…
彼が扱う法術は特殊だった…
彼の法術が鏡のような役割を果たし、熊童子の意思とは関係のないものをその身に写し出す…。
それは熊童子の姿を見た者にしか分からない、一種の幻…。
心の一番弱い部分…
誰にも知られたくない秘密…
或いは見たくない未来…
想像したくなくても想像してしまう最悪の結末…
それを見て、絶望に染まった表情で全身を硬直させる敵を殺すのが…
熊童子はとても好きだった…
金時
「次はどいつだッ!!!」
次の瞬間…
不自然にパッと開けた金時の視界…
鬼達が左右へと分かれ、見えて来たそこには…
桃太郎
「…金…とき…」
血塗れになり、虚ろな表情で金時を見つめる桃太郎の姿があった…。
全身の至る所についた刀傷…
そこから溢れ出す大量の血液…
腹を押さえたその手の中から零れ落ちそうになっているのは…
恐らく五臓六腑…
誰がどう見ても、死は免れないその姿…
それを見た時…
金時の全身を貫いた【恐怖】と【後悔】…
何故自分は桃太郎と共に旅に出なかったのか…?
一緒にいれば守れただろうか…?
これは…自分のせいなのだろうか…?
それらの感情が入り交じり、金時の全身に指令を出した…
…「助けなくては」…
もう既に手遅れかも知れない…
だが急げば、まだ間に合うかも知れないじゃないか…
誰もが緊急を要するに事態に直面した時、諦めるか否かの判断に逡巡する。
自信などない…
その判断で正しいなどと、一瞬で答えを導き出せる人など、そうはいない…
金時もそうだ…
この時、彼の思考速度がどれ程に高まっていたとしても、見たくないものを見てしまった彼に正常な思考など存在はしなかった。
混乱と焦りに彩られた金時の思考…
そんな思考に陥ってしまった金時には…
戦う事よりも、桃太郎を助けると言う判断を選ぶしかなかった…。
本当は金時も気付いていた…
自分の頭の何処かで鳴っている警鐘に…
旅に出たはずの桃太郎がこんな場所にいる訳がない事に…。
仮にいたとしても、この状態の桃太郎を鬼が囲んで殺そうともしない訳がない事に…
「これは罠だ」
金時にそれを知らせようとして、脳内で鳴り続ける警鐘…
それでも…
目の前の桃太郎に向けて伸ばされた自分の手を引き戻す事など、この時の金時には出来なかった…。
金時
「桃太郎ッ!!!!!!」
金時に助けを求めるように、ゆっくりと伸ばされていく桃太郎の右手。
その全身からは、立ち上がる力さえ感じられない…。
しかし…
虚ろな表情で金時を見る桃太郎の口元だけが…
まるで三日月のように弧を描きながら左右に裂けていった。
桃太郎
「…バカなガキだ…!!」
弱々しく伸ばされた桃太郎の右手から生えるようにして姿を現した一振の薙刀。
それは金時の首元に向けて真っ直ぐに向けられ、今まさにその肌を貫かんとしていた。
「しまった」…
「やっぱりか」…
そんな事を思っただろうか。
絶望と共に自らの死を予感する金時…。
その脳内には、もはやこの状況を打開する方法を考える力も無く…
後、ほんの一瞬が過ぎた時に待つ自らの死を覚悟する事さえ出来なかった…。
金時
『…こんな事で終わりかよ…』
怒り…不満…後悔…諦め…
多くの感情が金時を支配しようとしていた。
こんな終わり方は望んでいなかったから。
もっと派手で明るい未来を想像していた。
きっと自分は日本で一番の侍になるのだと信じて疑わなかった。
そんな彼に突然突き付けられた【死】と言う現実。
受け入れたくない…
まだ生きたい…
そんな願いを言葉に直す時間もなく…
抗えない【死】に向かっていた…
…しかし…
景綱
「金時君ッ!!!」
まるで風のように…
すれ違う鬼達の間を縫って現れた景綱…。
彼の手が…
熊童子の薙刀よりも一瞬早く金時に届いた…。
力強く肩を突き飛ばされて転がった金時。
「自分は助かったのか?」
まずは信じきれないその幸運を受け入れるために、剣が突き刺さるはずだった首元を触って確認した。
…しかし、そこには掠り傷さえなく…
代わりに…
自分を助けようとした手の感触が、金時の肩に何よりも強く残っていた。
次の瞬間…
自分を助けた景綱の存在を思い出した金時。
驚いたように…
気が付いたように…
金時は咄嗟に身体を起こし、景綱の姿をその目で追った。
次の瞬間…
金時の瞳に飛び込んで来た光景は…
自分のために自分を案ずる誰かが貫かれる、あってはならない光景だった…。
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