第三十二話 許可をくれ
【鬼ノ城(きのじょう)】…
それは吉備ノ国のどこかに存在すると言われている、鬼達が住まう鬼の国…
数千とも…数万とも言われているその軍事力は、日本全国の侍や術士を集めても到底及ばないと言われていた。
…だが…
無闇と力を振りかざす事を嫌い、不必要に血を流す事を良しとしなかった鬼ノ城の将軍【温羅(うら)】が、人間と鬼の全面戦争を避けた…。
飽くまで、人間に対しての温羅の慈悲。
人々にはそうして広く認知された鬼ノ城の孤立だったが…
その陰には…
二人の【人間】と温羅の間で起きた【ある出来事】が切っ掛けとなり、温羅に戦争を【止めさせた】と言う事実があった。
…その【ある出来事】とは…
おじいさん
「おーーーーーいッ!!!
鬼ノ城のバカ共ーーーーーーーッ!!!
こんなに天気の良い日の真っ昼間っから何の用じゃーーーーーーーッ!!??」
郷の御神木である、大きな桃の木。
それが生えた崖の上から、おじいさんの大きな声が響き渡った。
そこから眺める広大な景色の大部分を埋め尽くす、鬼ノ城から来たと思われる鬼の軍勢…。
おじいさんの視界には、道と言う道は ほぼ全て彼らが占領しているように見えた。
そんな彼らに対して…
まるで天がその意思を言葉に直して発しているのではないかと勘違いしてしまう程の大声が襲い掛かる。
雷鳴にも似たそれは鬼達の身体を叩き、鼓膜を貫き、ほぼ全ての鬼達に両手で耳を塞がせた。
…そう…
【ほぼ】全員にそれを強制した…。
中には空気を伝わって来たおじいさんの声の振動で気を失う者さえいたのに…
それなのに…
僅かに数人の鬼達が、さも涼しげな表情でおじいさんが居る崖の上を睨み返していた。
おじいさん
「…ふむ…取り敢えず六人ほどか…。」
おじいさんの居る場所からは、鬼の一人一人が豆粒程の大きさにしか見えないはずなのに…
それでも、自分の声に微動だにしなかった鬼の数を把握したおじいさん。
その鷹の目のような視力を持ったおじいさんの横で…
金時は気絶寸前まで追い込まれていた。
おじいさん
「…何をやっとるんじゃお主ぁ!?」
景綱
「ま、まぁまぁ郷長!
今のを予告無しに聴かされて気絶しなかっただけ凄いんですから!」
おじいさん
「だいたい何故このガキを連れて来た!?」
景綱
「何ででしょうね!?
僕も気が付いたらそこにいたので…
てっきり郷長が連れて来たものかと…!」
自分の直ぐ隣で、郷長と景綱が何かをやり取りしている事だけは金時も認識していた。
しかし…
…鼓膜が痺れてて、郷長達が何言ってるのか分からない…
何故、景綱が平気なのかも…
景綱と共に郷長に着いてきた他の二人も、何故この状況を笑って見ていられるのかさえ…
金時にはまだ何も分からなかった…。
金時
『…桃太郎だけじゃない…!
…俺の上にはこんなにも…
こんなにもたくさんの強者達がいるのか…!!』
立っている事もかなわなかった金時が四つん這いになりながら、地面スレスレの場所から見上げたおじいさん達。
まるで天上の存在のように感じられた…。
その時 感じられた【差】が、そのまま自分とおじいさん達との【差】だと…
金時は自分にそう言い聞かせていた…。
金時を郷に戻そうと議論するおじいさん達。
そんなおじいさん達を睨み付けながら、部下の一人に何かを指示する鬼がいた。
赤い鬼
「…おい…!
…【あれ】を…。」
「はは!」
人間とそれ程違わない体格の他の鬼達よりも、遥かに大きな体躯を持った赤い鬼。
その鬼は部下と見られる鬼から大きな槍を受け取った。
見るからに大身槍…
穂の長さは二尺を越え、柄の長さだけで十尺以上はある。
赤い鬼が手に持つ事で、初めて違和感が感じられなくなる大きな槍。
赤い鬼はそれを手に取ると、その鋭く頑強な爪を鎬の部分に押し当てて、そこに何かを書き始めた。
その作業も一通り済んだのか…
持っていた槍を逆手に持ち変えた赤い鬼。
彼は槍を自分の目線の高さまで持ち上げると、左足を前に出して おじいさんに対して半身になった。
更に、後方の右足へと体重を移動させた赤い鬼。
同時に、赤い鬼は逆手に持った大きな槍をも後ろへ引いた。
移動してきたその重さに右足は耐え…
引いた槍は、更に後方へと引かれる。
その様は、まるで構えられた弓矢のよう。
今にもはち切れそうな程に隆起した赤い鬼の右足の筋肉はまるで爆発するように地面を蹴り…
その左足は、おじいさんに向けて大きく一歩踏み出した。
そして、胴体の回転と共に力一杯振り抜かれた赤い鬼の右腕。
同時に放たれた赤い鬼の槍は、遥かに遠く…
それこそ豆粒程の大きさに見えるおじいさんに向けて、一直線に発射された。
赤い鬼の眼もまた、豆粒ほどの大きさに見えるおじいさんを捕らえていたのだ。
風の影響を受ける事もなく、迷わずおじいさんに向かって進む赤い鬼の槍。
一目見れば分かるその威力。
宙を舞うその姿はきっと、見る者 全てに恐怖心を与えた事だろう。
金時もその一人だ。
あれに当たるのはまずい。
誰であろうと、カスっただけで死ぬ。
その事にいち早く気が付いた金時は、槍が直撃しそうだと思われる場所から非難しようと地面を蹴った。
例え当たらなかったとしても、あれが自分の身体の近くを通過するだけで命が削られる。
そんな感覚を覚えた金時は、当たらないと分かっていても【おじいさん(そこ)】から逃げてしまったのだ。
そして…
槍が飛んで来ていると言うのに、いまだに景綱と話し合っているおじいさん。
もう直ぐ目の前まで槍が迫ってきているのに気付こうともしない…
ダメだ…
槍はこのままおじいさんに直撃する…
金時がおじいさんの死を確信した瞬間…
その判断が間違っていなかったと証明するように、槍はおじいさんに直撃した…
かに思われた。
飛んで来る槍の矛先がおじいさんに触れる直前、静かに落ちてくる木の葉を躱すようにヒラリと身体を捻って躱したおじいさん。
槍の直撃を避けたかと思うと、おじいさんは槍の柄を簡単そうに掴み、品定めでもするかのように槍全体を見回した。
金時
「…ウソだろ?
…あんな…矢よりも速く飛んで来た槍を…
…叩き落とすでもなしに…
…あんなに自然に…」
まるで、そこにある物を手に取っただけのように見えたおじいさんの動き。
特別速く動いたようにも見えない…
特別力を入れたようにも見えない…
大袈裟に身を躱した訳でもない…
全てが必要最小限の動きだった…。
景綱達も、おじいさんにそれが出来た事を驚いている様子を見せない。
きっとおじいさんにとっては【いつもの事】…
今まで何度も経験してきた【日常】…
信じられない事だが、それが真実…。
その一連の全てを自分の目で見てしまった金時は混乱しながらも、想像する事も出来ないおじいさんとの実力差を受け入れるしかなかった。
金時がおじいさん達の実力に驚いていた頃…
飛んで来た槍に不審な点がある事に気付いたおじいさん達。
それは槍の鎬の部分。
本来なら刃に向かってなだらかに傾斜しているはずのその部分に、妙な凹凸が存在する事に気が付いた。
金属である穂に、引っ掻き傷のようなものが残っている。
それは まるで鏨で打ち込んだように綺麗な凹みで…
良く見るとそれは、文字のようにも見えた…。
おじいさん
「…【命、桃ノ郷を殲滅せよ…
…温羅】…。」
おじいさんは小さな声でそこにあった文字を読み上げると、槍を半周回して、鬼の文字があったのとは反対側の鎬に爪で何かを施していた。
…数秒後…
槍に何かを施し終えたおじいさん。
するとおじいさんは手に持ったゴミを床に投げ捨てるかのように、赤い鬼に目掛けて槍を投げ返した。
腕を振っただけのように見えたのに、赤い鬼が投げた時よりも圧倒的な速さで鬼に迫る鬼の槍。
赤い鬼はおじいさんを睨んだまま、僅かに身を翻す事でそれを躱した…。
そして鬼の槍は赤い鬼がいたはずの場所わー通過して、地面へと突き刺さった。
躱した後でゆっくりと振り返り、槍が刺さったはずの場所を確認した赤い鬼。
すると…
槍はおじいさんの力によって地中深くへと突き刺さり、柄の部分さえ見えなくなっていた。
おじいさん
「ワシからの意思は伝わったかーーーーーーーッ!!!??」
鬼達が投げ返されて来た槍の状態を確認していると、再び響くおじいさんの怒号。
耳を塞ぐ者…
今度こそ気を失ってしまう者…
まちまちの反応を見せる中、赤い鬼と その周辺の鬼達は 怒りの表情でおじいさんを睨み返していた。
おじいさん
「【黙れ!!! バーカッ!!!】と書いたんじゃ!!!
国へ帰れ!!!
このクソガキ共ッ!!!」
おじいさんの怒号に対して怯む鬼達…
怒る鬼達…
それぞれの鬼がそれぞれの反応を見せてはいたが…
全ての鬼が…
奇声を発するばかりで、決して攻めて来ようとはしなかった。
…全員、心のどこかで怯えている…
それを察した赤い鬼は、おじいさんに対してではなく…
仲間の鬼達に向かって怒りを吠えた。
後方から響いた恐ろしい咆哮に、完全に萎縮してしまった鬼達…。
集まった鬼達の視線の先には…
大きな金棒を振り上げる、赤い鬼の姿があった。
振り上げたその金棒を、部下の鬼の一人に対して力一杯振り下ろす赤い鬼。
その下敷きになった鬼は、短い悲鳴を挙げながら…
激しい破壊音と共に絶命した…。
赤い鬼
「…貴様ら…
…あんな人間の男とこの俺…
…【酒天童子(しゅてんどうじ)】のどちらの方が恐ろしい存在か…
…今、この場で証明してほしいか…?」
【酒天童子】を名乗った男の一言に恐怖して、一斉におじいさんのいる崖の上を目指して走り出した手下の鬼達。
郷の中にまで聞こえそうな鬨が轟く。
戦が始まった…
唐突に…
理不尽に…
理由も分からないままに…。
そのあまりの迫力に、全身を震わせてしまった金時…。
だがその震えは、決して恐怖していたからではない…。
おじいさん
「…全く…
宣戦布告も無しに突然の開戦か…。
戦の礼儀も作法もあったものではないな…。」
この状況でも、決して狼狽えないおじいさん達。
鬼の軍勢が迫ってきていると言うのに…
恐怖を感じないのだろうか?
それとも…
こんな事くらいなら、今までも何度となく乗り越えて来たのだろうか…?
…自分もそうなれるだろうか…?
そう考えると…
金時の胸の鼓動は速くなり、沸き立つ感情に歓喜して全身が震えていた。
おじいさん
「仕方ないのぉ…。
こうなったら武力で制圧する!
景綱!
お前は正面へ。
定光!
お前には南側を任せる。
須恵武!
お前は北側じゃ!
ワシは、あの奥で偉そうにしている六体の鬼をやる!!」
金時
「ちょっと待った!!!」
唐突に響いた金時の叫び声…。
その声に、何事かとばかりにおじいさん達の視線が集まった。
金時
「…奥に居る六体の鬼…
…その中の一体でも俺が倒したら…
…俺にも旅立ちの許可を貰えるか?」
金時の言葉を聞いて青ざめたおじいさん達…。
ただでさえ金時を戦わせるつもりはなかった…。
いつの間にか着いてきていたこの子供を、早く家へ帰さなくてはと考えていた…。
これからも郷で育てて、時を見て旅立たせるはずだった…。
それなのに…
おじいさん
「ちょっと待ッ…!!!」
おじいさんの制止も虚しく、勢い良く地面を蹴って鬼の軍勢に飛び込んで行った金時。
その手には、彼の新しい刀が握られていた。
金時
「…待ってろよ桃太郎!!!
直ぐに追い付いてやるからな!!!」
おじいさんとの勝負の負傷…
全治一ヶ月の身体…
まだ試し斬りもしたことのない刀…
多くの不利を抱えながらも…
圧倒的に自分よりも強い敵を前に…
彼の表情は笑っていた…。
…そう…
彼の震えの正体は…
…【武者震い】…
強き者が、自身の力を試せる最高のあいてと巡り合った時に起こる現象。
金時はこの時 感じていた…
これが自分の運命の始まりだと…
この試練に打ち勝つ事が、許可なのだと…
おじいさんからの許可ではない…
きっとコレは運命…
或いは神…
そう言った存在から勝ち取る【許可】なのだ…。
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