第三十一話 もう一つの「認めない」
…時は遡る事 約二週間前…
…ここは桃太郎の古郷…
四季折々の花が咲き乱れる美しい秘境…
この郷で幼少期から英才教育を受けて育った屈強な剣士達が外部から来た怪しい者達の侵入を許さず…
今日も平和な一日が過ぎていく…
…はずだった…
金時
「ふざけんなッ!!!
あの野郎ッ!!!
よりによってコノ俺様に一言も無しに旅に出ただと!!?
ブッ殺してやる!!!
郷長がそれを認めても、俺は絶対に認めないぞッ!!!」
おじいさん
「いいから落ち着け金時!!
何をそんなに怒っておるんじゃ!?
お前、桃太郎の事 嫌いだったんじゃないのか!?
桃太郎の事、いつも遠ざけておったじゃないか!?
あれだけ嫌った桃太郎がいなくなったんじゃから、むしろ都合が良いじゃろ!?」
金時
「うるせぇよ郷長ッ!!!
俺はあいつが俺よりも先に旅立ちの許可を得た事にムカついてるんだよ!!!」
郷長
「旅立ちじゃないと言うとるじゃろうが!!
これは追放じゃ!!
これはどちらかと言うと不名誉な事なんじゃ!!」
金時
「関係あるか!!!
そういう問題じゃねぇんだよ!!!」
おじいさん
「ではどういう問題なんじゃ!!?」
桃太郎の旅立ちを知らなかった金時。
郷の皆がそれを知って賑わっていた時、金時は呑気に寺子屋で授業を受けていた。
彼はその時の自分を こう感じていたのだ。
…「間抜け」だと…。
桃太郎に先を越された…
遅れを取った…
それが郷を守るための不名誉な追放だったとしても、金時だけが感じていた敗北感。
…あるいは獲物に逃げられたような喪失感…。
それが金時の中で巨大な不満となり、彼の事を激しく激昂させていた。
郷の長である桃太郎のおじいさんにも手が付けられない程に…。
金時は何故ここまで桃太郎にこだわるのだろうか?
それには彼なりの理由があった。
金時の境遇と桃太郎の境遇は非常に似ている。
金時の両親は郷の重要な任務で旅に出ていて、今は祖父母に育てられていた。
桃太郎の両親も、金時の両親同様に今は郷の外で任務を行っている。
しかも金時と桃太郎の両親の四人は、郷でも最強と謳われる武芸者。
それぞれが何かしらの武芸に長けており、特定の法術を極めている。
各地の大名にも顔が知られている事ため、この国の政治にも外交にも関わるの事が出来る。
つまりは超大物だった。
そんな両親を持った金時と桃太郎は、幼い頃は周りから比べて見られていたのだ。
…そう…
…幼い頃だけは…。
もともと金時の方が一枚上手ではあったのだが、【ある時】を境にその差は急速に開いていった。
時が経ち…
いつの頃からか、金時と桃太郎は比べられる事もなくなっていた。
そして徐々に…
金時は自分と同格の力を持つ桜と言う同い年の女の子と比較されるようになっていく。
…しかし、桜は女性だ…
強者であったとしても、金時は女性に剣を向けたいとは思っていなかった。
それに桜は後から郷に預けられた、言わば外の人間。
その条件のズレのせいか…
金時の感覚では、桜を桃太郎の代わりと認識する事はできなかった。
桃太郎と比べられていた頃は、それはそれで不満に感じていたはずなのに…
桃太郎と比べられなくなってから感じるようになった別の不満…。
桃太郎との間に起きた【ある出来事】が…
金時に、更に強く桃太郎を意識させるようになっていた…。
金時
「…絶対に認めねぇ…!
…すぐに追い付いてやる…!!
今すぐ旅立ちの準備を…ッ!!!」
おじいさん
「じゃから待てと言うのに!!」
落ち着きなく郷を飛び出そうとする金時を、言葉で納得させる事は最早 不可能。
それを覚ったおじいさんは、納得出来ない気持ちを押さえながらも、桃太郎と同じ条件を金時に課した。
おじいさん
「…ふぅ…やれやれ…。
あれだけ苦悩して腹を決めて、やっと桃太郎を送り出せたのに…
また こんなに頭を抱える事になるとは思わなかったわい…。」
郷で最強であるおじいさんに一撃を入れる事…。
それが、金時が郷を出ていく最低条件だった。
金時
「…面白ぇ…。
今の自分の実力を計るのに、これ以上打ってつけの相手はいねぇ!!
それに、その条件は桃太郎にも成し得たんだ…!
俺に出来ない訳がないぜ…!!」
…そして…
…【出来ない】訳には【いかなかった】…
失敗は、即ち桃太郎に敗北したも同然…。
そう考えると、金時の闘争心は急激に高まっていった。
気が高まるに連れ、まるで静電気でも発生しているかのように逆立っていく金時の髪。
その表情は鬼神の如く…
それでもその眼差しは、氷のように冷たく鋭い印象をおじいさんに与えていた…。
しかし…
おじいさん
「一本。 それまで。」
…一瞬だった…。
先に仕掛けたのは金時の方だったのに…
おじいさんが全力を出している素振りなど、微塵も感じさせなかったのに…
金時が振った竹刀には何の手応えも残さぬまま…
おじいさんの竹刀は、金時の首に一撃を入れていた。
それは金時の首の右側…
首と耳の間あたり…
「始め」の合図とほぼ同時に、そこへ真っ直ぐに滑り込んだおじいさんの竹刀。
だがおじいさんは自分から仕掛けた訳ではない。
飛び込んで来た金時の踏み込みを利用して、そこで待っていただけだった。
そして僅かに動いたおじいさんの手首。
おじいさんは手首の力だけで、金時の耳の裏を叩いたのだ。
そこは三半規管。
そこを打たれると、平行感覚が麻痺する。
振り抜かれた訳ではない。
おじいさんからすれば軽く触れただけ。
しかし、おじいさんの竹刀が触れた瞬間に、金時の身体は左方向へと走る強い衝撃に見舞われた。
そして同時に揺らされた金時の脳。
常人の一撃ならば、まだ大した事はなかっただろう。
しかし、それが常人ならざるおじいさんの一撃とあらば話は別だ。
金時の知らない激しすぎる衝撃…
それは脳震盪までをも引き起こし、意識を刈り取り…
四肢の感覚を麻痺させ、竹刀を握る力さえ奪い取った。
常軌を逸した金時の闘争心でさえ…
その一撃の前に意識を保つ事は出来なかったのだ…。
直後…
床に叩き付けられる前に、倒れようとしていた金時の身体を支えたおじいさん。
その全身からは何の力も感じ取れず…
まるで、糸の切れた操り人形のようになっていた…。
…翌朝…
自身の祖父母が住む実家で目を覚ました金時。
金時は自分が負けた事を理解すると、悪夢でも見たかのような形相で飛び起きた。
そして再認識する…。
負けた…
おじいさんにも…
桃太郎にも…
金時の胸の中に広がっていく失意と屈辱。
心の中に響く「諦めろ」…
誰の声なのかは分からない…
それでも納得したくなる説得力のある声…
流石の金時も、この時ばかりはおじいさんとの実力差を考えて、その声に従いたくなった。
しかし…
彼はどうしても自身の敗北を認めたくなかった。
諦めたくなかった。
服を着替えて、身なりを整えると、またしても郷長が住む桃太郎の実家を目指して走った金時。
その手には既に、おじいさんともう一戦交えるための竹刀が握られていた。
金時
「頼もぉーーーーーーッ!!!」
おじいさん
「うるせぇーーーーーーーッ!!!」
そして再び敗北し気絶する金時。
目が覚めると立ち上がり、再びおじいさんに挑んではまた気絶する。
何度 負けても立ち上がり、何度でも挑んで来るその姿に、おじいさんは桃太郎の姿を重ねていた。
そして…
一昼夜掛けて繰り返された、金時とおじいさんの攻防。
…その結果…
おばあさん
「…全治一ヶ月ってとこですかね…。」
金時の祖父母
「…大変ご迷惑をお掛けしました…。」
度重なるおじいさんの攻撃に耐え続けた金時は、とうとう立ち上がる事が出来ない程の重傷を負っていた…。
おじいさんからすれば、そっと触れただけだったのだが…
おじいさんの力は人のそれにあらず。
おじいさんにとっての【触れただけ】は…
一般人からすれば金槌で殴られたようなものだったのだ。
おばあさん
「あんたが手加減しないからだよ!!(怒)」
おじいさん
「し、したわい!!
可能な限り【触れる】だけに留めて…」
おばあさん
「あんたの【触れる】だけがどんだけの威力があるか分かってんのかい!!(激怒)」
おじいさん
「…すいませんでした…。(泣)」
法術でケガを手当てする事はできる…。
だが自然治癒を邪魔するような急速な傷口の回復や体力の回復は身体に大きな反動を残した。
閉じた傷口は脆くなり、体力を無理に回復すると内臓に負担を掛けてしまう。
そういった負担や反動は、いつか大きな身体の不調へと繋がった。
そう言った不利を無しに回復させる希少な術士もこの世には存在する。
おばあさんもまた、そんな術が使える数少ない術士の一人だ。
…しかし…
このまま金時を回復しては、直ぐにまたおじいさんに勝負を挑むに違いない…。
金時はこのまま一ヶ月掛けて完治させた方が良い。
それは他に答えの無い満場一致の見解だった。
金時のおじいさん
「…お前にはまだ旅立つのは早い!
そのまま一ヶ月間、頭を冷やせ!」
金時のおばあさん
「まったくじゃ!
外にはお前なんぞでは歯が立たん敵がゴロゴロいる!
今のお前が出ていったところで、何の力にもなれやせん!!」
金時
「おじいちゃん!! おばあちゃん!!
ゴメン!!」
家の外では比較的乱暴者として知られている金時だったが、家の中では気が弱かった。
特に…
郷で最強と呼ばれている自身の両親の、そのまた親である祖父母には、全く頭が上がらなかった…。
口答えどころか、文句一つ言わずに祖父母の身の回りの世話までこなす優しい子…。
それが金時に対する、祖父母からの印象だったのだ。
…そう…
この時までは…
金時
「…だけどさ…
…おじいちゃん…おばあちゃん…。」
今までは、ずっと育ててくれた祖父母のために頑張ってきた。
両親の名に恥じないように、寺子屋での成績も常に上位を維持してきた。
…全ては自分を産み落とし、育ててくれている家族のために…
しかし今、金時の胸の中では…
金時
「…俺…桃太郎に追い付きたいよ…!!」
桃太郎への想いが…
どうしようもなく溢れ出して止められなかった…。
金時
「…どうしても…追い付きたい!!」
横になったまま、片方の腕で目を隠し、もう片方の手で布団を握り締める金時。
その歯茎からは血が滲む程、力強く食い縛っていた。
成績でも…体力でも…技術でも…法術でも…それ以外の日常的な事でさえ…
桃太郎に劣る部分など一つも見当たらない金時が、いったい何故そんなに劣等感を感じているのか?
おじいさん達には分からなかった…。
不思議で仕方がなかった…。
きっと、二人の間に何かがあったのだ…。
金時はそれを引き摺って、今も桃太郎の事が頭から離れないでいる。
…彼らしか知らない事…
まずはそれを知らなくては、金時はまた何度でも旅立ちの許可を求めておじいさんに挑戦してくる事だろう。
それでは例え旅立ちを諦めさせる事ができたとしても、根本的な解決には至らない。
そう感じたおじいさんが金時に声を掛けようとした時…
おじいさん達のいるその部屋に、郷の若者が飛び込んで来た。
若者
「失礼致します!!」
おじいさん
「失礼じゃわい!!
タイミングを考えろ!!!」
若者
「え!? は!?
た、たいみんぐとは!!?」
思わぬおじいさんの反撃で面食らってしまった郷の若者。
…しかし…
部屋に入る機会を待っている余裕など無い程に、彼が持ってきた情報は切羽詰まっていた。
金時
「…あんたは確か…
…この前、郷に鬼が侵入してきた時、一緒に戦ってくれた…」
若者
「やあ金時君!
久しぶり…って何そのケガは!?
誰にやられたの!?」
彼の名は【渡辺 景綱(わたなべ かげつな)】
この郷の次期最強と名高い剣士の一人で、郷長であるおじいさんの側近。
そして彼は、郷の守備を担当する司令官でもあった。
そんな彼がおじいさんに伝えに来た火急の事態。
その内容とは…
おじいさん
「…仕方ないのぉ…。
…それで、何の要件じゃ?」
景綱
「…は! それが…
桃太郎君の旅にも関わる事でして…」
先日の阿修羅達 八部衆の襲撃…
それさえ凌駕する程の大きな出来事…。
郷の命運さえ分ける最悪の事態が、目の前まで迫っていた…。
若者
「鬼ノ城の【温羅(うら)】の部下と見られる鬼達が、郷に向かって進軍中との情報が…!!」
若者の言葉に、その場にいた誰もが言葉を失い、思考を停止させてしまった。
鬼ノ城の【温羅(うら)】と言えば…
人間達が住むこの国で、比較的 数の少ない鬼という種族を守るために城を建て、可能な限り人間達には関わらない事を条件に、他国からも関わって来ないよう不可侵の条約を結んでいる特別な鬼。
しかし、関わらないと言うのは【できない】のとは違う。
その部下は数千とも…数万とも言われている鬼ノ城の軍事力…。
人間の力を遥かに凌ぐ鬼という存在が もし旗を掲げ、人間達に対して軍事力で挑んだらどうなるか?
…結果は火を見るよりも明らかだ…。
それが郷に攻めて来る。
その悪夢のような話は…
急に一言説明されただけでは全く理解が追い付かない、突然の事故のような状況だった…。
おじいさん
「…何それ?
…ヤバいじゃん…。」
若者
「はい!
非常に!!」
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