第三十話 認めない
閻との戦闘から四日…。
鬼神のお松からの拉致被害を受けてから一日…。
倉敷の街は今日も変わりなく、あんな騒ぎがあったとは思えない程に平穏だった。
商売に励む大人達と、遊ぶ事に必死な子供達…。
その中には…
桃太郎と桜に助けを求めて来た重蔵親子の姿もあった。
だがしかし…
平穏すぎる街の様子とは裏腹に…
街を見回る侍達や同心達は、何かに怯えるような警戒した表情を絶やす事なく…
小さな悲鳴や、ちょっとした物音にも敏感に反応する様子が確認されていた…。
小太郎
「…何に怯えてやがるんだ?
この街の連中は…。」
宿泊している宿の窓から、日の光を避けるようにして街の様子を伺っていた小太郎。
何となく眺めていた外の風景の中に、そう言った違和感を感じつつも…
それでも彼は、この時はまだ大した事だとは思っていなかった…。
…小太郎にそう思わせた要因は三つ…
街の霊的存在達と話をしても、特にコレと言った情報を得られなかった事…
そして、そうそう立て続けに騒ぎなど起きないと思い込んでいた事…
更に…
外を眺める小太郎の背後で…
桜と夜叉丸から見張られるように寝ている桃太郎の姿が、余りにも居心地悪そうに見えたからだった…。
少し目を離すと何かを起こす…
そう思われてしまった桃太郎は、眠くもないのに寝かされて…
桜と夜叉丸から睨まれながら身体を休めていた。
桃太郎
「…あの…さ…。
…息苦しくない…?」
桜
「黙れ。」
桃太郎の問いに対する反応は、非常に淡白なものだった。
本当に心配してくれているのか?
そう疑ってしまう程に息苦しい。
桜と夜叉丸の鋭い眼光に自分の視線を向ける勇気も無い。
桃太郎は身体中から嫌な汗を流しながら、ただ天井の木目をなぞるように見詰めていた。
桜
「よくもそんな生意気な事 言えよんなぁ桃ちゃん…?」
夜叉丸
「そもそも何でこんな目に遭っているのか…
分からない訳じゃないよなぁ?
桃太郎?」
閻との戦いでの無理な交戦。
夜叉丸に任せておけば良かった場面での悪霊との対峙。
それによって無理が祟った桃太郎は、悪霊との対峙後に気絶をしてしまった…。
目が覚めた時の体調が悪くなさそうだったのがせめてもの救いだが…
桃太郎はもしかしたら誰かから狙われやすいのかも知れないと、桜達は直感的にそう感じていたのだ。
桜
『…閻との戦闘の時に見せた、異常な力と突然の気の目覚め…。
私どころか、郷の上位剣士達にも匹敵しそうだったあの体力と身のこなし。
私さえ上回る身体能力を見せたのに…
なのに、前日の賊には抗えなかった…。
…桃ちゃんこの不安定な力に説明がつかんと、軽率に一人にはできん…。』
夜叉丸
『…桃太郎は悪霊達と心を通わせ、ヤツらの記憶を覗いたと言っていた。
…しかも悪霊達の経験してきた過去を追体験するだなんて、そんな危険な真似ができるヤツがいるとは聞いたことが無い。
桃太郎 自身が悪霊達の記憶に感化して、ある意味【汚染】されてないとも限らない。
くそっ…!
閻羅天が関わっていると知った時点で桃太郎達とは別行動を取るつもりだったのに!
コレじゃ目を離せないじゃないか!』
一時でも目を離す事が出来ない…
予断さえ許されない…
次こそ桃太郎の命に関わるかも知れないと言う不安が、桜と夜叉丸に桃太郎の事をガン見させていた。
桃太郎
「…あの…近いんですけど…?」
桜
「…いいから黙っとれ桃ちゃん…!」
その拷問のような風景を見てから倉敷で起こっている事を見てしまうと…
小太郎はどうしても大した事が起こっているとは思えなかった。
小太郎
「…今日も世界は平和だなぁ…。」
…その日の午後…
桃太郎はようやく身体を動かせるようになっていた。
驚異的な回復力。
閻との戦いで負った傷は、そんなに浅くなかったはずなのに、今はほとんど治りかけている…。
特に、最後に一撃 入れられた左肩。
骨折こそしなかったものの、腫れ方から見て骨にヒビくらいは入っているかと思われていたのに…
今はうっすらとアザが残っているだけ。
左腕を動かす事にも問題はなさそうだ。
…これなら明日にでも旅立てる…。
それでも大事を取って、食事は宿の従業員に頼んで部屋まで運んでもらった。
外に用事がある時は桜か夜叉丸のどちらかが残り、小太郎はもしもの時の伝令約として桃太郎の側に残った。
夜叉丸も、その正体が鬼だとバレないように布で頭部を隠していた。
だがそれだけでは、夜叉丸の呪いの影響が出かねない。
無意味かも知れない…。
それでも夜叉丸は可能な限り宿の従業員との接触を断ち、可能な限り桃太郎を見守る事にだけ専念していた。
そんな桜達三人の気持ちを知ってか知らずか…
桃太郎は動かせる範囲内での柔軟体操を繰り返していた。
桃太郎に伝えたい…
桜達 三人が、今どれ程に桃太郎の事を心配しているのかを。
桃太郎に知って欲しい…
この旅を止めた方が良いかもしれない可能性を。
しかしそれは、夜叉丸と小太郎の口からは言い出せなかった…。
人間から厄介者として扱われている小太郎には、他に行くべき場所が無い。
当然、特定の目的も無い。
桃太郎から離れても問題など無いと言える反面…
桃太郎と共に行くと言う大した事のない目的を失うのは寂しかった。
夜叉丸は桃太郎と行く事で自分の呪いを解きたかった。
もちろん解ける確証などどこにも無い。
だが呪いを解けるかどうかよりも…
夜叉丸自身が気付かない内に、桃太郎と居る事が心地よくなり始めていたのだ。
今まで…
人間は勿論の事、同族である鬼からも厄介者として遠ざけられてきた夜叉丸。
そんな夜叉丸を受け入れて共に歩んだのは、桃太郎だけだったからだ。
二人にとっては…
桃太郎と居る事が、他のどんな理由にも勝る大きな理由になり始めていた。
…しかし…
桜だけは違った…。
桜
「…なぁ桃ちゃん…。
この旅…続けなきゃダメかな?」
唐突に桜の口から飛び出した言葉。
それは旅の中止。
旅をする理由は桜だって分かっている。
鬼である夜叉丸を助けた桃太郎を、郷はもう受け入れないだろう。
夜叉丸と離れ離れになったところで、桃太郎の面子を考えたらおめおめとは帰れない。
だがそれでも、どこかでひっそりと暮らす事ならできる。
争い事とは関わらず…
無駄に血を流す事もなく…
ただ毎日を幸せに過ごすだけの、平穏な日々…。
夜叉丸の呪いが解けなかったとしても…
それを桃太郎が不満に思ったとしても…
これ以上桃太郎が傷付く事の方が、桜にとっては苦痛だったのだ。
桃太郎
「…何を言ってるんだよ…桜…?」
不安と言うより、桜を心配するような桃太郎の反応。
…「オイラは平気だよ!」…
笑顔でそう答えてしまいそうな桃太郎の表情に、桜の胸の奥が少しだけチクッとした。
桜
「…だって…
このままだと桃ちゃん、いつか取り返しのつかん事になるかも知れんよ?」
桜の言葉の意味は、桃太郎にだって分かっていた。
心配してくれる有り難さも…
そんな反応を見せてくれる桜が側にいてくれる事の大切さも…
だから桃太郎は悩んだ…。
無闇やたらと、桜の意見を曲げられなかった。
どんな言葉を並べても、どんな態度を取っても、このまま自分の意見を通すと言うのなら そこに正しさは無い。
悪霊達の過去を経験して、桃太郎は自分の考え方を変えたのだ…
彼等のように…
無限の苦難に耐えてでも、物事が良くなるようにしなくては。
それでも無念を残してこの世を去る事になるかも知れない。
このまま桜を突き放してしまえば、きっと桜もそちら側の存在になってしまう事だろう。
しかし桜の意見に従えば、今度は夜叉丸の願いが叶わない。
全員の願いを叶えるのは不可能な話だ。
それも桃太郎には分かっている。
それでも…
このまま旅を続け、桜を悲しませる事なく夜叉丸の呪いを解く方法は きっとあると、桃太郎はそう考えていた。
桃太郎
「…桜…お願いがあるんだ…。」
足りない頭を全力で回転させ、過去の記憶の中を探して回り、そしてやっと桃太郎が出した答え。
…それは…
桃太郎
「…オイラの事を、強くしてくれよ。」
…自分さえ強ければ…
桃太郎の記憶の中に響いた、誰かの言葉…
それは悪霊達の記憶の中にあった言葉なのか?
それとも過去に、桃太郎自身が使った言葉だったのか?
それはまだこの時には分からなかった…。
だがそれでも…
桃太郎はそれが答えだと判断したのだ…。
桃太郎
「オイラさえ強ければ、桜を心配させずに済んだ…。
オイラさえ強ければ、夜叉丸の呪いだって直ぐに解ける…。」
それまで、桜の足下の畳へと視線を落としていた桃太郎。
俯いていたその顔が少しずつ上がってきたかと思うと…
桜の視界に見え始めた桃太郎の表情は…
桃太郎
「安直かも知れないけど、皆を心配させない強さがあれば、桜にそんな表情をさせなくて済むと思うんだ!!」
まるで…
幾千もの修羅場を潜り抜けてきた、歴戦の勇者のような表情に変わっていた。
年相応の幼い顔立ちなのに、何かを決心したような…
それを決意するだけの、大きな何かを失ってきたような…
そんな表情…。
それを目にした桜は、一瞬…胸の奥が握り潰されるような痛みに襲われた。
桃太郎
「オイラが強くなれば旅を諦めなくても済む!!
オイラだって後悔しなくて済む!!
…だから…頼む!!
桜が納得するまでオイラの事を鍛えてくれ!!
それまでは旅を休むから!!」
この時、桜は気付いてしまったのだ。
桃太郎の不安定な強さを認めていなかったのは、自分だけではなかった事に…。
…「他の誰よりも、オイラ自身がオイラの事を認めない」…
そんな声が聞こえてきそうな目をしている。
桃太郎の視線から感じる、全てを心配しているような優しさ。
自分の意見を貫きたいだけじゃない。
桜の気持ちも、夜叉丸の気持ちも汲もうとしている、そんな感覚。
その感覚を感じ取った桜は…
むしろ自分が間違っていたのではないかという自責の念を同時に感じていた。
桜
「ほ…本当に桃ちゃんは何を言うてるん!?」
今度は、桃太郎と視線を交わせなくなっていたのは桜の方だった。
パタパタと早足で部屋の出口へと向かった桜。
すると彼女は、桃太郎の方を振り返る事もなく部屋を出ていってしまったのだった。
桃太郎
「さ、桜ってば!!
ちょっと待って!!」
ピシャリッと音をたてて閉められた襖。
その襖の向こう側から、宿の外へと向かっていく桜の足音が聞こえてきた。
怒らせてしまったのだろうか?
やはり自分に思慮が足りなかったか?
桃太郎の胸の中に渦巻く不安を感じ取った夜叉丸は、このままでは桜の意思は十分に桃太郎に伝わらないと感じた。
小さく溜め息をついた夜叉丸。
彼は桃太郎の肩をそっと叩くと、桜が取った行動の意味をそれとなく言葉に直した。
夜叉丸
「…明日から厳しくなるぞ!
…覚悟しとけよ?」
それを聞いて笑顔を取り戻した桃太郎。
桃太郎は夜叉丸に元気な返事をすると、我慢しきれないとばかりに自分の木刀を手にして、その剣先をキラキラした目で見つめていた。
…一方…
外に出てしまった桜は、行く宛もなく街を歩いていた。
悩んでいるような…
それでいて、少し嬉しいような…
そんな表情…。
彼女はおもむろに空を見上げると、暗くなり始めた空を見て、小さな溜め息をつくのだった。
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