第二十九話 世界を救う可能性

『…助けてくれ…』


どこからか響いて来た、誰かの願い…


それは言葉と言うよりは意思のようなもので…


そして他人の感情と言うよりは、自分が感じている事のようで…


オイラ自身がそう感じている訳じゃない事は分かっているはずなのに…


どうしても自分の願いだと信じ込んでしまいそうになる、助けを求める気持ち…


そう言う気持ちになる事を強制されているような不快感を感じる…


自分を内側から塗り変えられているような気持ちの悪さがある…


強制された感情のはずなのに、その想いに応えてしまいたくなるような感覚を覚える…


暴れて、破壊行為を行っていた彼等の気持ちが分からなかったはずなのに、今は良く理解できるんだ…


理解出来なかったはずのものが理解出来るようになってしまうのは恐ろしい…


自分が自分でなくなってしまうようで…


自分が嫌っていた存在に変わってしまうようで…


恐ろしい…


けどさ…


桜…夜叉丸…小太郎…


何よりも恐ろしいのは…


オイラが…何よりも恐れている事は…




半透明で、まるで空中に留まる水のような悪霊の握り拳。


その中に漂う桃太郎は溺れているようにも見える反面…


巨大な悪霊の手に握られているようにも見えた…。


桃太郎が悪霊の手の中に取り込まれた時の衝撃のせいか?


桃太郎の両手両足を拘束していた縄は千切れ、口を塞いでいた布もほどけていた。


手負いとは言え、今は自由に動けるはずの桃太郎…


それでもその全身からは、生きるために足掻こうとする生気を感じさせなかった…。


そんな桃太郎の身体に向かって伸ばされた、悪霊のもう片方の手…。


今度こそ桃太郎が殺されるんじゃないか?


そんな焦りに背中を押された夜叉丸が悪霊を止めに入ろうとした時…


悪霊の手の中の桃太郎が、夜叉丸に向けて手を伸ばした。


助けを求めている訳じゃない。


その手のひらから感じ取れるのは…


「来るな」と言う意思表示…。


「待ってくれ」


「大丈夫」


桃太郎のそんな意思が感じ取れた夜叉丸は、何も出来ない無力感を噛み締めながらもその場に留まった。


夜叉

「…くそっ…!」


ゆっくりと…


桃太郎の身体を包み込んでいく、悪霊の両手…。


その両手が桃太郎をしっかりと包み込むと、悪霊は桃太郎の身体を自分の額の方へと引き寄せた…。


桃太郎

『…ああ…そうか…』


桃太郎は、悪霊が何をしたいのかが直ぐに分かった…。


桃太郎

『…見せようとしてくれているのか…』


それは…


記憶の共有…


霊的な存在には内蔵や脳といった機関はない…。


例えば瞳が無くとも周囲を見る事ができる。


例えば口が無くとも話す事もできる。


決まった部位に決まった機能が備わっている訳ではないのなら、記憶を【移動】させて、他人に見せる事もできた…


決して、記憶が頭部にあると決まっている訳ではない…。


桃太郎に触れたその手から、自分達の記憶を見せる事も出来ただろう。


だが…


生前に刻み込まれた感覚が…


それが当たり前と言う思い込みが…


悪霊達にそれをさせた…。


桃太郎の身体を両手で額に引き寄せた悪霊の姿…


その姿は…


奇しくも、神に祈りを捧げる人の姿に酷似した…。


悪霊の額から、光る何かが桃太郎の全身に向かって流れていく…


桃太郎の脳に…


全身に…


心に…


悪霊達の感情と記憶が【染みて】いく…。


桃太郎

「うっ…!!!」


苦しそうな声を挙げて、一瞬 身体を硬直させる桃太郎…


これから何が起きるのか?


何も分からない夜叉丸達の視線が、桃太郎のその後の反応に注目していた…


…すると…


桃太郎の胸の中心辺り…


そこに、黒子のような小さな点が浮かび上がってきた。


それは染みのようにゆっくりと広がり…


そして…


ある時点から、広まる速さを急速に上げた。


桃太郎

「ぐっ! …ぁあッ!!!」


夜叉丸

「桃太郎ッ!!!」


桃太郎の胸から、全身へと広がっていく黒い何か…。


それに包まれていく桃太郎はとても苦しそうで…


痛そうで…


そして…


その顔は、耐え難い苦痛に見舞われているような、千辛万苦の表情をしていた。


夜叉丸

『やっぱりダメだッ!!!

今すぐ悪霊から離さなくてはッ!!!』


桃太郎の意思など、もう関係無い。


一秒でも早く助けなくては。


目の前の状況の悪さに耐えきれなくなった夜叉丸は、悪霊達を殺す勢いで襲い掛かった。


力強く握り締められた夜叉丸の拳。


そこに込められた、強力かつ攻撃的な気。


当たれば悪霊の腕くらいは跡形もなく破壊できた事だろう…。


…しかし…


桃太郎の全身が黒い何かに包まれてしまった次の瞬間…


桃太郎を中心に、優しく温かい光が放たれた…。


夜叉丸

「何ッ!!?」


お松

「何だい!? この光は!?」


三郎

「明るいけど…眩しくない…。」


四郎

「…これはまるで…」


その光に視界を奪われ、攻撃を躊躇ってさしまった夜叉丸。


彼が攻撃を躊躇ったのは、ただ眩しかったからと言うだけの理由ではなかった。


その光が周囲に与える印象…。


それを例えるのならば…


美しい花が咲き乱れる草原…


それが視界の限り、何処までも広がっていて…


ふと、空を見上げた時に目に入った青空の明るさのような…


そんな光…


その光を見ていると、何故か心が落ち着いて…


穏やかな気持ちにさせられて…


ついさっきまで殺意を持って攻撃しようとしていた夜叉丸でさえ、気が付けばその光の影響で攻撃を止めていた…


…それでも決して気分は悪くなかった…。


…「その気持ちに従っても良い」…


そう思わせてしまう、そんな感覚…。


気が付けば、夜叉丸は振り上げていた腕をダラリと下げ、握り締めていた拳を力無く広げていた…。


夜叉丸

「…この光は…いったい…?」


その光の正体は、桃太郎と悪霊の心と心の接触によって生じた光…。


ある種の会話のようなもの…


だがこれは決して誰が相手でもできる事ではない…


霊的な存在が相手とは言え、記憶の共有などできる者はいない。


人は自分が生きて来た記憶だけでも、十分な感想を感じている…


嬉しかった…


辛かった…


悲しかった…


楽しかった…


それらの感想が時に疲労となり、時に脳の思考回路を停止させる事もある…。


それなのに、他人の記憶まで受け入れてしまうと言うのは並大抵の衝撃ではない。


ましてや、何十人分もの悪霊の記憶となれば致死量だ…。


もしも真似をすれば死は免れない…。


これは奇跡…


この少年に分かって欲しい…


知って欲しい…


そんな悪霊達の願いが取らせた偶然的な行動…


それを桃太郎と言う何の力も持たない少年が可能にさせた、奇跡的な出来事だった。


そしてこれは…


悪霊達が経験してきた事を、桃太郎に強制的に追体験させるのと同じ事でもあった…。


桃太郎

『…何だ…ここは…?』


そこは桃太郎の知らない世界…


桃太郎の知らない出来事…


桃太郎の知らない苦痛…


桃太郎の知らない憎しみ…


桃太郎の知らない裏切り…


それらが他人の過去としてではなく、まるで自分が経験してきた過去のように桃太郎の中へと流れ込んでいく。


桃太郎

『何だコレ…ッ!!?

いったい何なんだ【コイツら】はッ!!?』


【それ】は…


嬉々として桃太郎から全てを奪い取っていった…。


我が子の命を救うために稼いだ大金を、理不尽にも奪い取っていく誰が…


人生の転機だと言うのに、背後から斬り掛かってきた親友…


長い年月の看病の甲斐もなく、回復する事なく他界してしまった親…


一緒に幸せになろうと誓った恋人から盛られた毒…


それらは自分の記憶ではない事を、桃太郎は理解していた…


それでも…


記憶の中の痛みや悔しさが、自分の経験として感じ取れた…


桃太郎

「うぁあぁあぁあぁあぁ…ッ!!!」


自分を裏切った者達の顔が記憶から離れない…


自分の腕の中で死んでいった大切な存在の手触りが…香りが…冷たさが…


桃太郎の五感から離れなかった…。


桃太郎

『…何でこんな事をするんだ…

…こんなの知らない…

…こんなのおかしい…

…こんなの間違ってる…

…人って、こんな事ができるのか…?

…人って、こんなに醜い生き物なのか…?』


気が付けば、桃太郎の瞳から流れ出ていた大量の涙…


そこには…


一個人が込められる憎しみと悲しみの全てが注ぎ込まれていた…。


桃太郎

『…何でだ…

…何でそんな事をする…?

…オイラはこんなヤツらを守る為に強くなりたかった訳じゃない…

…こんなヤツらはどうなったっていい…

…殺してやる…

…殺してやる…!

…殺してやる…!!!

…こんな事ができるコイツらを…

…他人の痛みを知らないコイツらを…!!

…その罪の深さを知ろうともしない…

…コイツら全員を…!!

…一人残らず皆殺しにしてやるッ!!!』


今まで、桃太郎が口に出した事の無い言葉…。


それは悪霊達の過去を知ったからとは言え…


桃太郎が自分の意思で口に出した言葉だった…。


それだけ憎かったのだ…


罪無き人々から、理不尽にも奪い取ろうとする罪深き者達の事が…


理解できなかったのだ…


何故、そんな事をしようと思えるのかが…


桃太郎の口から、今も吐き出され続ける罵詈雑言…。


それはまるで、無限に溢れ出してくる汚泥…。


尽きる事なく…


いつまでも…いつまでも続く憎しみの力…


これ以上は無い程に憎み…恨み…妬み…


これ以上は無い程の殺意に身を焦がした桃太郎が唐突に気付いたのは…


…【真実】…


桃太郎は…


その瞬間まで、それが全く見えていなかった…


桃太郎

「…あ…ああ…!!」


どんなに辛くても…


どんな疲労に襲われても…


我が子のために働き続けた親がいた…


人生の転機だと言うのに背後から斬り掛かってきた親友…


だが本当は、自分を殺したその親友の身代わりに戦場へと駆り出されるだけだった…


戦を嫌がる親友を守るため、自分が犠牲になろうとしていたのだ…


自分を育ててくれた親を必死で看病した者も…


最後の最後まで諦めず、可能な限りの感謝と愛情で看病し続けて…


最後の瞬間に…


親の口から聞かされた「ありがとう」…


恋人から毒殺された人も…


死んでいく自分を見て笑うその人を見て…


泣きながら…憎しみながら…


それでも最後の瞬間まで、相手の事を愛していた…


…自分がいなくなった世界でも、幸せになって欲しいと…


醜く…浅ましく…卑劣で…残酷で…


存在していてはいけないのではないかと思えてしまう程に邪悪な存在…


それが人間…


それなのに…


誰かのために強くなれる人もいる…


誰かのために身代わりになれる人もいる…


結果が出なかったとしても、自分のできる限りを尽くせる人もいる…


最後の瞬間まで、醜悪なその存在を許そうとする人も…


悪霊達から伝わってくるのは未練や無念ばかりだったが…


彼等の記憶と経験は、それ以上の事を桃太郎に伝えていた…


桃太郎

「…嗚呼…


…そうか…


…きっと恨みや憎しみだけじゃない…


…上手く伝えられなくても…


…あなた達は、きっとオイラに【コレ】を知って欲しかったんだ…。」


そこからは、桃太郎も嫌がるばかりではなかった…。


苦しくて…悲しくて…切なくて…孤独で…


地獄のような経験であったとしても…


それでも…


桃太郎

「…それでも…教えてくれ…


…あなた達が何を見たのか?


…何を聞いたのか?


…何を経験したのか?


…そして…


…何を選んだのか…」


桃太郎の言葉と想いに応えるように、桃太郎の全身を貫く悪霊達の記憶と経験。


痛く、苦しく、多くの事を憎み、多くの事を諦め…


それでも…


多くの事に耐え…多くの答えを出した悪霊達…。


悪霊達が桃太郎に見せてしまったそれらの【結果】が…


桃太郎に複雑な【答え】を導いていた…。


桃太郎

「…オイラが守る…。」


…桃太郎が口に出せた言葉はそれだけだった…。


勿論、それは単純な意味ではない。


時に、暴力に訴えてしまう日も来るかも知れない…


時に、理不尽に対して無抵抗となる日が来るかも…


それでも、正しいと想える判断を…


そして…


守るべきを守る…


それを誓った桃太郎の言葉…


それを聞いた悪霊達の両手からは、自然と力が抜けていった…。


夜叉丸

「…いったい…何が起きてるんだ…?」


桃太郎の全身から放たれていた優しい光…。


それがゆっくりと収まり始めていた。


徐々に見えてきた桃太郎の身体。


そこには、先程まで桃太郎の身体を埋め尽くしていた黒い何かは存在せず…


全身が生気に満ちた、いつもの元気な桃太郎の姿があった。


悪霊の両手の中で、パッチリと目を開けて悪霊の目を見る桃太郎。


年相応の、幼くて柔らかな印象を持った桃太郎の表情を見て毒気を削がれたのか?


悪霊は気が済んだかのように桃太郎を解放した。


桃太郎

「…もう…良いのか…?」


やっと地面に立てた桃太郎。


悪霊の手の中から解放された彼は、今もまだ涙を流し続けている悪霊の瞳を真っ直ぐに見つめていた。


ゆっくりと引かれていく悪霊の大きな手。


それを追い掛けるように伸ばされ桃太郎の右手に向けて、何かがスゴい速さで飛び込んできた。


それは桃太郎の木刀。


拐われた時に部屋に置いてきてしまったはずの桃太郎の木刀が、どこからともなく飛んで来たのだ。


だが木刀が勝手に飛び込んで来るはずがない。


考えなくても分かるそんな事実に、桃太郎の視線は木刀の飛んで来た方向に誘導されていた。


草木生い茂る獣道の向こう…


まだ大分距離があるそこにいたのは…


誘拐された桃太郎を追ってきた桜だった…。


「桃ちゃんッ!!!

それで身を守ってッ!!!」


同時に…


自分の腰に帯刀された刀を抜こうとする桜の右手…。


このままでは、桜に悪霊が攻撃されてしまう…。


この悪霊は倒さなくても良いんだと説明している時間も無い。


どうするべきか…?


咄嗟に、夜叉丸を制止した時のように手のひらを桜に向ける桃太郎。


…だが…


桃太郎や桜が何かを判断する前に…


全てを察して行動に移したのは…


悪霊に方だった…。


桃太郎の右肩に優しく触れた悪霊の左手…。


その手に気付いた桃太郎が次に目にしたものは…


桃太郎の木刀を掴み、自分の胸へと向けようとする悪霊の右手だった…。


悪霊が取った行動を見て「何か様子がおかしい」と判断した桜は、刀を抜きかけのまま駆け寄ろうとする自分の足を止めた。


後一歩もあれば悪霊に斬り掛かれた距離で立ち止まった桜。


そんな彼女の目の前には、辛そうな表情で首を横に振る桃太郎の姿があった。


桃太郎

「もう良い!! もう良いんだ!!

消えなくたって良い!!

気が済むまで現世に留まっていれば良いじゃないか!!」


悪霊の胸に突き立てられようとしている自分の木刀を、必死になって引き戻そうとする桃太郎。


しかし…


何十もの悪霊が集まって形作られたその力が相手に、桃太郎の非力な腕力では到底及ぶ事はなく…


桃太郎の木刀の剣先は悪霊の胸へと、深く深く刺し込まれていった。


桃太郎

「やッ…ヤメッ…!!!」


…そして…


少しずつ、ホタルのような小さな光になって消えていく巨大な悪霊。


その巨体は徐々に小さくなっていき…


それに連れてその表情も、次第に穏やかなものになっていった…。


『…ありがとう…』


悪霊の姿が完全に見えなくなってしまう前に、桃太郎の耳にそんな言葉が聞こえたような気がした…。


今はまるで霧のように消えてしまった、あの巨体…。


それが在った場所を眺めながら…


桃太郎の瞳は、居たはずの存在を探しているようだった…。


桃太郎

「…そんな事言われたって…

…オイラ…

…何もしてないじゃん…!!」


そう言うと、桃太郎も気が抜けてしまったのか…?


急に気を失ってその場に倒れ込む桃太郎。


驚いた桜と夜叉丸が駆け寄って様子を確認したが…


桃太郎は涙を流しながら…


それでもどこか安心したように眠っていた…。


「…桃ちゃんッ!!

…もう…

…心配ばぁ掛けよって!!」


夜叉丸

「…全くだ…!

…ああ…疲れた…。」


桜と夜叉丸も気が抜けたのか、その場に座り込んでしまった。


桃太郎の無茶苦茶な戦い方に心労が絶えない二人。


だがそれでも…


この時 二人は心の中で、同じ答えを出してしまっていた…。


『…悪霊が自分の意思で成仏した…

…それが桃ちゃんと接触した影響で選んだ行動だとしたら…

…悪霊にそれを判断させるなんて…

…誰でもできる事じゃない…』


夜叉丸

『…悪霊の無念なんか、そうそう晴らせるものじゃないんだ…』


『…どこまでも続く無念と怨恨の世界…

…それが私達の生きるこの世界…』


夜叉丸

『…桃太郎は今…

…その一部でも救って見せた…』


『…もしかしたら…コレは…』


夜叉丸

『…あり得ない…

…けどコレは…』


二人が同時に出した答え…


それはこの世界を変えてしまうかも知れない力…


いつの世も…


この世界に最も求められる【それ】は…


桜・夜叉丸

『…世界を救う可能性…!!』


桜と夜叉丸がその答えを出した頃になって、やっと桃太郎の元へと駆け付ける事ができた小太郎。


「遅い!」だ「何だ!」と和やかに言い争う彼等の様子を見て…


今しかないとばかりに、足音を殺しながら去ろうとするお松達一行。


抜き足…差し足…


落ちている小枝や、音の出そうな枯れ葉を避けて、彼等は器用に距離を取っていた。


四郎

「…早く…!!

早く進んでくだせぇ!! お頭!!」


三郎

「急がないと見つかる!!」


お松

「お黙り!! このスカポンタン!!

こう言う時こそ、冷静なヤツが最後に笑うんだよ!!」


小声で言い争いながらも、着実に距離を取っていくお松達。


だがその言い争いは、徐々に加熱していくのだった。


四郎

「そもそもお頭が術に失敗してなければ、俺達はこんな思いをしてなかったんですから…

少しは反省してくだせぇよ?」


三郎

「ははは! お頭 怒られてやんの!!」


四郎と三郎の愚痴によって、確実に抉られていたお松の心。


それは彼女自身が口にしていた【冷静】とは一番遠い感情を、彼女の中に芽生えさせていた。


お松

「黙れって言ってんだろが!!!

お前達なんか何もしてないじゃないか!!!

体力以外は何の取り柄もないくせに!!!

この私に向かって生意気 言うんじゃないよ!!!」


三郎

「あー! お頭 怒った怒った!!」


四郎

「全く…。

もう良い歳なんだから、少しは情緒ってモンを身に付けて欲しいもんでさぁ…。」


既に小声で喋る事を忘れてしまっていたお松達。


それは敵に気付かれずに逃げる者達にとっては、致命的な過ちだった。


お松

「フンッ!!

歳なんか関係あるかい!!

いいかい?

お前達は黙って私に着いて来ればいいんだ!!

そうすれば良い事が…」


桜・夜叉丸・小太郎

「ねぇよッ!!!」


いつの間にかお松達の前に回り込んでいた桜達。


彼女達の怒りを買ったお松達がその後どうなってしまったのかは…


言うまでもない…。





桃太郎

『…なぁ…皆…


…オイラはずっと前から恐いって感じてた事があるんだ…


…この旅に出るよりも、ずっとずっと前から…


…それは…


…生きて来た意味も無く、無意味で無価値な人生の終わり方をする事…


…少しでも良いから、オイラが生きた証をこの世に残したいって…


…ずっとそんな事を考えながら、あの郷で暮らしてた…


…だけど…


…今は何か…違ってきてる気がするんだ…


…夜叉丸と出会って…


…小太郎と出会って…


…鬼と戦って…


…じい様に認められて…


…ばあ様に応援されて…


…桜に心配されて…


…ドタバタで…少し無茶な旅だけど…


…こんな旅に付き合ってくれる皆がいて…


…まだ日も浅いけど…


…この旅を始めて…それで思ったんだ…


…皆の笑顔が見れなくなるのが、一番怖い…


…皆から見限られて…


…一人になってしまうのが…


…今は一番恐いよ…


…きっとオイラは一人じゃ戦えない…


…皆がいるから、オイラは頑張れるんだ…


…これからも…


…だから…


…皆…』


気を失っているはずの桃太郎の口からこぼれ落ちた小さな声。


それがどんな言葉だったのか…?


無念にも、その言葉は桜達の耳に届く事はなく…


宙を舞う優しい風に乗って、どこかへと運ばれて行った…。





お松

「…オノレ…あいつら…

…覚えとれよ…?」


四郎

「…お頭…

…もうあいつらに関わるのヤメにしませんか…?」


三郎

「…暴力反対…(泣)」

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