第二十八話 桃太郎 危機一髪

「…ッ!!!」


やる事を無くし、宿へと戻った桜。


そこで彼女が目にした光景…。


それは…


散乱した部屋の荷物や家具…


置き去りにされた自分達の荷物…


桃太郎の木刀…


刃物で斬られた跡だと分かる畳や壁の傷…


泥まみれの素足で入ったのだと理解できる足跡…


そして…


姿を消した桃太郎…。


それは一目見ただけで、考えなくても誘拐だと分かる状況だった。


桜の脳裏に浮かんだ恐ろしい光景…。


それは予感と言うより、ほとんど確信に近いもの。


桜は咄嗟に桃太郎の木刀を手に取り、宿の窓から飛び出した。


人間離れした跳躍力で、鳥のように高く飛び上がった桜が着地したのは向かいの建物の屋根の上。


そこから見渡す倉敷の街は見晴らしが良く、人々が行き交う様子が良く見えた。


…しかし…


どこを見回しても桃太郎の姿は見当たらないし、騒ぎが起きている様子もない…。


桃太郎が拐われた事に気付くのが遅すぎたのだ…。


完全に見失った…。


どれ程の時間が経っているのか…?


目視で追跡する手段を失い、今の桃太郎の状況も分からない。


下手をすれば命が危険に晒されている可能性さえある。


桃太郎がボロボロにされながら恫喝されている様子を想像し、桜は更に顔色を青く染めた。


…このままでは本気でまずい…


状況の悪さを覚った桜は覚悟を決めた…。


出し惜しみをしている場合じゃない…。


桜はまだ疲労の残る体に鞭を打ち、気合いだけで法術を発動させた。


「【光劇!!! 千手千眼観世音菩薩!!!】」


瞳を閉じて座禅を組んだまま術を発動させた桜。


それは、千手観音の千の手のひらに存在すると言われる瞳で世界中を見渡せると言う伝承に基づいた術。


遠く離れた場所の光景を拾い集め、法術で映像へと変換させ、桜の視界へと映し出す力。


平たく言えば、遠くの映像のみが見れる術だ。


それが桜の手で形作られた【禅定印】から流れ込み、桜の脳に直接その映像を見せていた。


彼女がこの術を使う時、基本的には人目を避けて、狙い済ました一ヶ所の映像だけに的を絞るようにしていた。


それは、他人の生活を盗み見る事が出来ると知れれば嫌がる人もいる事を理解していたから。


不必要に各地の映像を見る事が、誰かの心に深い傷を残すと知っていた。


だから基本的にはこの術を使わないよう心掛け、使う必要があるならば熟慮した上で判断する。


それが心優しい桜なりの配慮による判断だった。


しかし今は形振り構わずに方々の映像を集めていた。


それだけ彼女は焦っていたのだ。


これは違う…


これも違う…と、一つ一つの映像を判断しながら草の根を掻き分けるように桃太郎を探す桜…。


必死だった…


血眼だった…


今この瞬間にも、桃太郎の命が危険に晒されていると思うと、そうせざるを得なかった。


「間に合え」と念じながら術を使用し続ける桜。


そして遂にそれらしい映像が桜の視界に映し出された時…


…そこには…


桃太郎とよく似た身なりをした、全く知らない赤の他人の姿が映っていた…


「何の時間だったんッ!!?(怒)」


ついウッカリ、誰にともなくツッコミを入れてしまった桜。


街を行き交う人々も、桜の様子に「何だ何だ?」と不思議そうな視線を向けていた。


その視線に気が付き、再び座禅を組む桜。


その集中力が再び法術を使う事に向けられる。


しかし、今どこに居るのかも分からない人間を探すためにそこら中の映像を集めるとなると一苦労だ。


桜は乱れた精神を何とか押さえ込み、一つ一つの映像を再び確認し直した。


…そして…


「今度こそ見付けた!!」


やっと見付け出した桃太郎の姿。


だが、桜の視界に映し出されたその状況は…


巨大な悪霊と思われる存在に、今にも叩き潰されそうになっている、危機的状況の桃太郎の様子だった。


「何をしたらそうなるんッ!!?(激怒)」


誰もいない空間に向けて、先程よりも力強いツッコミを入れてしまった桜。


一人で騒ぐ彼女の様子を、街行く人々は遠巻きに眺め、少しずつ警戒を強めてしていた。


桜が今どういう状況にあるのかも分からないのだから、この反応は仕方がない。


だが、中には同心を呼ぼうと考える人も見受けられた…。


住民達の警戒心を感じ取り、このままではマズいと判断した桜。


その恐怖に染まった視線を浴びて、恥ずかしくなってしまったと言う感覚もある…。


急がなければならない気持ちと、いたたまれなくなってしまった肩身の狭さ…。


それら両方が桜の背中を押して、彼女の足を走らせていた。


法術を使ったばかりで体力が削られている桜は全身に重さを感じながら…


それでも残り少ない気をかき集めて足へと集中させ、その全てを走力へと変換させて風の如く走り出したのだった。


「待っとれよ桃ちゃん!!!

私にこんな思いをさせた事、必ず償わせたるけぇな!!」


そんな桜の様子を、遠くの影の中から見ていた小太郎。


…何かが起きている…。


それが理解できても、影から影へと渡らなくては日の光に消滅させられてしまう小太郎は、直ぐに駆け付ける事が出来なかった…。


小太郎

「…桜…?

…何があったんだ…?」




…そして…


渦中にいる桃太郎はと言うと…。


桃太郎

「んむぅーーーっ!!!(殺されるーーーっ!!!)」


夜叉丸

「あ、いっけね(笑)」


桃太郎

「む"う"ーーーーーッ!!?((笑)って何ッ!!?)」


鬼神のお松が外法によって操った悪霊達。


それを弾き返してしまった夜叉丸の気。


その気に怯えた悪霊達は、自分達を操った術者への復讐心を膨らませ、抵抗する力の無い桃太郎の方に向けて襲い掛かっていた。


桃太郎・お松・四郎・三郎

「ぎゃーーーーーッ!!!」


激しい炸裂音と共に大地へと突き刺さった悪霊の拳。


それはまるで豆腐を壊すように簡単に…


跡形さえ残さない程の破壊力で振り抜かれた。


舞い上がる砂埃のせいで桃太郎の状況が確認できない。


無事なのか?


それとも…


桃太郎の安否が気掛かりで、夜叉丸の足が反射的に地面を蹴った…


今からでも助けなければ…


そう考えての行動だったのに…


重力と空気の流れに従いながら舞っていただけの砂埃が不自然に動いた。


…誰かが飛び出して来る…


それが直感的に分かった夜叉丸は直ぐに駆け寄るのをやめた。


桃太郎かも知れない…


いや…


桃太郎を拐った賊の方かも?


夜叉丸がその判断を一瞬迷った直後、砂埃の中から飛び出して来たのは…


…すんでのところで悪霊の一撃から逃れた お松達の姿だった。


お松

「あー危なかった!!

後少しで死ぬところだったねぇ!?」


三郎

「また悪霊達の扱い方間違えましたねー!」


四郎

「お頭ぁ! だから使う時は注意してくださいって、いつもあれ程言ってるじゃないですかい?」


命辛々 生き延びたお松達。


しかし、その様子を見る限りでは外法に手を出した事に懲りていない様子だった。


夜叉丸

「生きていやがったのか…!」


お松

「ふんっ! 当たり前だろ!!

こちとら外法の失敗なんざ慣れっこなんだよ!!

お前みたいな鬼に偉そうに説教されなくったってね、全部承知の上で使ってるんだよこっちは!!」


四郎

「その通り!!

お頭の法術が下手クソなのは分かってるっす!!」


三郎

「三回に二回は悪霊の反撃くらってやすからねぇ!(笑)」


夜叉丸

「…お前ら、法術使うのやめた方が良いんじゃねぇの?」


自分達の失敗を笑いながら話している緊張感の無い様子を見て、夜叉丸は一瞬 桃太郎の事を忘れてしまっていた。


お松達の側に桃太郎の姿は無い。


ならば、まだ砂埃の中から出てきていないのか?


…それとも…


最悪を想像しながらも、少しずつ下へ下へと降りていく砂埃へと視線を戻す夜叉丸。


…やっと状況が分かるようになってきた…


そこには…


大木を背にしながら身を縮め、後僅かのところで巨大な悪霊の攻撃を躱した桃太郎の姿があった。


桃太郎

「んんん…ッ!!!(泣)」


夜叉丸

「桃太郎!! 良かった!

無事だったんだな!!」


未だに手足を縛られたまま、口の猿ぐつわも取れていない桃太郎。


それでも何とか立ち上がった彼は、後ろに飛ぶ事で奇跡的に悪霊の攻撃から逃げ延びたのだ。


そんな桃太郎の側に駆け寄ろうと夜叉丸は急いだ。


だが…


何を勘違いしたのか?


巨大な悪霊は桃太郎を助けようとした夜叉丸目掛けて、次の攻撃を振り抜いたのだ。


その直撃を受けて、大きく弾き飛ばされてしまった夜叉丸の身体。


その身体は飛ばされた先にあった大木にぶつかるまで宙を舞い、背中全体を叩き付けられる事で動きを止めた。


あまりの痛みに、着地も受け身も取れなかった夜叉丸。


悪霊の破壊力は、夜叉丸の耐久力でも耐え抜く事が出来ない程だったのだ。


痺れた手足に意識を集中させて、無理矢理動かす事で立ち上がったものの、素早く動く事が出来ない。


きっと自分の身体が別の物のように感じていた事だろう。


それでも何とか動かなくては…


そんな使命感に駆られた夜叉丸が見たものは…


再び桃太郎に向けて振り下ろされようとしている、巨大な岩のような悪霊の拳だった。


夜叉丸

「桃太郎ッ!!! 逃げろッ!!!」


桃太郎

「むむぅーーーっ!!?(どうやってーーーっ!!?)」


悪霊とは…


肉体を持たない魂だけの、剥き出しの本能のような存在。


それが恨みや憎しみ等の感情のみで、無理矢理 現世へと留まってしまった…。


彼らに「考える」と言う選択肢は無い。


勘違いで始まった逆恨みなら勘違いが終わるまで、彼らの怒りが収まる事は無い。


お松

「あらぁ。

今度こそ殺されるねぇ、あのガキ。」


四郎

「ただ人質にするだけのはずが…

可哀想に…。」


三郎

「ナンマンダブ、ナンマンダブ…」


夜叉丸

「演技でもないからヤメろお前らッ!!!」


そして、遂に桃太郎に直撃した悪霊の拳…。


激しい衝撃波…


鼓膜が破れてしまいそうな破壊音…


その時 舞い上がった、砂利を伴う強風に…


夜叉丸やお松達も両腕で顔を守りながら堪え忍んでいた。


…もうダメだ…


今度こそ桃太郎は殺された…。


夜叉丸でさえそう思ってしまったのに…


夜叉丸

「…桃太郎…!」


四郎

「…本当に殺しちまいやがった…!」


三郎

「ナンマンダブ! ナンマンダブ!」


それなのに…


桃太郎の肉体は破壊される事なく…


振り抜かれた悪霊の拳の中…


まるで空中に留まる水の中にいる様に、桃太郎の身体は留まった状態でそこに存在した…。


苦しいのか…?


苦しくないのか…?


はたまた、桃太郎に意識が有るのか無いのかさえ分からない…。


全身から力が抜けたような状態の桃太郎の身体…。


その様子に、夜叉丸とお松達一行は言葉を失っていた。


桃太郎

『…何だ…?


…いったい…どうなった…?


…オイラは…死んだのか…?』


うっすらと開かれた桃太郎の瞳…。


悪霊の拳の中から見る外の世界…。


そこからは…


心配そうな瞳で桃太郎を見つめる夜叉丸達の姿と…


恐ろしい表情で桃太郎を睨む、巨大な悪霊の顔が見えた…。


怒りや憎しみの感情だけしか持ち追わせていないはずの悪霊…。


それなのに…


桃太郎には、その瞳から涙が流されているように見えた…。


『…くれ…』


桃太郎

『…何だ…?


…何かが聞こえる…』


『…た……くれ…』


桃太郎

『…何だ…?


…何だよ…?


…もう少し…大きな声で言ってくれ…


…何か…耳が遠くて聞こえないんだ…』


『………てくれ…』


桃太郎

『…もう少し…


…もう少し…


…ちゃんと聞くから…


…だから言ってくれ…


…オイラに…


…お前の言葉を…!』


桃太郎の耳にだけ届いた声…


最初はちゃんとした言葉にさえなっていなかった。


だがそれは桃太郎の願いに反応するかのように整理され…


ハッキリと発音されるようになり…


…そして遂に…


その声が伝えようとしていた【望み】が、桃太郎への【願い】として届けられた…。


『…助けてくれ…!!!』

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