第二十七話 怨嗟の念
桜
「…え!?
父親はそもそも鬼じゃない!?
どういう事!?」
重蔵
「ひぃぃぃッ!!!
って言うか誰ですかあなたは!!?
ウチには年頃の女は居ません!!!」
桜
「何の話じゃがッ!!?」
桃太郎と桜に助けを求めて来た重蔵。
その父親の正体は鬼だった。
あの時、問題を抱えたままの二人を残して閻との戦闘に専念してしまったため、その後が分からなくなっていたのだが…
彼らは全くの無傷に近い状態で、今まで通りの生活を送っていた。
…しかし…
今の重蔵の父親の頭部には角など生えてはいない…。
…つまり彼は、鬼ではなかった…。
あれは何かの見間違いだったのか?
それとも今は人の姿に化けているだけか?
しかし、今の二人には混乱した様子もなく、協力的かつ反応も自然で…
人の住む街に暮らして人間として溶け込む意味や利益も考えられなかった。
確認のために快く頭部を差し出してくれた重蔵の父親。
その対応は、正体を隠している者が取る行動とは、とても思えなかった。
…そして何よりおかしかった事…
…それは…
重蔵とその父親には、あの日の記憶が全く無かった事だ…。
重蔵
「ああああああの!
お金だったら渡します!
だからどうか…暴力だけは!!!」
桜
「さっきから何と勘違いしとんのじゃッ!!?
怯えるの止めんかッ!!!」
求めていた答えとは違うものを目の当たりにしてしまった桜。
知りたい事が無い以上はそこに長居する事もできず、頭を抱えながらも桜はその場を後にしてしまった。
一方で…
小太郎の方は別の情報に辿り着いていた…。
小太郎
「…二本の角が生えたヤツ?」
近くの霊的な存在から情報を集めていた小太郎。
霊的な存在は意識がハッキリしていない者も多く、正確な情報を集めにくかったのだが…
話を聞いた多くの者が口々にしていたその存在…
二本の角が特徴の誰か…。
ソイツが重蔵親子に何かをすると、重蔵の父親の様子が変わっていた事…。
そして息子の重蔵は不自然に歩き出し、桃太郎の元へと向かったと…。
小太郎
「…桃太郎と桜が言っていた人間のガキとも違う…。
…桃太郎達の戦闘にビビって逃げ出した霊や妖怪達はその一部始終を見ていない…。
…分かったのは、その角を持ったヤツの事だけだな…。」
完全に手詰まりになってしまった桜と小太郎。
だがその頃…
二人が手詰まりになる可能性をいち早く察していた夜叉丸が、倉敷の外で【痕跡】を探していた。
…その【痕跡】とは…
夜叉丸
「…桃太郎や桜と年の近い子供…
…名前は閻…
…常識外れの強さを持った存在…
…まさかとは思っていたが…。」
枯れた草木…
砂漠のようになってしまった大地…
それがまるで道のように、何処かへと向かって伸びていた。
そこだけ別世界のように存在する地獄のような光景…。
夜叉丸は、そんな事が出来る存在に心当たりがあった…。
夜叉丸
「…【閻羅天】…!
…まさか…俺を探しているのか…?」
気付いてしまった危険。
狙われていたのは自分で、自分を狙っている相手は閻羅天…
言わば【鬼の皇子(みこ)】…
鬼ノ城の情報どころではない…。
直ぐにこの場所を離れなくては…。
そうしなくては、この地上の全てがこんな荒れ果てた世界へと変わる。
桃太郎も…桜も…小太郎も…
生き残る事は出来ない…。
そんな未来を想像した時に、夜叉丸の脳内に閃いてしまった選択肢…。
…再び一人になる事…
誰かを守りながらでは戦えない…。
…いや…
守る者がいなくても勝てない…。
八部衆の阿修羅達が自分を追っている事は分かっていた…。
それでも何とかなると感じていた…。
…閻羅天さえ出てこなければ…。
…彼が出てくる事など夜叉丸には想像出来なかった…。
…そういう存在だから…
…彼 自ら動く可能性の低さに甘えていた…。
何度も繰り返し脳内に映し出される、桃太郎達の屍が目の前に倒れている光景…。
振り払おうとしても…
振り払おうとしても…
どうしても想像してしまう地獄絵図…。
そんな未来だけはどうしても避けたい…。
夜叉丸の胸の奥…
人が【心】と呼ぶそれの一番底…
そこから湧き水のように溢れ出してくる恐怖…。
夜叉丸はそれを止められなかった…。
夜叉丸
『…こんなの…俺の呪いどころの話じゃない…!!』
…ようやく理解した…
…桜でさえ敵わなかった理由…
それを理解した時に、夜叉丸は自分一人が犠牲になる事を覚悟した…。
…しかし同時に分からなかった…
…八部衆を纏める存在…
…夜叉丸でさえ敵わないかも知れない存在…
…そんな存在を相手に、何故 桃太郎が互角に渡り合えたのか…?
…そんな疑問が、逃げ出そうとする夜叉丸の足を止めていた…。
…一先ず宿に帰ろうか?…
…そして、今 知っている事実を皆に話そう…
…きっと止められる…
…それでも桃太郎達には別行動を取る事に納得して貰おう…。
…そう考えた夜叉丸は、力が入らなくなってしまった足に無理矢理 力を込め、一歩ずつ踏み締めるように倉敷に向けて歩き出した…。
…しかしその時…
夜叉丸の目に映った、信じがたい光景…。
それは…
手足を縛られ、猿ぐつわをされ、屈強な体格をした男二人に担がれて何処かへと向かう桃太郎の姿だった。
桃太郎
「むごぉーーーっ!!!
ふんごぉーーーっ!!!」
お松
「うるさいねッ!!!
少しは静かに出来ないのかいこのガキッ!!!」
四郎
「お頭! 一回休みませんかい!?」
三郎
「疲れたよお頭!! 腹も減ったぁーーーっ!!」
お松
「お黙りッ!!!
お前達までうるさいよッ!!!
晩飯を抜かれたいのかいッ!!?」
般若の面を着けた女が先導する賊と思しき男達。
どうやらその三人組に拉致されている様子の桃太郎。
あまりの突然の出来事に情報の整理が追い付かず、さすがの夜叉丸も言葉を失ってしまった。
どう反応していいのかも分からないまま数秒が経過する…。
これは現実なのか?
それとも幻か?
せめて人違いであってくれ…。
そう感じていた正にその瞬間。
連れ去られそうになっている桃太郎と呆気に取られていた夜叉丸の目が合った。
桃太郎
「やひゃまふーーーっ!!!
んむぅーーーっ!!!
たふけへやひゃまふーーーっ!!!」
夜叉丸
『やっぱり桃太郎だーーーっ!!!』
衝撃の事実に驚きながらも、焦って桃太郎達の後を追った夜叉丸。
…しかし…
夜叉丸の追跡に、即座にお松が気付いた。
お松
「ちっ! 何でこんな所にあの男が!
…面倒臭いねぇ!!」
練られていくお松の気。
その手で型どられた【刀印】。
それは大した事のない気ではあっが、その使い方が非常に厄介だった。
お松
「【外法・死者の戯れ(げほう・ししゃのたわむれ)】!!」
それは周囲に漂う霊的存在に気で呼び掛け、自分の意思に従わせる法術。
それは気の強さによって操れる霊の数も増え、霊の怨念次第では術者の力量以上の力を出せる特殊な法術。
私利私欲の為に死者さえ利用する、まさに外法の術であった。
夜叉丸
「何だ!? 周囲の霊が集まって…ッ!!」
それは夜叉丸の足に絡み付き、まるで水の中を走るような抵抗力を産み出していた。
当然、夜叉丸の足は遅くなる。
それでも前へと進もうとすれば、その分体力は奪われる。
…力尽きるのも早い…。
夜叉丸
「はぁッ!! はぁッ!!
…なんッ…だとッ!!?」
お松
「おーっほっほっほぉーーーーーッ!
この【鬼神のお松】をおナメでないよッ!!
私が本気を出せばザッとこんなもんさねぇーーー!!」
お松の右手に握られた頭蓋骨。
そこから生まれ出るかの如く、次々と姿を現す霊達…。
どうやら、その頭蓋骨こそが彼女の法術の核となる存在。
しかし…
それを隠す事もなく高らかに掲げて笑い散らかすその素振り…。
まるで「やれるものならやってみろ」と言わんばかりの態度が、夜叉丸を神経を逆撫でしていた。
夜叉丸
「鬼の俺を相手に【鬼神】を名乗るんじゃねぇよ!
人間!!」
ムキになってお松達の後を追う夜叉丸の身体から急激に消耗していく体力。
「本気を出せば直ぐに追い付く」と考えていたのに…
夜叉丸の予想は外れ、どんどん離れて行くその後ろ姿。
このままでは見失う…。
そう確信した夜叉丸は、いっそ飛び上がって木の上を移動しながら追い掛けようかとも考えたが…
夜叉丸の衣服に追い縋るようにしてしがみ付く霊達が、それさえも妨害していた。
夜叉丸
「まッ!! 待てこのッ!!」
いつもなら一足飛びに追い付ける距離なのに足が言う事を聞かない…。
桃太郎を守ろうとする意思はあるのに、力が削ぎ落とされていく…。
ー…また失敗するのか?…ー
夜叉丸の脳裏に、そんな言葉がチラついた…
…その時…
怒りにも似た感情が、夜叉丸の胸の中に溢れ出した。
それは夜叉丸の身体の全てを支配するかの如く勢いで広がって、髪の一本一本にまで行き渡り…
それでも留まる事なく溢れ続けたそれは、最後には行き場を失って夜叉丸の体外へと放出された…。
…同時に…
夜叉丸の体表が白く輝き出す…。
神々しささえ感じさせる 眩く美しいその光は、見る者の視線を釘付けにする程の魅力を感じさせると共に…
【世界の終わり】を連想させる恐怖を感じさせる【危うさ】も持ち合わせていた…。
夜叉丸
「…【外法】に手を出すとは愚かだったな…!
…そんな代物は…
…誰であろうと扱いきれるものではない…。」
お松
「な! 何だいアレは!?」
四郎
「お頭!! 何かヤバいですぜ!!」
外法とは…
この世に未練を残して死んだ者達の、その怨念を利用した法術…。
怨霊と化した霊達の無念を力に変え、小さな気の力でも大きな力を扱う事が出来る術…。
しかし…
怨みを残した霊の念と言うものは、至極扱い憎いもの…。
その怨念が強ければ強い程、法術の力では制御しきれず、術者の意思を無視して それぞれの意思で勝手に動き出す…。
それは最悪、術者本人の首を締める事も…。
その危険性故に【外法】…。
そう呼ばれていた…。
霊とは純粋な存在だ…。
既に肉体を持たないためか、それ以上に失うものがないせいか…
心に秘めた【想い】にだけ素直な反応を見せる。
…それ故に…
術によって操られる以外にも、彼らを従わせる事が出来る方法があった…。
それは…
夜叉丸
「…どうやら…
お前が操っていた霊達は、お前に従うよりも俺を敵に回す方が【怖い】と感じているみたいだな。」
…それは【恐怖】…
本能的に「避けたい」と願ってしまう【それ】だけは…
小さな気の持ち主では、どうやっても押さえ込む事が出来なかったのだ…。
…こうなると厄介だ…
恐怖で取り乱した怨霊達は方々に向けて散るように逃げ出すか、取り乱す程の恐怖と直面させた術者を逆恨みして、術者本人に襲いかかる。
これこそが…
【外法】を使う者達が背負った代償だった…。
三郎
「何か霊達がこっちに向かって来やしたよ!? お頭!!」
いつの間にか、夜叉丸から逃げる事よりも我が身を守る事を優先すべく、その足を止めていたお松達。
その視界には…
それまでは人の大きさを保っていた個々の霊達の姿ではなく…
大量の霊が一ヶ所に集まる事で形作られた、巨大な悪霊の姿が映し出されていた…。
桃太郎
「えっへー!(デッけぇー!)」
お松
「コラッ!! 何を感心してるんだい!?
アレがこっちに向かってくるつもりって事は…!!」
そう…
悪霊とは、見境いのない判断を下すもの…。
その怨念を晴らすためならば、無関係の者が巻き込まれる事も厭わない…。
四郎
「…術者であるお頭だけじゃねぇ…!」
三郎
「…俺達全員…!」
…握り締められ、高く振り上げられた悪霊の拳…。
それが今…
夜叉丸
「あ、イケね…。」
桃太郎
「んむぅーーーっ!!?(何をやってくれてんの夜叉丸ーーーっ!!?)」
…桃太郎に目掛けて振り下ろされていた…。
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