第二十六話 暗闇の中のあなた…
桃太郎
「いっっっっってぇーーーッ!!!」
桜
「黙れッ!!!
心配ばーかけよって!!!」
桃太郎
「だけどちゃんと生きて帰って来たじゃんかッ!!!」
小太郎
「身体を起こす事も出来ないけどな~(笑)」
閻との戦いを終え、何とか生還する事ができた桃太郎と桜。
あれから一晩が過ぎ…
特に傷の深かった桃太郎は一時昏睡状態に陥っていたが、驚くべき生命力で意識を回復させていた。
閻との死闘で重傷を負った桃太郎は桜と夜叉丸の手で近くの宿に担ぎ込まれ…
桜の献身的な介護のお陰で、身体は動かせないものの意識が戻り、話す事くらいはできるようになっていた。
桃太郎
「あ~あ。
ケガも法術で治せたらなぁ。」
桜
「だーめ!
ケガの治りを無理矢理早くする事は法術にも出来るけど、法術で治したケガの部位は以前よりも脆くなってしまうのは桃ちゃんも知ってるじゃろ?
ケガや病気を治すのは、医学の力とか薬草の力とかを借りながらの自然治癒が一番なんじゃ!」
今は小さな口喧嘩をしながらも回復に専念する桃太郎と桜。
和やかで、いつも通りの光景…。
しかし、桃太郎達が生き残ったのは奇跡と言うしかない。
常軌を逸した強さを見せた閻。
彼の正体は、八部衆を束ねる彼らの主君…
【地獄童子・閻羅天】だったのだ…。
その力を制限し、人の姿に化けた彼が相手だったからこそ、桃太郎と桜は渡り合えていた。
力を制限した閻だったからこそ、桃太郎と桜は生きて帰ってこれたのだ。
…しかし…
一般人だけでなく、一般の鬼である重蔵とその父親を巻き込み、街を一部損壊し、川舟を一艘紛失させてしまった…。
その被害を被ってまでして戦った相手は、妖怪でもない人間の…
それも見た目ではほぼ桃太郎と同い年の子供…。
勘違いであったとしても、桃太郎達にとってのその事実が、桃太郎と桜を失意の底へと叩き落としていた。
桃太郎
「…オイラが生まれ育ったあの郷は特別だ…。
子供の頃から、他の土地では学べない高度な教育を受ける事ができる。
基本的には元服と同時に郷を出て、日本の各地を巡る旅に出される。
オイラはその教育を身に付ける事が全く出来なかったけど…
本来なら郷を出る頃には日本のどんな武将にも引けを取らない武力と知力と統率力を身に付けているように鍛え上げられるんだ。
それもこれも日本の平和のため…
片寄った戦力が一ヶ所に集まって、誤った力の使い方をするヤツらがいれば制止するか淘汰する…。
あの郷は、それを行うための特殊な養成機関のようなものだった。
だから求められるのは戦力だけじゃない…。
危険を回避して…
敵と交渉して…
安全に問題を解決できる政治力だって求められた…。」
天井を見上げながら、もっと遥かに遠くを見据えるような眼差しを見せる桃太郎。
自分に力があれば…
皆のように自分も成長できていれば…
桃太郎の心がそう騒いでいた…。
桃太郎
「…きっと今まで郷から出ていった人達はこう言う場面でも騒ぎを起こさずに問題を解決できていたんだろうな…。」
…強くなりたい…
多くの意味合いでそう願う桃太郎。
その気持ちが強すぎたせいか…
今までずっと胸の奥に押し留めていたその言葉は、気が付けば桃太郎の口から飛び出していた。
桃太郎
「…オイラに…
…重蔵も…その父親も…倉敷の人達も…
…守れる強さがあればよかったのにな…。」
本当は目指したかった理想…
それを口に出す事を無様と感じ…
言葉に直す事で、その願いを更に遠くへと逃がしてしまいそうだと感じていた桃太郎が、今まで一番 避けていた言葉…。
疲労…
ケガの痛み…
他にもあるかも知れない幾つかの要因が、言いたくなかったはずの言葉を桃太郎に言わせていた…。
ボヤっとした表情をしているようでいて、それでも瞳にだけは強い意思を宿らせていた桃太郎。
…しかし…
そんな勇ましい様子の桃太郎を、桜だけが呆れたような表情で見詰めていた。
夜叉丸
「…桜? …どうした?」
…そう…
桜は知っている…
桃太郎が今、どういう状態なのか…
桃太郎が今、どういう段階にいるのか…
「強さが欲しかった」と願った桃太郎の言葉が、どれ程に筋違いなものであるのか…
それを思うと、桜はそんな表情を見せざるを得なかった…。
桜
「…だって桃ちゃん…。
キミは私を守りながら、あんなに強い相手と互角に戦っておうたがぁ?」
桜の言葉に驚愕を隠せなかった夜叉丸と小太郎。
郷で一番の出来損ないで、誰にも勝った事がなくて…
肉親である おじいさんにさえ見込み無しと断言された桃太郎。
その体力の無さは夜叉丸や小太郎も見ている。
その頭の悪さは、妖怪である夜叉丸や小太郎を助けてしまう程だ。
そして何より、道端に転がっている石ころでさえ持っている気を桃太郎は持っていない…。
そんな桃太郎が、桜を圧倒できる敵を相手に互角に渡り合えたなどと…
夜叉丸も小太郎も、そんな事 想像する事はできなかった…。
夜叉丸
「一刻を争う状況だったから聞けなかったが…
桃太郎は戦ったのか?
その男と…互角に?」
夜叉丸の問い掛けに対しても困ったような表情を隠せない桜。
それがどんな感情なのか、見ただけでは伺い知る事は出来なかったが、続いて桜の口から発せられた言葉が、夜叉丸と小太郎に桜が言いたい事を理解させた。
桜
「…相手はでぇれぇ強ぅて…
…話も聞いてくれんかった…
…私の技も法術も全く通用せんで…
…もうダメじゃ! 逃げな!
…って思ぅたんじゃけど…
…桃ちゃんがソイツと互角に戦って…
…いつの間にか私も追い付けないくらい激しい戦闘になって…。
…結局、危ない場面で私の方が何度も助けられて…
…決着をこの目で見る事はできんかったんじゃけど、後を追ったら桃ちゃんが川で溺れかけとって…。」
世間の一般的な子供か、それを少し下回る程度の体力しか桃太郎は持ち合わせていないと思っていた…。
剣術だって、素人に毛が生えた程度のもの…。
桜のような突出した実力の持ち主を相手にしても優位に立ち回る事ができる敵を相手に、桃太郎が戦力になる事などないと思っていた…。
それなのに…
桃太郎に何かが起きているのか…?
それとも初めての命のやり取りを経験して、桃太郎の中で何かが目を覚ましたのか…?
…どちらにしても…
夜叉丸と小太郎が桃太郎に見せられる表情は一つだけだった…。
桃太郎
「おい! その表情やめろ!
オイラは何も技と力を隠していた訳じゃないぞ!!」
三人が三人とも桃太郎に見せた、困っているようにも見える呆れた表情…。
三人の反応を見た桃太郎も、自身に「自分は悪くない」と言い聞かせながら、それでもやっぱり自分が悪かったのではないかと疑り始めていた。
夜叉丸
「…少なくとも自覚はないんだな?
…それでお前自身はどう感じているんだ?
何か違和感は感じるか?」
夜叉丸の問いに少し困って、記憶の中を探るように瞳を閉じた桃太郎。
桃太郎が再び目を開いた時…
夜叉丸は一瞬、その眼差しから背筋の凍りそうな【何か】を感じ取ったような気がした。
桃太郎
「…分からないよ…。
ただ、何故かオイラでも力になれるような気がして…
桜も調子が悪かったみたいだし…
そしたら力が溢れてくるような感覚を感じて…
自分の身体がいつもより少しだけ上手く動かせるような気がしたんだ。」
桃太郎には、自分が桜を越えるような力を行使した自覚は無かった。
よく思い返そうとしてみても、自分ではなく周りが調子を崩していたようにしか感じていなかった様子…。
…だが実際には…
桜
「…夜叉丸…。
…あの時、私の調子は悪くなかった…。
…全力も尽くした…。
それでも私が殺されそうになった相手と、桃ちゃんは互角に戦っとった。
…それにあの時、桃ちゃんから気を感じたんよ…。」
夜叉丸
「…桃太郎から気を…?」
桃太郎は普段、気を持っていない。
微弱と言う意味ではなく、文字通り全く持っていないのだ。
空気でさえ発している気…
桃太郎はまるで、気に満ちたこの世界に空いた、人の形をした穴のような存在だった。
今、この瞬間でさえそれは変わりない…。
全く気を感じ取る事ができない…。
しかし…
戦闘時の桃太郎の身体には気が存在した…。
その矛盾には、桜だけではなく夜叉丸や小太郎でさえもが頭を抱えてしまうほどだった。
…だが今は確認したくても、重傷の桃太郎に無理はさせられない。
悩んだ挙げ句、桜達が出した答えは桃太郎の今後を見守ると言う判断だった。
夜叉丸
「…今はとにかく、俺が倉敷から出ていくのが先決だ。
騒ぎで逃げ出した住民達は街に戻り始めている。
住民の誰かを俺の呪いに巻き込む訳にはいかない。
桜はその重蔵と言う子供とその父親の様子を見に行ってやってくれ。
その後が気になる。
小太郎は近くの妖怪で様子を見ていた者がいないか確認を取るんだ。」
小太郎
「なぁ~んでテメェが仕切ってるんだ!?
ぇえ!?
夜叉丸ぅ~!?」
夜叉丸
「いっ…言ってる場合か!」
夜叉丸の的確な指示で動き出した桜と小太郎。
しかし桃太郎だけは、する事も出来る事もなく…
ただ安静にして、少しでも早く体力を回復させる事しかできなかった。
桃太郎
「…ちょっと…皆 行っちゃうの?」
今の自分の状態を考えれば、夜叉丸が下したのは当然の判断。
それでも、一人になってしまう孤独感が、桃太郎の口からそれを言わせていた。
桜
「大丈夫よぉ!
直ぐに帰ってくるけぇなぁ!」
小太郎
「大人しくしてるんだぞー。」
夜叉丸
「絶対に動くなよ?」
そう言って出ていってしまった桜達。
桜達も少しは心が痛んだが、今の状態では仕方がない。
後ろ髪を引かれる前に、足早に桃太郎の前から立ち去る桜達。
取り残された桃太郎は久しぶりの孤独感に襲われ、その瞳に僅かに涙を滲ませていた。
…そして…
宿で一人寂しく横になっている桃太郎を見詰める瞳が三つ…
桃太郎が担ぎ込まれた宿から少し離れた木陰の闇の中…
そこから単眼鏡を使って、桃太郎の様子を覗き見る者達がいた…。
般若の面を被った髪の長い女性と…
泥棒髭の男と…
顎髭の男…
桜も…小太郎も…夜叉丸もいなくなった、その状況を見計らって…
彼らの瞳は「しめしめ」とばかりに微笑みを浮かべていた…。
般若の面の女
「…あの弱そうな子供…
…一人になっちまったねぇ…。」
泥棒髭の男
「…頭ぁ…
…今があの女に復讐する好機なんじゃねぇですかい…?」
顎髭の男
「…見たところ、あのガキはあの女のお荷物だ!
人質に取っちまえば、あの女もきっと…!」
そう言って不気味に笑う彼らは…
以前、旅の途中で桃太郎達を襲おうとしていた、般若の面を着けた女と、その手下の山賊達…。
後の世で【鬼神のお松】の名を轟かせ、手下達の【四郎】と【三郎】と共に世間を恐怖で震撼させたと言う伝説を…
残したとか…
残さなかったとか…
お松
「ちょっとナレーション!!
そんなアヤフヤな説明じゃ読者が納得出来ないだろうが!!」
四郎
「…お頭…。
時代背景を考えて、横文字はなるべく避けてくだせぇ…。」
彼女達は今…
桜への復讐のために、再び立ち上がったのだった!
お松
「…【鬼神】と呼ばれた私をナメたらどうなるなか…
それを証明しに行くよ! 野郎共!!」
四郎・三郎
「あら○らサッサー!!」
…その返事は…
…偉い人達から怒られそうな気がするので、非常に怖いのであった…
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