第二十四話 渡る世間に鬼はいた ~其の五~
小太郎
「おいおい!
何だか倉敷の街中か騒がしいぞ!!」
夜叉丸
「住民達が街の外へと逃げ出して来ている…。
それにさっきの光と衝撃波…。
まさか桃太郎達が戦っているのか?」
桃太郎と桜が閻との戦闘を始めてから数分後…
その余りにも激しすぎる戦闘に怯えた住民達は避難を開始していた。
もちろん、同心も出動している。
しかし彼らは、桃太郎達の戦闘の激しさに近付く事も出来なかった。
混乱 極まり、我先にと逃げ出す住民達。
倉敷から人がいなくなっていく…。
この状況は桃太郎達が旅をする上で、一番避けていた事態。
騒ぎは起こしたくなかったし、一般人に被害は出したくなかった。
誰にも迷惑を掛けずに目的だけを遂行するのが最良だったのだ。
無関係な人達を巻き込んでまで、自分のための旅をしたくはない…
この旅を始める前に、桃太郎と夜叉丸で話し合っていた事だ。
…このままでは旅を続ける事ができなくなる。
…しかし…
この状況も受け取り方次第では都合が良いとも受け取れた。
夜叉丸
「小太郎!! 行くぞ!!」
小太郎
「はぁ!? 行くってどこに!?
街に入るのか!?」
…そう…
人が居ないのなら、夜叉丸が街へ入っても呪いの被害が出ないと言う事。
もしも桃太郎と桜が今 危機に瀕しているのなら、夜叉丸が助けに行く事ができるのだ。
夜叉丸
「さっきから街の中心辺りで何度も法術が使われている!
まだ戦闘中だ!!
それならば、今なら街の中心部分には人が少ないはず!!
俺が行っても、呪いの巻き添え被害は出ないだろ!!」
夜叉丸はそう言って走り出した。
まるで風のように早く…
塀や建物の上を飛び移りながら桃太郎の元へと急ぐ。
小太郎もその後ろ姿を見失わないように、必死になって追い掛けた。
夜叉丸の胸を締め付けるような不安。
桃太郎と桜が大ケガを負っている可能性を感じているせいもあるだろう…。
しかし…
夜叉丸が感じている不安の理由はそれだけではなかった…。
もしも使われた法術が桜のものだとしたら…
それは桜が法術を使わなくてはならない程の敵を相手にしていると言う事…。
相手が人の可能性だってある…。
もしかしたら複数人の敵を相手にしているのかも?
しかし…
夜叉丸には何故か、桜が相手をしているのが人を超えた存在なのではないかと…
そんな気がしてならなかった…。
小太郎
「待てよ夜叉丸!! 待てったら!!!」
夜叉丸
「…間に合えッ!!」
殆ど着地する事なく、まるで鳥のような速さで桃太郎の元を目指す夜叉丸…。
考えても答えの出ない不安もある。
しかし今は、ただただ桃太郎と桜の無事だけを願って、彼らの元を目指すのだった。
…一方で…
桃太郎達はと言うと…
桃太郎
『…何だ…?
…どうしたんだオイラは…?
…身体の調子が良い…
…いつもより良く動けているし、皆の動きが良く見える…
…オイラはどうかしてしまったのか?
…だけど…
…今ならいつもより色々と出来そうな気がする…!!』
桃太郎の原因不明の好調。
そのお陰で彼らは閻と善戦できていた。
初めは敵わないと感じていた。
直ぐに負けてしまうのではと…
しかし…
閻の刀を弾き、返す刀で攻撃しては躱されて、出来た隙を桜が法術で狙う。
そんな戦法で閻の攻撃を凌いでいた。
閻
「はーっはっはっはっはっはッ!!!
良いぞッ!! 実に良いッ!!
もっと余を楽しませてみせよッ!!!」
桜
「うるさい男じゃのうッ!!!
これでも食らえ!!!」
桜がまた印を結び、手に持つ刀の切っ先を閻に向けて真っ直ぐ伸ばした。
そして…
切っ先から放たれる一筋の光。
まるで遠くから突きが放たれたように見えるその術は、光で型どられた白い牙のようにも見えた。
桜
「【光劇・白刃】!!!」
この術の最大の長所は、術を受ける側から見ると距離感が分かりにくい事。
遠くで自分に向けられた切っ先が突然目の前まで迫るからだ。
そこからでは届くハズがないと思っていると、いつの間にか目の前にまで迫っていて躱す事が出来なくなる。
これはそういう目の錯覚をも利用した術だった。
だが事はそう簡単にはいかないもの。
桜の術の性質をいち早く理解した閻は、術が放たれた瞬間に身を躱そうとしていた。
…それは直感だった…
…「あの攻撃はここを通る」と言う直感…
それを最小限の動きで躱して攻撃に転じる。
それが閻の建てた作戦…
…しかし…
その直感を、桃太郎が更にいち早く感じ取っていた。
桃太郎
「させるかッ!!!」
閻が身を躱そうとした方向から元の場所へ押し戻すように木刀を振るった桃太郎。
閻の感覚ではそんな場所に桃太郎はいないハズだった。
しかし、閻の視界の外から回り込むように走り、なるべく足音も消す事で気配を殺しながら忍び寄った桃太郎。
それはまるで野生動物の動き…。
何をどうすればどんな結果になるのか…?
それを打算ではなく感じるままに動いて成し遂げたのだ。
桃太郎の木刀の直撃を受けて、表情を歪ませる閻。
まんまと押し戻されたその場所には、桜が放った法術が待ち構えていた。
桜
『…当たるッ!!!
この術は攻撃の面積が小さい分、殺傷力は強い!!!
当たれば今度こそ致命傷じゃッ!!!』
当たりさえすれば勝てる。
桜はそう確信していた。
しかし…
閻もまた実力者…
桜の術が顔に目掛けて突き刺さろうとしたその瞬間…
桃太郎の攻撃の力を利用して、更に後ろへと仰け反った。
その結果、何も無い場所をただ通過した桜の術。
閻は体制を崩してしまう代わりに、致命傷を免れたのだ。
桜
『絶対に当たったと思ったのにッ!!!』
桃太郎
『こんな身のこなしをするだなんてッ!!!』
体制を建て直し様に、自身が持つ刀の切っ先を桃太郎の方へと向けたまま…
距離を保ちつつ構え直した閻…。
それは相手を捉える自分の視界が不十分だったとしても、簡単には自身を攻撃させまいとする神業のような回避術だった。
閻の体術を目の当たりにして、ただただ驚愕した桃太郎と桜。
桃太郎に気を取られている僅かな隙に踏み込もうとした桜にさえ気付き、閻は切っ先の向きを桜の方へと変えながら距離を取った。
その集中力…
その警戒心…
体術だけではない…
この男は心の底からの剣士なのだ…。
そう感じた桜は覚悟を決めた…。
桜
『あの術の速さでも距離があると当たらん…
隙を突こうにも直ぐに気付かれる…
このままじゃこちらの体力が先に尽きるかも知れん…
…それなら…!!』
またしても印を結び、術を発動させる桜。
すると今度は今までの術とは違って、桜の全身が光り出した。
桜
『…コレで決めなきゃ…!!
後は無い!!』
それは桜の体力を激しく消耗させる術。
まるで短距離を全力疾走する時のよう気の使い方…
その激しい消耗と引き換えに強力な力を得る…
そんな術だった。
桜
『【光劇・百花繚乱】ッ!!!』
術の発動と共に、桜の地面を蹴る足がその速さを増した。
…足だけではない…
腕の振りが…
攻撃と共に切り込む足腰が…
その胴体のキレが…
先程までの何倍も速い。
その急激な変化には閻と言えども着いていくのが困難だった…。
目にも止まらぬ速さ…
それでも何とか初撃は受け止めた…
しかし刃と刃がぶつかり合った衝撃で激しい火花が散り、僅かに閻の視界を奪う。
二発目…
閻の優れた直感で、後ろに下がりながら何とか受け止めた…。
しかし三発目…
最早どこからどれ程の速さで攻撃されるのかも分からなかった閻の防御は雑になる。
閻の腹部を掠め…
胸部を掠め…
頬を掠める桜の剣。
このまま攻撃を繰り返せば、いつか桜の剣は閻を捉えるかと思われた…。
…しかし…
その後の数回の攻撃もまた、閻の身体を掠めるだけにとどまった。
極端に速くなった桜の攻撃は、桜 自身でさえ制御が効かなくなっている訳ではない。
ギリギリだが、桜の攻撃を読もうとして集中力を高めている閻が、紙一重で致命傷を避けていたのだ。
閻
『…なんと言う速さだッ!!!』
桃太郎
『桜の速さは確実に閻を上回っている!!
…それなのに…ッ!!!』
桜の動きは確実に閻を凌ぐものだった。
…しかし…
閻はわざと隙を作る事で桜の攻撃を誘導し、そこを守れる事で致命傷を免れていたのだ。
閻
『…残念だったな桜…。
お前の動きは確かに余の動きより速かったが…
戦闘とは速さだけで勝てるものにあらず…。
例え一つの要素で負けていても、その差を完封する術を心得ておけば、この程度の速さの違いなど恐るるに足らず!!!』
残念な事に、桜が放った攻撃その全てが閻の致命傷には届かず…
その体表に傷を着け、ある程度の出血をさせるだけに留まってしまった。
尽きてしまった桜の体力。
さすがの彼女も地に膝を着き…
呼吸を乱し…
閻を睨み付けながらも、その眼光からは力が失せていた…。
手に刀は握られている…。
…しかし顔が上がらない…。
…このままではまずい…
今の状態で桜が攻撃されたらどうなるか…
そんな事は桃太郎にも分かりきっていたのだ…。
閻
「…見事だ…。
余の身体に傷を付けるとは…
誉めて遣わすぞ…桜…!!」
…踏み込んだと言う事は、相手にとっても同じ事…
自分の剣が届くと言う事は相手の剣も届く…
閻にとどめを刺せなかった…
それ即ち…
桜は自らの命を奪われると言う事だった…。
桜もその事を良く理解していた…。
失敗をすれば自分はこれで終わると…。
それを覚悟した最後の攻撃のつもりだった…。
だが、長引かせてもこの男には勝てない…
そう感じたからこそ、早期決着を考えて、先の術を実行に移したのだ…
この結果は桜の作戦負け…
そんな言葉が桜の脳裏を掠めた時…
桜に向けて、閻の刀が構えられた。
空気を切り裂きながら、桜の首 目掛けて振り下ろされようとしている閻の刀。
桜もその攻撃に反応して刀で防御をこころみる。
…しかし…
今の桜に、閻の攻撃を受け止めるだけの力は残っていなかった。
桜
『…殺られるッ!!!』
自身の死を確信する桜。
しかし、閻の刀が桜に触れる事はなかった。
桃太郎
「どっせーーーーーいッ!!!」
刀を振るう閻の腕が、閻の視界を狭めた一瞬…
その一瞬を桃太郎は見逃さなかった。
閻に目掛けて飛び上がり、閻の脇腹に見事な飛び蹴りを命中させたのだ。
桃太郎に蹴られた脇腹を抑えながら、ヨロヨロと後退する閻。
その様子だけを見れば、閻の体力は大分削られているようにも見える。
…しかし、その眼光は以前として鋭いまま…
その闘気も衰えを知らないままに、閻は再び桃太郎に向けて構えを取るのだった。
桃太郎
『…なんて闘気だ…。
…じい様が昔、見本だとか言って一回だけ見せてくれたっけ…。
…だけどあの時は、じい様も本気じゃなかった…。
オイラには湯気みたいな物が見えただけ…。
…だけど、今は違う…。』
まるで激しく燃え盛る炎のような閻の闘気。
それは本物の炎のように力強く、周囲の存在を全て飲み込んで灰にするような…
そんな恐怖を見る者達に感じさせた。
桃太郎
『…これが…
本物の殺意を帯びた闘気…!!!』
桃太郎の過去の経験や記憶が呼び掛けているのだろうか?
聞こえるはずのない声が、桃太郎の耳に響いた。
…ー殺されるー…
桃太郎
「桜!! 大丈夫か!? 立てるか!?」
…返事は出来ない…
桜の乱れた呼吸がそれを許さなかった。
しかし、身振りでそれを知らせる事はできる。
桜は桃太郎の問い掛けに何とか頷くと、今の自分が守られている事を理解した。
ヨロヨロと立ち上がり、桃太郎と閻から距離を取るように移動した桜。
彼女はそこで再び剣を構えたものの、もうこの戦闘で自分が活躍できるとは思っていなかった。
それでも剣を構えたのは、今の桜にできる精一杯の威嚇。
僅かでも桃太郎から自分へと集中力を分散させるための、桜に残された最後の戦法だった。
閻
「…本当に何者なんだ貴様は…ッ!?
ここまで余を楽しませる事ができる者など…
今まで出会わなかったぞ!!」
桃太郎
「…そりゃお気の毒様!!
オイラは郷で一番の出来損ないさッ!!
お前よりも強いヤツが、オイラの郷にはゴロゴロといるぞ!!」
桃太郎の言葉を聞いて驚きを隠せない閻。
…今までは自分が最強だと思っていた…
自分には全てを自由にする権利と権力があり、誰にも負けない実力までも持ち合わせているのだと…
…それがどうだ…
目の前の桃太郎と桜に苦戦して…
挙げ句、もっと強い者がいると言う…。
普通ならばここで絶望しても良いだろう…
自分は天狗になっていたのだと…
上には上がいるのだと…
ここで全てを諦めて、平穏な日常に帰る者もいるかも知れない…
…だがしかし…
閻は違った…
閻
「…く…くくくくく…」
笑いを堪えるような笑い声が周囲に響く…。
閻の表情が変わっていく…。
本当に楽しそうな表情…。
自分よりも強い者を求めて止まない…
不気味で…不適で…悪寒が走るような…
そんな笑顔…
しかし…
…もう桃太郎は動じなかった…
閻ならばそう言う反応をすると、桃太郎は読んでいたのだ…。
閻
「…楽しいなぁ!!
そして楽しみだなぁ!!!
桃太郎!!!
自分よりも もっと強いヤツがいると知れるのは、本当に楽しい!!!」
ますます勢いを増していく閻の闘気。
それは遂に桃太郎の足元にまで届き、その感じ取る事の出来ない灼熱で桃太郎の何かを急速に燃やし尽くしていった。
桜
「…桃ちゃん…?」
…足を震わせ始めた桃太郎…
その様子を見ていた桜も、最初は不安を隠せなかった。
目の前で桃太郎が殺されるのではないかと…
だが…
今の桃太郎がここで終わるはずが無かった…。
桃太郎
『…ああ…
毎日じい様と手合わせしていて良かった…
桜や金時みたいに実力の離れた相手を見ておいて良かった…』
桃太郎がこの期に及んで思い出していたのは…
苦い苦い過去の記憶…
桃太郎
『…毎日負けて…
…毎日悔しい想いをしながら帰った家路…
…いつかオイラもと思いながら、全く報われなかったこれまでの人生…』
思い出したくもないそんな記憶が、今 自分が置かれているこの状況を「大したことない」と感じさせていたのだ…。
桃太郎
『【あれ】と比べたら…
まだ何とかなりそうじゃん!!!』
そして木刀を握る手に、更に力を込めて構え直した桃太郎。
…そう…
桃太郎の足の震えは恐怖から来るものではなかった…。
それは言うなれば【武者震い】…
そして閻の闘気によって燃やし尽くされたのは【雑念】…
自分よりも強い相手を目の前に、心昂っていたのは閻だけではなかったのだ。
桃太郎
「…お前の気持ち…
…嫌だけど少し分かる気がするよ…
…閻…!!」
ジリジリと距離を縮めていく両者…。
…後一歩…
たった一歩踏み込めばお互いの間合いに入る…
両者がそれを判断したその瞬間…
何かが弾けたかの如く、互いが互いに向けてその一歩を踏み出した。
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