50 彼らが確かに生きていた証
スタンビードの襲来は夜に予想されるため、空が色づき始める頃には、帰還の準備を始めなければならない。そんな中でエンデさんはチームを分担することなく、全員で固まって動くことを提案してくれた。
「行方不明者を捜索する上で、もっとも気を付けなければならないのは痕跡の見落としだが、それ以前に、俺たちは余計な困難を避けていく必要がある」
なんでもエンデさん曰く、この辺りに住む野獣や魔獣には、自分たちよりも大きな集団を狙わない性質があるらしい。もちろん、巨大な群れに当たってしまえば戦闘になる可能性こそあるが、エンデさんとその仲間たちを合わせた6人で固まって動けば、滅多なことでは襲われないだろうと、そういうことなのだそうだ。
「新人さーん! どこですかー!」
「居たら返事をしてくれー!」
だから俺たちは、こそこそと動いていくのではなく、その都度大声で呼びかけながらゆっくりと進んでいく。彼らの予想では、いくら新人とはいえ好き好んで森の深部まで進んでいくことはないだろうとのことだ。
主には川沿いを中心に、周辺一体に呼びかけを続けていくうちに、ぽつぽつと彼らの痕跡が現れ始めた。
絵の具で真っ赤に塗られた小石という、分かりやすい目印がそれだ。
「ありがたいな。彼らは帰り道を見失わないよう、目印を残してくれている」
「手慣れていますね」
「というより、全く知らない土地だからだろうな。おそらく、帰りに拾うつもりで置いていたんだろうが……回収されていないということは、進み続けて良さそうだ」
カヤさんは新人冒険者たちのほうに対して「手慣れている」と言ったのだろうが、俺はむしろ慣れた様子で分析を重ねていく、エンデさんたちのほうに感心していた。あるいは、カヤさんも気づいているかもしれないが……彼らはおそらく、只者ではない。
「君たちも気づいているだろうけど……用心しておいてくれ」
「ええ、わかっています」
「……? あの、どういうことだろうか」
俺の勘が悪いのか、単純に知識の問題なのかわからないが、そうやって心構えをする二人に向けて、俺は思わず聞いてしまう。以前の心持ちのままであれば、それ自体に落ち込むこともあったかもしれないが、今の俺は大丈夫だ。
わからないことがあるのなら、その都度聞いていけばいいんだ。
「簡単に言えば、何らかの危険が待ち構えている可能性がある。まあ、可能性として一番有力なのは野獣、あるいは魔獣かな」
「単純に急斜面から落ちたりしたかもしれませんが……その可能性は低いですね」
「なるほど……」
驚いたのは、エンデさんの考察にカヤさんがしっかりと付いて行っていることだ。
いくら冒険者としての歴が違うとはいえ、素直に感心してしまう。
「行きましょう。事は一刻を争うかもしれません」
カヤさんの言う通りだ。ひとまず今は、ようやく見つけた確かな手がかりを辿って先に進み続けて行くべきろう。
◆◇◆◇◆
しばらく進み続けていると森の中が暗くなり始めた。
頭上にかかる枝葉が、あからさまに濃く茂り始めたのだ。
やがて、エンデさんが手で俺たちを制し、行軍を止めた。
「……この辺りだな」
実のところ、俺もちょうどそう思ったところだった。
森が鬱蒼としているだけあって、普通なら進むのも一苦労であるはずだが、この辺りは道を通すように押しのけられたり、切り払われたりした蔓や枝のおかげで、随分と進みやすくなっていた。
おそらく彼らも苦労してここまでたどり着いたのだろうが……それならなおさら彼らがよほどの蛮勇を発揮しない限り、この先深くに進んだとは考えづらい。
「探し人の新人は、二人組みだったか?」
「聞いている限りでは、そのはずです」
「だったらそろそろ何か見つかるはずだ。覚悟しておいてくれ」
それはおそらく、二重の意味を含んだ言葉だ。
一つには、彼らを襲った魔物と遭遇するかもしれないという意味。
もう一つは……彼らの亡骸や、遺品を見つけることになるかもしれないという意味。
それでも……もし彼らが既に力尽きていたのだとしても。
彼らが確かに生きていた証を、探し出してやることに意味があるんだ。
そう思って俺は、手に持つ武器を握りしめた――
その時だった。
『だから、私が伝えなければいけなかったんだよ』
頭の中に、声が響いた。
それは、大人びた女性の声で、酷く聞き覚えのある声でもあった。
いや、声だけではない。
その髪も、その目も、その表情も覚えている。
「……どうしました?」
黒々とした癖毛に優し気な眼、安心感を誘う微笑の浮かんだその表情。
全て覚えているはずなのに、霧がかかったようにぼやけている。
彼女が何者か知らない。思い当たらない。思い出せない。
思い、出せ、ない。
「大丈夫ですか?」
この声は聞こえている。だが、その声も聞こえている。
意味はわかっている。ただ、意味は分からない。
優し気なその声に答えられない。大人びたその声がわからない。
「おい! 魔獣の群れが来るぞ!」
ぐちゃぐちゃな頭の中に、声がまじりあって響く。
『君には迷惑をかけた』
「見付かった! その子は――」
「――私が守ります! 応戦を!」
『これは、私のわがままだから』
――彼女は何者だ?
「アサードジョーだ!」
「多いぞ! 気を付けろ!」
『どうか君は』
「揺らぎ続ける魔力の火種よ!」
――彼は何者だ?
「危ない!」
「ッ! 助かりました!」
『私のことなど彼方に忘れて』
「まだ来る、庇いきれないぞ!」
――そもそも、名前は?
「ヨウハさん!!」
そうだ。俺はヨウハ。
彼女が付けてくれた名前。
そう思った瞬間、横から突き飛ばされた。
そのまま身体は仰向けに倒れて、何かが俺にのしかかる。
カヤさんが、俺を突き飛ばしたのだろうか。
見ると、銀髪の彼女が俺の肩に頭を埋めているのがわかった。
その背には赤い飛沫が舞い、白い羊毛にこびりついているのが見えた。
「カヤさん……?」
目の前の彼女は答えない。
赤いものだけが、溢れていく。
深々とした傷から血があふれていく。
カヤさんの背から、血があふれている。
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