49 結論


 思えば彼女はいつだって、自分の手が届く人々のことを全力で助けようとしていた。自分の手の届かない場所に人が居るなら、自ら危険に踏み込んでまで、他人を助けようと勤めていた。


 だからこそ、俺は彼女に救われた。

 でなければ、俺はここまで生きてはいなかった。

 俺は彼女に何度も助けられてきた。

 これからも助けられ続けるだろう。


 それならば――


「お願いします!」


 俺は防衛地点に残っていた冒険者さんに向け、頭を下げる。相手の反応は芳しくないが、それでも必死に頼み込む。そうでもしなければ、この状況で俺たちが彼らを助け出すことなどできないはずだから。


 それは、彼女から学んだことでもある。

 何かを成し遂げたいとなったとき、自分たちの力が及ばないなら……


 人の助けが必要なら、しっかりと人を頼るんだ。


「悪いけど……俺たちだけじゃ難しいな」

「というと……」

「俺たちのパーティーには、治癒魔法使いがいなくてな。探してる新人さんが怪我してても、治せなかったらまずいだろ?」

「なるほど……?」


 人を当たり始めて数人目。長身で特徴的なつば広の鉄帽を被った冒険者さんには、そう言って渋られてしまったが……おそらく、その問題なら解決できる。


「それは、大丈夫……俺の仲間が治癒魔法は使えるはずで」

「本当か? 見たところ、君もまだ新人に見えるが」

「実際、俺と彼女は駆け出しだ」

「駆け出しの治癒魔法使い?」


 質問に答えつつ、できるだけ説得に努めていたら、つば広帽の冒険者さんは何かを思い返すように顎に手を当てて唸り始めた。


「待てよ? ひょっとしてその子は、こう……グレーの三角模様が入った、四角い帽子を被ってたりするか?」

「……! その通りだ」

「なら、俺はその子を知ってるぞ! そうか、君が彼女の仲間だったのか」


 そう言うと、つば広帽の冒険者さんは爽やかな表情を俺に向けてにこやかに笑う。


「商隊護衛の一件以降、彼女には恩を返せてないからな。見ず知らずの冒険者を助けたいだなんてやつは、そうそういないと思っていたが」


 彼は向き合ったまま大きく一歩踏み込んで、俺の手を取って固く握りしめた。


「だからこそ、君らの心意気が気に入った! このエンデとその仲間たちは、喜んで協力しようじゃないか!」


◆◇◆◇◆


「ヨウハさん!」


 エンデさんたちと共に、天幕の方へ戻ってみると、息を切らせて駆け寄ってくるカヤさんの姿が見えた。彼女は誰かと一緒にいる様子は無いが、その様子から察するに、何か進展があったらしい。


「そっちはどうでしたって……あれっ!?」

「久しぶりだな! 駆け出しの治癒魔法使いさん」


 エンデさんの姿を見て驚きの声を挙げている辺り、彼らがこの野営地に居合わせたのは本当に偶然であるらしい。カヤさんのことを名前で呼んでいない辺り、本当に一度関わり合っただけの関係なのかもしれないが……


「あんたが困ってるって聞いたんで、パーティー総出で駆けつけさせてもらったぜ」

「ほ、本当に……あの! ありがとうございます!!」


 それだけで、これほどの信頼を勝ち取れているとは驚きだ。いくら彼女の人柄は評価されるべきものだとしても、偶然の人助けを信頼関係につなげられるのは、一種の才能だろう。


「そういえば、自己紹介をしていなかった気がするが」

「ああ、そういえばそうでしたね! 私は――――」


 そうやって、各々の自己紹介を続けているうちに、次第に談笑も交えられ、俺たちの決意は一つ大きなものになっていく。エンデさんの気のいい人柄もあるのだろうが、この即席チームの信頼関係は、明らかにカヤさんを中心に築かれていく。


 これも、彼女の人柄が成せるモノか。


「ヨウハさん」


 俺が一人感慨に浸っていると、カヤさんに声をかけられた。

 見れば、エンデさんは野営地の管理者に話を通しに行ったらしい。

 この場にはひとまず、俺とカヤさんの二人だけ。

 そんな中で、カヤさんは何やら目を輝かせながら、俺の手を取ってくれた。


「本当にっ……ありがとうございます。私のわがままを受け入れてくれて」


 ほんの少しの震え声に押される中で、彼女が今、何らかの強い感情を覚えていることがわかった。それは感動か感慨か、確かめなければわからないが、それでも確からしいことはひとつ。

 俺はカヤさんの手を強く握って、彼女に応える。


「俺は……あなたのそういうところが好きだ。人のことを精一杯助けたいと思う気持ちを、わがままだなんて言い換えて悩んで、それでも結局助けずにはいられないところが」

「っ……!」

「だから――」


 だからこそ、俺は彼女に救われた。

 でなければ、俺はここまで生きてはいなかった。


 俺は彼女に何度も助けられてきた。

 これからも助けられ続けるだろう。

 それならば――十分助けられてなお、俺が彼女の傍に居たいと思うなら。


「だったら、俺も精一杯あなたを支えよう。

 人を助けるあなたのことを、俺に助けさせてくれ」


 結論はきっと、それでいいんだ。

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