47 胸騒ぎ


 俺の隣で、カヤさんが息を詰まらせたのが分かった。マスターの言葉を受けて思う通りの反応を返したいのに、うまく言葉が出てこないといった様子だ。

 野獣や魔獣の大侵攻――スタンピードに巻き込まれるということがどういうことなのか、俺には推察することしかできないが……


「誰かが救出に向かったりは……していないんですか」

「残念ながら、現状誰も、だな」


 彼らの沈痛な面持ちで、それがどれほど深刻な事なのかは理解できた。

 救出に向かう者がいないという事実を聞いたカヤさんは、何を考えるだろうか。

 答えは、ほとんど決まっているようなものだ。


「だったら私が……!」

「ダメだ。お前らだけじゃどうにもならん」


 カヤさんの言い分も理解できるが、当然、マスターがそう答えるだろうということも理解できる。一体の相手に二人でかかれるような状況ならともかく、獣の群れを相手取りながら救出を試みるなど不可能だろう。


「だが、スタンピードの規模を測りかねている現状、駆け出しの冒険者の手も借りたい状況であることは事実だ。特に自前で治癒魔法を使えるヤツや、獣相手に真っ向から戦えるヤツが加わってくれれば、随分と心強くなる」

「それって……?」

「できれば、現在設営中である防衛拠点に加わってくれると助かる。もちろん、働きに見合うだけの報酬も用意しよう」


 畳み掛けるようなマスターの言葉を耳に入れて、素直に上手いな・・・・と思ってしまう。

 おそらく彼もカヤさんの心の中に渦巻く不満に気づいているのだろう。

 だから、身の程に合わない任務の代わりに、適材適所な役目を与える。

 そうやって、一番気掛かりな救出任務から目を背けさせようとしているのだろう。


「それでも……助けを求めているかもしれないのに」

「……心配するな。要救助者の捜索に、心得があるやつを知っている」


 遮るような言葉を受けて、カヤさんは沈黙してしまう。

 俺だって、同じように言われてしまえば、何か反論できるような気はしない。


◆◇◆◇◆


 カヤさんと共に森の中を歩いていると、草木の茂る森の中が途端に開けて、障害物が並べられているのが見えた。ある一点を囲い込むようにというよりは、山岳側からの進入路を限定するように、丸太や枝木のスパイクといった、障害物が並べられているように見える。


 どうやらここが、マスターの言っていた防衛拠点であるらしい。


「随分と……横に長いんだな」

「地形的に、通りやすい場所を選んでいるとは思いますけど……相手は獣ですからね」


 つまりは、こうやって広く障害を作らなければ、獣の侵攻を抑え込むことなどできないということなのだろう。すぐ先の方を見れば、両手持ちの土木用具を持って穴を掘っている人々や、広々とした草地に座り込んで、何かを仕込んでいる人々が見える。


「あれは多分、近くの農村の人たちですね」

「わかるのか?」

「ええ。農具を使って障害を作ってくれているみたいです。クワで掘り返した地面には堀を、草地には楔を打ち、縄紐を張って足絡めを。エイビルムの危機は、彼らにとっても他人事ではありませんから、資源の消耗を最小限に、自分たちにできることをやってくれているんだと思います」

「そうなのか……」


 理路整然と状況を分析し、見識を述べていくカヤさんを見て、俺は素直に感嘆してしまった。今までも時折彼女の知力が垣間見える場面はあったように思うが、今回は特に凛々しく見える。


 そうやって、冷静に状況を見据えるカヤさんの姿を見ていると、彼女が酷く、遠い存在に思えてしまう。


「ひとまず、向こうの天幕に向かいましょう。もしかすると既にいくらか怪我人が運び込まれているかも」

「……わかった」


 一瞬、今のうちに時間を取って、カヤさんと話したい気持ちを覚えたが、なんとか押さえ込んで頷いた。


 見識と直感に優れ、それを元に、今自分がやるべきことについて判断できる。

 そんなカヤさんは、おそらく俺が知っているより凄い人だ。

 記憶を失っていて、身体を動かすことしかできない俺のような人間が口をはさむより、彼女の思うがままに任せたほうが、みんなにとっていいはずだ。


 そのはずなのに……このままならない気持ちはなんなのだろう。

 この気持ちの悪い感覚は……

 胸騒ぎは、一体何だというのだろう。

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