37 引っ掛かり


 お日様がてっぺんよりも少しだけ傾いたころ。

 芝生の剥がれた訓練場の隅で。

 男の子は木箱から取り出した武器の数々を、地面に並べて考えこんでいます。木製とはいえ、その形状は様々で、単純な長剣のようなものから、湾曲した形の両手斧まで、様々な武器が揃えられていました。


「ひとまず、これで行かせてくれ」


 そう言って、男の子が選んだのは、長い樫の棒に断頭台の刃をそのまま取り付けたような見た目をしている武器でした。長柄に対して平行に取り付けられた刃は、うっかりしていると、それが木製であることを忘れてしまいそうなほどに妖しく黒光りしています。


「ブローバか。悪くない選択だが、本物と同じ程度には重いぞ」


 ブローバ。知らない武器ですが、わざわざ本物と同じ程度に重いと伝えた事から察するにおそらく、刃の部分はかなり密度の高い木材で作られているのでしょう。木製だからといって防具無しでは戦えない理由が分かったような気がします。お屋敷を支える柱の角で殴られて、無事でいられるわけがありません。


「これくらいなら、問題ない」


 ですが、男の子は軽々と片手でブローバを持ち上げ、その柄を右肩に担ぎました。前々からわかってはいましたが、信じられない怪力です。身体の扱い方が上手いのか、それとも純粋に筋肉量がすごいのか。わかりませんが、マスターが小さく「ほう」感嘆したことから察するに、彼は常人ではないのでしょう。


「下手な手加減は、必要なさそうだな」


 そう言って、マスターが左手に取ったのは、これまた精巧に作られたロングソードでした。両手持ちに適した長さを持ち、同じように黒光りする刃を備えたそれは、刃の他にも、鍔や剣底も同じ木材で作られているらしく、十分な威力と、理想的な重心を備えているに違いありません。


「では、試験内容を説明する」


 マスターはそう告げながら、アーメットの口元を開けて、伸ばした右手を沿えました。彼はそのままレザーの指先を噛んで、手袋を外します。そうして露わになったマスターの指には、宝石付き指輪がはまっていました。何をするつもりかと耳をすませば、彼が握った拳を口元に添えて、何かを呟きはじめていることがわかりました。


「自然に漂う無垢なる魔力よ。汝の本懐は命を繋ぎ癒すことにある。今我らが求むのはこの地を光で満たすこと。何人たりとも染め変えられぬ輝きを見せろ」


 これは、ナルリアともまた違う、魔法でしょうか。言葉を紡ぐにつれて光り始めた青い指輪は徐々に輝きを増していきます。そうして、最後の一節を残すところになって、彼は握った指先を広げ、そのまま前方へと付きだしました。


「シャリア・ヒルクランデ」


 瞬間、マスターと男の子の立つ空間に、白く輝く粒子のようなものが漂い始めました。これは、ナルリアを使って治療を行う際の光にも似ています。眩く輝くというよりは、ほのかな光が明滅しているといった程度ではありますが、今の魔法が、似たような効果をもたらそうとしていることは、なんとなく想像できました。


「この芝生の剥げた広場全体を、癒しの魔力で満たした。多少のケガや打ち身であれば、すぐに回復するはずだ」

「な、なるほど……?」


 突然の説明に、男の子は首をかしげていますが、当然でしょう。説明すると言っておきながら、突然見慣れぬ魔法を使われただけ。同じ状況であれば、私だって似たような反応をしてしまうかもしれません。


「だがしかし、いくら癒しの魔力でも肉体的な疲労までは回復できない」

「つまり、どういうことだ?」

「ここで延々打ち合っていれば、やがては限界が来るということだ」


 意味深な言葉を呟きつつ、マスターは外した手袋を身に着けています。ガントレットのある根元までしっかりとはめてから、左手に握っていた長剣を、両手で握り直します。そうして彼は、ガチャリとプレートアーマーのすれる音を響かせながら、腰を低くして木製の長剣を構えました。


「不合格の条件は、そうしてお前が動けなくなくなること」

「……その逆は?」

「合格の条件は……」


 瞬間、マスターは地面を強く蹴って飛び出しました。


「俺に一撃でも加えることだ!」


***



「なっ!?」


 腰だめに構えられた剣先が俺の胸へと迫ってくる。いまから武器を振っても弾けない。だったら、横に避けるしかない!


「避け方が甘い!」


 何も考えず斜め後ろへ飛んだ瞬間、それが間違いだったと気づいた。マスターはまだ伸ばしきっていなかった両腕を横方向へ振り抜き、刃を俺の腹へ沿わせて来る!


「がっ!」


 せめて直撃だけでも防ごうと、ブローバの柄を縦に構えたところで激痛が走った。そのまま勢い良く跳ね飛ばされて、どこを殴られたのか理解する。


「腕が……!」


 今の一撃だけで、右腕を折られている。防具に覆われていなかった箇所を殴られたのだから当たり前ではあるが、それにしたってとんでもない威力だ。そう思った傍から、腕に光が集まって痛みが引いていく。奇妙に筋肉が突っ張ったような感覚だけを残して、元通り柄を握れるようになる。


「今のが一撃だ。それと同じくらいのヤツを、俺に対して加えて見せろ」

「っ……」


 その言葉で直感した。この男は、十分にお膳立てした上で、俺のことを叩き潰すつもりなのだろう。防具を与え、魔法を使い、木製の武器同士という状態で。これ以上ない配慮を事前に用意しておくことで、実戦での手加減をナシにした。


「……期限は?」

「言っただろう。お前が動けなくなるまでだ」


 なんとまあ、強引なやり方だろうか。今の一撃を受けただけで、心を折られる可能性だってあるだろうに。会えて痛みを引かせることで、いくらやっても無駄だと植え付けようとしているのか。それとも本気で、自分を打ち負かせるくらいの技量を見せてもらいたく思っているのか。


 随分……懐かしいな。


「……うん」


 そうだ、何故か懐かしい。

 その理由はわからないが一つ確かなことはある。

 そう思って、俺は立ち上がりつつマスターを見据えた。


「あんたは、優しいんだな」

「……ほう?」

「今だって、俺が仕切り直すのを待ってくれてる」


 あくまで俺を蹴落としたいのなら、わざわざ復帰を待つ必要はない。追撃でも追い打ちでも、好きなようにすればいい。それなのに回復を待ってくれるなんて、なんという優しさだろうか。もし、これが実戦であれば、俺の死は免れない状態だというのに。


「それ、無しでいい」

「何?」

「いちいち仕切り直したりする必要はない」


 俺は両手にしっかりとブローバを握り、マスターを強くにらんで宣言する。記憶を取り戻す前の俺がどんな奴だったかは知らないが、なんとなく思い出してきた。記憶がなくとも、身体が全て覚えている。


「俺は、人との戦い方を知ってる」


 記憶を失う前の俺も、似たような試験を受けたはず。

 それももっと手加減無しの、命を落としかねない訓練を。


「……お前がそれを望むなら、俺も応えよう」


 思えばあの浜辺以来、初めて掴んだ記憶の引っ掛かりだ。

 下手な手加減でこの機会を逃したくはない。

 できるだけ全力でやって確かめよう。


 そう思って、俺はブローバを強く握った。

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