38 ふさわしい言葉


 最後に太陽の位置を確認したのは、首筋を突かれて仰向けに転がった時だったか。あれからどれだけの時間が経ったのかもわからないが、相変わらず俺は、マスターに一撃も浴びせられずにあがいている。


「隙を見せるな!」

「ぐあっ!」


 ブローバをでたらめに振り回すだけじゃダメだ。そう思って、牽制のつもりで突きこんだ穂先を左手で捕まれ、右手の長剣で切り付けられる。肩に走る鈍い痛みをこらえて、どうにか柄だけは取り落とさないように、強く握りこんで後ろへ引く。


「膝を付かなかったのは大したものだが、この調子じゃ日が暮れるまでやっても無駄だぞ」

「ぐっ……」


 マスターは、そう言ってロングソードを一回転させ、両手の元へ握り直した。強い言葉ではあるが、全くもって彼の言う通りだ。いくら俺ががむしゃらにあがいたところで、刃を当てられなければ意味がない。


 それ以前に、俺はロングソードの間合いに踏み込み続けて、見事にいなされ続けている。ブローバも、相当な射程をもっているのにもかかわらず、同程度の長さの武器に圧倒されてしまっている。このままでは、一度刃を当てるどころか、彼のアーマーに触れることすらできないだろう。


 だが、肩の痛みは考えこむ間にも引いている。


「それでも、俺は彼女の力になって見せる」


 まだ武器も折れていないのに、俺が先に折れてたまるものか。


***


「ああ……」


 白く輝く光が舞い続ける訓練場の端、少し離れた原っぱで、私は男の子が攻撃を受ける度に、情けなく声を漏らすことしかできていませんでした。


「どうしましょう……私、何もできてません」

「だったら、声援でも送ってあげればいいんじゃない?」


 隣に座る師匠は目を細めつつ、頭の上に腕を組んで、面白くなさそうに戦闘を眺めつづけています。私と違って、随分と落ち着いているようですが、その助言はかなり的確なものに思えました。


 でも、声援って、どうやってやればいいのでしょうか。


「が……頑張って!」


 ひとまず思い浮かんだ通りに声をかけてみますが、鈍く響く剣戟の音に、全てかき消されてしまったみたいです。


「全然、気付いてないわね」

「そんな……」

「何諦めてるの。もっと声を張って、手をかざして、気持ちを込めて!」

「は……はい!」


 言われた通り、私は口元に両手をかざします。

 拡声器のように手のひらを添えて、思い切り息を吸い込みます。

 それでも気持ちが曇ってしまって、胸の奥が詰まってしまいます。


「頑張って……ください!」


 そうして全力で声援を送ろうとして、息が詰まってしまいます。

 これじゃダメだと、この言葉だけでは足りないと、心の中で思ってしまって、どうすれば彼を元気づけられるか、考えこんでしまいます。


「これじゃ……ダメです」


 ただ、頑張れって言うだけじゃダメなんです。

 一体どうすれば、私は彼を手助けできるでしょうか。


「もっと、ふさわしい言葉があるはず」


 突然降りかかった理不尽な試練を、その身一つで乗り越えようとしてくれている彼に。

 理不尽な状況で、私の力になって見せると宣言してくれた彼に。


 どうすれば私は力を分けてあげられるでしょうか。

 どうすれば……どうすれば、あなたの勇気に報いられるでしょうか。


「あ……勇気」


 そうです。彼には誰にも負けない勇気があります。

 あの浜場で、武器もないのに私を助けてくれた彼。

 襲われた傍から、錆びた剣を手にとってくれた彼。

 私と共に、戦ってくれた彼。


 深く知らない人間のためでさえ、彼は勇気を振るってくれた。

 それは、いつか見た物語の主人公のように。


「それが、あなたにふさわしい言葉……!」


 あなたは、誰よりも勇敢な人。

 そう言い表すのが、妙にしっくりきてしまったから。


「それがたった今分かった、あなたにふさわしい名前!」


 気付けば私は叫んでいました。


「頑張ってください! ヨウハさん!」

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