36 戦闘準備

 私たちは東側の門から街を出て、壁の周りを南側へぐるりと迂回します。


 エイビルムの壁近くは森が開かれており、南側は何らかの訓練場になっているようです。普段は衛兵さんたちが使っているのでしょうか。なんにせよ、私たちの他に人影は見当たりそうにありません。


「この辺りでいいだろう」


 そう言って、マスターは大きな木箱を載せた背負子しょいこを下ろし、荷解きを始めました。中には何が入っているのかわかりませんが、木箱の長さは私の身長ほどあります。まさか、棺桶を持って来た訳でもないと思いますが……ないですよね?


「ねえ、本当にやるの? そんなゴツイのまで身につけて」

「当たり前だ。そのためにここに来たんだからな」


 そういえば、マスターは既にかなりの重装備です。頭には先のとがった鉄の兜アーメット、腿には腿当てキュイス、膝には膝当てポリン、脛には脛当てグリーブ、脚には鉄靴サバトン。それらは全て、当然のように重厚な板金で作られていました。


 物語の騎士が身につけているような板金鎧プレートアーマーを全身に装備して、いったい何をしようというのでしょうか。いくら素性がはっきりしないからといって、冒険者として相応しいか判断するのに、ここまでの装備が必要なのでしょうか。


 そしてさらになんということでしょうか。それらに加えて彼は今、木箱から追加の防具を取り出して、指先以外の手首を守る鉄籠手ガントレットと、胸部を守るプレートを身に着けようとしているところでした。着込んでいるのは膝ほどまであるギャンベゾンですが、歩いた時の音からして、下着として鎖かたびらも纏っていそうです。


「ボーっとするな。お前も装備を選ぶんだ」

「俺も?」

「不慮の事故で死にたいというのなら止めないが、そうでないなら頭くらいは守っておけ」


 とはいえ、流石にマスターも男の子に怪我をさせたくはないようで。自分と同等の防具は例の木箱に用意してくれているらしく、男の子の方も言われた通りに防具を選びはじめてくれました。


 男の子は木箱を眺めつつ、少し悩んでから、最終的にはバイザーの無い頭防具サーリットと、前後ろの鉄板が一体になった胸当てキュイラスを選んだようです。そのぼさっとした黒髪がメットの中に収まっていく様子はちょっとだけ奇妙ですが、マスターの言う通り、これが無ければ男の子が命の危険にさらされてしまいかねません。


 正直、まだまだ守れる部位はありそうですが、動きやすさも考えると、このくらいでちょうどいいのかもしれません。


「よし、次は武器を選ぶんだ」


 私は治療魔法を使えはしますが、大きなけがは専門外です。ただの試験であるとはいえ、大事なく終わってくれれば良いのですが。私は両手を組み合わせつつ、そんなことを願いました。


***


 武器を選べと言われても、正直に言ってどう選べば良いのかわからない。今から取り込むことになる手合わせの内容がわからないというのもあるが、俺自身がどんな武器を扱えるのか、今のところ良くわかっていないからだ。


「これは……木製か」


 見たところ、木箱の中に所狭しと詰められた武器の数々はほとんどが木製のようだった。留め具や支点に金属をあしらったものはあるが、そうした武器もほとんどは薄茶色の柔らかそうな木材で作られているらしい。


「金属製はどうしても事故が怖いからな。心配しなくても、防具の方で殴ったりはしないから、安心しろ」


 果たして優しいのか厳しいのか、先ほどからよく分からない発言ではあるが、言われてみれば、このマスターという人物が身につけている頭防具は中々に重厚である。それこそ、本気で頭突きを見舞われてしまったら、命の危険がありそうなほどに。


「俺も、軽いものを選んだほうがいいだろうか」

「いや、それに関しては気にしなくていい。これだけのアーマーを抜けるようなものは、この木箱の中には無いはずだ」

「そうなのか」

「お前はお前の心配をしろ。命まで取るつもりはないが、手加減はしてやれないからな」


 その言葉で、俺は気持ちを引き締める。そうだ、これは今の俺に課された、一種の試練のようなものなのだ。始まる前から余計なことを気にしていては、彼に俺の全力を見てもらえないかもしれない。ひとまずはこの人のケガを気にするより、自分のことを気にかけよう。

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