35 何も問題はない
相変わらず人の少ないギルドの中、彼にとっては身長の足りないカウンター越し。驚愕するように目を見開く少年と、残りの二人を見て俺は思わずため息を吐く。
特に呆れるのは金髪の女が心底意外そうに目を泳がせていることだ。その隣の銀髪は仕方ないにしても、そのお師匠様はギルドの仕組みについて知ってないとダメだろ。
「確かに身分の保証がない人間をギルドが受け入れる制度は存在するが」
「だったら……」
「それは本当に身寄りがない場合の話。つまりは他に誰も助けてくれる人間がいないと、ギルドマスターが判断した場合の話だ」
冒険者ギルドは半分慈善組織のようなものだが、もう半分はそうじゃない。いくら設立理念が善意に満ちた組織であっても、それを実際に運営し、維持していくためには金がかかる。
おそらく、この少年がいれば冬までの稼ぎも楽になると考えたのだろうが、その場合、目の前の金欠冒険者にとって致命的な制約が課されることになること、教えてやらないといけないだろう。
「二割だ。身元の保障が完了するか、ギルドが規定した金額に達するまでの間、その冒険者は約二割の依頼達成報酬をギルドに納める必要がある」
「それくらいなら……」
「やっぱりわかってないな。個人の取り分の二割じゃないんだ。依頼達成報酬の二割だぞ?」
この冒険者はいつも金欠に苦しんでいるくせに、金勘定に無頓着すぎる。こないだの杖の件と言い、それが金欠の原因なのだと断言してしまいたくなるほどに。もちろん、それだけで彼女が困難にさらされ続けているわけではないと、知っているつもりではあるが。
「複数人でパーティを組んで依頼を受けたとしても、全体の報酬から二割が引かれるんだ。その場合、多くは保障を受けている冒険者が差額を支払うか、パーティー内でうまく折り合いを付けることにはなるが……」
そういうわけにもいかないんだろう? 俺がそう問うような目線を向けてみれば、少女の銀髪がふわりと跳ねる。思い当たるところがあったらしいが、そんなところだろうと思っていた。
親切心溢れる彼女のことだ。どうせ、この少年の生活費も賄ってやるつもりでいたのだろう。一人で抱え込むつもりでいたのかもしれないが、はっきり言って、考えが甘すぎると言う他ない。
「あのな。現状一人で生きているだけで、ただでさえ金欠なお前に、人間一人分追加で衣食住全部の面倒を見るなんて不可能だぞ」
「それでも……」
「仲間になってくれるなら、それでいいとでも?」
「うう……」
確かに、戦える仲間が一人増えれば、受けられる依頼もぐっと増えはするだろう。この少年がどの程度戦えるのかは知らないが、お師匠どのの言葉を信じるのであれば、冒険者として最低限の能力は持っていそうに思える。
だが、そんなことは大前提であり、そうでなければ話にすらならない。今この状況で重要なのは、もっと根本的な、金の話だ。
「がむしゃらに依頼を受け続ければ、辛うじて衛生面と食事は賄えるとしよう。だが住まいはどうする? いくらエイビルムに宿が多いと言っても、食事代より圧倒的に値が張るぞ? 春なら野宿もできただろうが、これからの季節……」
そうして俺が言葉を続けていると、突然、少女の表情が緩んだのがわかった。思わず、言葉を中断する。
「あ、えっと、それが問題なのであれば、大丈夫です。私の家に、一緒に住むつもりなので」
「……なんだって?」
今、目の前の少女は何と言った?
家に、一緒に、住むつもりだと?
「聞き間違いか? もう一度言ってくれ」
「えっと……ですから、彼は私の家に住むので大丈夫です」
聞いた言葉が信じられずに、お師匠どのの方へ目を向けたら、ハハハと苦笑いを返されてしまった。
もう一度カヤに目を向ければ、相変わらず決意に満ちた表情をして、俺に訴えかけている。
最後に、問題の少年を見てみると、少年は突然ギョッとしたような表情になり、目を泳がせ始めている。
「お前、正気か?」
「あ、ああ……」
目の前のヤツがうめき声をそのまま漏らしたような声を漏らすのを見て、俺の頭はスッと澄むように冷静になった。
おそらく、カヤとコイツはそう年も離れていないだろう。だというのにコイツは厚かましくも、同年代の少女に養われようとしていたのか。
「なるほど、わかった」
この際、ギルドのことはどうでもいい。そう思って、俺がソイツの方を冷静に見据え続けていたら、ソイツはより一層光彩を震わせながら、その小さな口を結んでしまった。
その眉間やこめかみに浮かんでいるのは冷や汗か。何か後ろめたいことがあるらしい。なぜなら何か後ろめたいことがなければ、俺は極めて冷静でいるのに、見つめられただけでそんな表情をするはずがないからだ。
「元々、別にいいんだよ。紹介状の提出を後にしたって。別にいいんだ」
「そ、そうなのか」
「ああ。ギルドマスターの許可さえあれば、書類の提出は後回しにできる」
そして、このギルドのギルドマスターは俺だ。
コイツの処遇は、俺が決めてもいいはずだ。
「俺が、お前が、彼女の仲間にふさわしいか判断してやる」
「……わかった」
どうやら、物分かりはいいらしい。
だったら、俺もギルドの規則通りにやらせてもらおうか。
俺は知っている。何も問題はないのだと。
「表に出ろ。武器の準備をする」
ギルドマスターが責任を負う限り、何も問題はないはずだ。
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