34 次の目的地へ
その後、ある程度のやり取りを終え、アーフルさんたちと共に広間に戻ると、例の長いソファの上で、二人が話しているのが見えた。師匠さんの方は落ち着いている様子だが、カヤさんの方はそうでもないようだ。
「あぁー良いのが思いつきません! どうしましょー!」
「私が考えてもいいって言ってるのに」
「ダメです! せっかく託してもらったんですから、私がしっかり考えないと……!」
見てみれば、カヤさんは頭の帽子を横から押さえて、ソファの上でうねうねと身体をねじりながら苦しんでいるらしい。うめき声の種類は多岐にわたり、少なくともあいうえおと言った基本的な発音は全てうめき声になり得るということが良く分かった。
「どうする? 一回診察室に戻る?」
「それもいいかもしれないが」
「え? 師匠何か言いました……か?」
なんて、シャラさんと冗談を言いあっていたら、丁度海老反りになった彼女の瞳と目が合ってしまった。ソファのフチで頭を反対に向けたまま、パチリと瞬きして固まる彼女を、じっと見つめていたら、彼女の身体がだんだんと傾いていくのがわかった。
「いてっ!」
「大丈夫か!?」
そのまま景気よく転がって、ソファの隣に落ちる身体。カヤさんの頭がローテーブルのフチにぶつかって、右肩の方から床に落ちる。
「いてて……すいません」
「いや、無事ならいいんだが……」
なんというか、今日のカヤさんは少し不思議だ。別に何日もかかわっている訳でもないから、これが平常運転なのかもしれないが、端的に言ってお茶目というか……
「今日はいつにも増してお茶目さんね」
「ふ、ふふ」
師匠さんの言葉が妙にしっくりきてしまって、思わずにやけてしまった。バレないようにすぐに口元を押さえたつもりだったが、カヤさんにはバレてしまったらしい。彼女は無言で目を細めて、抗議の視線を俺に向けている。
「まあ、いいですけど……」
「ていうか冒険者ちゃん。結局名前は決まったの?」
「え! あー、えー、えーと」
先ほどのやり取りを見てしまった以上、ほとんど意味のない質問ではあるのだが、それでもあからさまに誤魔化そうと目を泳がせる「お茶目な」彼女を見ていると、心の中にこそばゆいような奇妙な感覚が芽生えてくる。その正体はわからないが、おそらく、悪いものではないはずだ。
「ごめんなさい……まだ思いつけてないです」
「まあ、ペットならともかく、人の名前だものね」
ともあれ、やっぱりそういうことであるらしい。これから使っていくことになる名前を真剣に考えてもらえているのは、俺としては嬉しいが、その他の人々とっては少し問題かもしれないな。仮の物であるとはいえ、名前が無ければ紹介状を書くのは難しいと先ほど誰かが言っていたところであるわけだし。
「まあ、紹介状は多分、後日提出でも大丈夫でしょ」
「そうなんですか?」
「いや、多分ね。マスターなら何とかしてくれるんじゃない?」
「「「あー」」」
そんなに適当で良いのだろうか、と思ってしまったが、特に周囲から否定の言葉が飛んでくるような様子はない。それどころか、残りの三人が口をそろえて唸っている辺り、そこにいるマスターという人は中々に寛大なのかもしれないな。
「じゃあそういうことで。また後で紹介状を書いてもらいに来るから」
「うむ、では名前の欄だけを空欄にして、こちらで用意しておくよ」
「また来てね。最悪でも、出涸らしのお茶なら出せるから」
「そういうときはお水でいいわよ」
そんなこんなで、少々の雑談を交わしながら、俺たちはグルーマー診療所を後にした。カヤさんや師匠さんの口ぶりからして、どうやら次の目的地も、すでに決まっているらしい。
◆◇◆◇◆
そうして、俺たちが次に訪れた場所でのことだった。
「いや、大した身分も紹介もなしに、いきなり登録できるわけないだろ……」
呆れ果てた様子でそう声を漏らしたのは、眉間に濃いしわの残った制服姿の男性だった。
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