第7話
「……すごい。すごいよキミ!」
突然、花音が飛びついてきた。
「うわっ」
「私、水沢花音。花の音で『かのん』だよ。ねえ、キミの名前は?」
「え、と、俺は広瀬旭。漢数字の九に、日曜日の日って書く『あさひ』」
「漢数字の九……」
旭から体を離した花音が、顔をしかめる。が、すぐに「ああ」と頷いた。
「じゃあ旭、ちょっとお願いがあるんだけど……」
……すごく、嫌な予感がする。
「ごめん。俺用事が――」
「これからも私と一緒に歌って!」
逃げ帰ろうとする旭の腕をしっかり捕まえた花音が、瞳を輝かせる。
「は、はあ!? んなの無理だって!」
「無理じゃないでしょ! だって歌凄かったから! あんな歌誰にでも歌えるものじゃない!」
花音が息もつかずにまくし立てる。
「それはこっちのセリフで……っ、そもそも、なんで俺なんだよ!?」
そう、そこなのだ。なぜ、花音は旭を誘ったのだろう。
「え……だって、最近ずっと聴きに来てくれてたでしょ? すっごくキラキラした顔で聴いてるから、歌好きなのかな……って」
旭は、思わず頭を抱えたくなった。
「……そんなに顔に出てたのか? 俺」
「? うん」
花音があっさりと頷く。
思わずため息が漏れた。
「毎回すっごく楽しそうにしてくれてたし、旭が歌ってた時もすごく、眩しかった。歌を純粋に楽しんでいるって感じがして。私、一人で歌うの寂しくて、相棒が欲しかったところなの。だから旭、私の相棒になって!」
ほぼ初対面なのに、呼び捨てで呼んでくる。
正直旭は、この手のタイプは苦手だった。それなのに、どうしてだろう。花音が詰め寄ってくることに、嫌悪感等は感じない。
だが、相棒は別だ。
「……そう言ってくれるのは嬉しいけど……ごめん。相棒は、できない」
未だに残っていた野次馬が驚きの声を上げる。
「ボウズほどの歌唱力があれば、嬢ちゃんの相棒はできるだろう!」
「にーちゃん、なんでやらないのっ?」
なんで、と訊かれると、上手く説明できないが。
「いや……こんなさ、毎日を何となく生きてる人間なんて、相棒になったとしてもそっちにも迷惑かかるし。相棒にするんなら、もっと歌が好きな人間を選びなよ」
「嫌だ!」
突然の花音の声に、うつむいていた旭は驚いて顔を上げた。
「絶対、旭じゃないと嫌だ! 旭が歌ってくれないなら、私、ここで歌うのやめる!」
突然の宣言に、野次馬がさらに声を上げる。
「ちょ、花音ちゃーん!」
「頼むよ旭君! さすがに困る!」
「ええー……」
気の抜けた声を上げた旭は、花音をじろりと睨んだ。
「……卑怯だぞ」
「ごめんねえ。私、これって決めたら譲らないの」
口だけの謝罪をした花音は、真っ直ぐに旭を見た。
「それで、どっち?」
旭は花音から目を逸らした。
正直めんどくさいし、目立ちたくない。だが、なぜか感じていた。
花音と組むのも、悪いことばかりじゃないんじゃないか――と。
どうせ部活には入らないし、やることも無い。なにか一つくらい、やることがあってもいいのではないか。そもそも、花音とデュエットをして、楽しさを感じていたのは事実だ。
ここで断ると、花音が歌を辞めてしまうし、野次馬もうるさいだろう。
というか。
(……この状況、俺が相棒になる以外の選択肢ねえな)
大きなため息をついた旭は、花音に目を向けた。
「……わかった。なるよ、相棒」
「!!」
花音の表情が、名前の通り、花のように明るくなる。
「ありがとう旭!」
野次馬からも、拍手が沸き起こった。
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