第6話

 日曜日。旭はいつも通り花音の歌を聴きに行っていた。


「今日はcosmoの『サザンクロス』を歌います!」


(またジャンルが違う)


 サザンクロスは、情熱的なラブソング。女性でも歌いにくい高音と、細かいリズムが特徴の曲だ。


「――――♪!」


 だが、花音は難なく歌いこなしている。歌声も、先週の柔らかいイメージから、激しいイメージに変わっている。


 花音の歌い方は、花音が歌に乗せた気持ちが真っ直ぐに聴き手に伝わる。旭が心を揺さぶられたのは、そのせいだろう。


 そして歌い終わった花音はお辞儀をした。拍手が巻き起こり、顔を上げた花音がはにかむ。


「実は、今日はもう一曲歌おうと思ってたんです」


 花音の発言に、野次馬がざわつく。


 花音は一歩踏み出した。


「ねえ、一緒に歌わない?」


 そう言って差し出した手の先には――旭がいた。


「い、いや、俺は……」


 突然のことに、思考回路が停止する。


 花音が? 一緒に歌おうと誘いをかけてきた? なんで?


 頭の中ははてなで埋め尽くされている。


「ほら、おいでよ!」


 花音は旭の手を掴み、強引に人混みの中心に引っ張り出した。


 その無邪気な笑顔に、旭の心臓が大きな鼓動を立てる。


「俺、歌えないから……」


「それでもいいよ! 一緒に歌おう!」


 そう言った花音が歌い出したのは、cosmoの新曲『流星群』だった。


 観客の好奇の視線が、旭に突き刺さる。


「っ……」


 旭は思わず一歩下がった。そして唇を噛み締める。


 正直、今にでも逃げ出したい。こんな人前で歌うなんてしたこともないし、そもそも、最近はろくに歌っていない。恥をかくかもしれない。突然引っ張り出してきた、花音にも少し怒りが沸く。


 ――だが。


(……やってやろうじゃん)


 旭の瞳に、闘志が燃える。


 観客の視線は逆に、旭の闘争心を掻き立てた。


 どうしてかはわからない。だが、逃げたいのに、逃げたくなかった。決して負けず嫌いではないのに。


 心臓が、激しく波打つ。体温が上がっていくのを感じる。


 花音の歌は、最初のサビに差し掛かっている。


 旭は大きく息を吸い込み、歌い出した。花音の音程より一オクターブ低い声で。


 観客がざわつくのが、花音が自分を見るのが、視界に映る。だが、旭はそんなこと気にならなかった。


(楽しい……!)


 心臓が、はち切れそうなほどの勢いで鼓動する。それが心地よかった。何よりも、抑えきれないほどの高揚感が旭を支配する。


 歌をよく聴くとはいえ、歌うのが得意なわけではなかった。小学校や中学校でやった合唱も、やる気のないグループの一員だった。それなのに、どうしてだろう。


 歌うのが、こんなに楽しいだなんて。


 花音と旭の歌声がハモリ、広場に美しい和音が響き渡る。


 最後のロングトーンを伸ばしきった瞬間、割れんばかりの拍手が巻き起こった。


「すごいなボウズ!」


「本当に凄かったわ!」


「にーちゃん、すっごく歌うまいんだね!」


 次々と掛けられる声が聞こえないくらい、心臓の音がうるさい。高揚感と達成感で、ふわふわ浮いてしまいそうだった。

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