第5話

 日曜日。旭はまた本屋にいた。ポケットからスマホを取りだしてロック画面を表示させると、二時五十分。


(そろそろのはずだけど……)

 

 週刊誌を立ち読みしながら広場の様子を伺っていると、ポニーテールを揺らしながら花音が歩いてきた。白いパーカーに黒のロングスカートと、ラフな格好だ。


「こんにちは花音ちゃん。今日も歌うのかい?」


 広場のそばにある花屋の中年女性が店から顔を出す。


「はい。皆楽しそうに聴いてくれるので嬉しいんです!」


 花音は屈託のない笑顔で言った。この人当たりの良さも、花音が人気者になった理由の一つなのだろう。


 トートバッグから取り出したペットボトルの水を飲んだり、軽くストレッチをしたりしている間に次々と人が集まってくる。


 週刊誌を置いた旭は人だかりの前の方に入った。


「じゃあ今日は、cosmoコスモの「星の砂」を歌います!」


 そう言った花音が歌い出したのは、しっとりとした応援ソング。


 落ち着いた歌声の中にしっかりとした芯もあり、強い意志を感じる。それでいて心をほぐしてくれるような、そんな感覚。そしてまた、歌声が違う。


(……やっぱすげえな、こいつ)


 旭はcosmoの歌う原曲はよく聴いていた。だが、花音が歌ったことでまた違う意味を持つ歌になったような気がする。


(原曲は寄り添ってくれている感じだったけど、なんだろう、背中を押される感じがする)


 歌う人が違うだけで、こんなに違く聞こえるものなのか。


(歌声の引き出しが多いんだな、多分)


 ここまで歌声が違う歌手はそうそういない。きっと、歌に合わせて歌い方を変えているのだろう。


 そう考えているうちに歌が終わり、拍手が巻き起こる。


「ありがとうございました!」


 頭を下げた花音の目が、ふと、旭に留まる。そして嬉しそうに笑った。


「っ……」


 なぜか、その笑顔が強烈に旭の脳に焼き付く。


 花音が帰っていき、集まっていた人達も次々に帰っていく中、旭は呆然とその場に立っていた。



 どうしてだろう。花音のあの笑顔が、脳裏から離れない。どうしてあんなに気になるのだろう。


 いくら考えても答えは出ないのだが、どうしても考えてしまう。


「ひ……おい……おい広瀬!!」


 大声で呼ばれ、驚いて前を向く。黒板に数式を書き付けていた教師が、旭を睨みつけていた。クラスメートのほとんども旭に注目している。


「授業は聞け!」


「すみません……」


 肩をすくめた旭はため息をつき、真っ白なノートに視線を落とした。



「お前がボーッとしてるなんて、珍しいな」


 昼休みになり、弁当と水筒を持った祐太郎がやってきた。


「……まあな」


「花音って奴のことか?」


 空いている席の椅子を引っ張ってきた祐太郎が、弁当を広げる。


「いつまで気になってんだよ」


「いや、気になってるっつーかなんつーか……」


「はあ?」


 祐太郎は呆れたような声を上げた。


「昨日また聴きに行ったのか?」


「……まあな」


「で、どうだったんだよ?」


 旭は、花音の笑顔が頭から離れないことを話した。


「ふーん?」


 祐太郎は何故かニヤニヤしている。


「なんだよ」


「お前、その感情がなんつーか知らないだろ」


「あ?」


「漫画だけじゃなくて、小説も読んだ方がいいぞ」


「ああ?」


 旭はわけがわからず、思い切り顔をしかめた。しかし、祐太郎は涼しい顔で弁当の唐揚げを頬張っている。


「いやー、でもそうか、旭もそういう年頃か〜」


「言ってる意味がマジでわからないんだけど」


「そうかそうか〜」


「おいコラ」


 旭は机の下で、祐太郎のむこうずねを蹴飛ばした。

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