ハイウェイ地獄変〈2〉

 マクセンティウスの頭は透明な弾丸のようだった。半球状の部分は透明なガラスで覆われており、内側の機械が透けていた。

「あんたもぶっ壊されたいの」

「いい心意気だ!」

 懐から取り出したのは車輪の描かれたチップだった。

《運命の輪のカンフーチップ!》

 ガコン、プシュー……

 内部の機械が稼働する。金属の顎が嚥下するように動くと、圧縮された空気が吐き出された。

「いくぜ」

 姫華は頭を後ろに引いた。マクセンティウスの穿掌が空を裂く。

 姫華がマクセンティウスを見ると、目を見開いた。

 マクセンティウスはサーフィンをしているようだった。

 バイク上でしゃがんでいた。両手をハンドルから離してこちらを向いている。

「死ぬなよ」

 吹きつける風をものともしていない。シートに片手をつき、下段蹴りを放った。

「ぐ……」

 姫華はバイクを離すしかなかった。当たってしまえばたちまちバイクの姿勢が崩れて道路の挽肉となってしまう。

「バイクが自立してやがる」

《運命の輪が意味するのは、定められた運命。……おそらく奴のバイクはチップの力で倒れないようになっている》

 マクセンティウスのバイクは速度を上げ、姫華の前にくっついた。

「女。この道はお前の死で舗装されている!」

 マクセンティウスのガトリングじみた高速前蹴りが繰り出される。

 耳元を鉄塊が通過する。一度でも当たれば頭蓋骨が砕けてしまう。恐怖に身を固くしてしまえば終わりだ。前蹴りを姫華は片手で捌き続ける。その間も、マクセンティウスから目を離さなかった。

「チィッ! これヤバいよ。どうすんの!」

《今考えてる》

 マクセンティウスの蹴りがヘッドライトを破壊した。数メートル先まで照らしていた光が消える。橙色のナトリウムランプだけが行き先を示すのみだった。

「高速なんだぞ。わきまえろよ……!」

「鳥が飛んで何が悪いのか。こんなに気持ちよく自分の力を使えるのは久しぶりなんだぜ」

 姫華とマクセンティウスは、二車線を縦横無尽に走る。姫華がスピードを上げれば、マクセンティウスは背後から蹴り技を放つ。

 姫華は防戦一方だった。

「このままやられるタマじゃないのは知っている。そら!」

 乱打を捌いていると、攻撃が止んだ。

《前っ!》

 突然、前方にトラックのテールランプが迫る。背筋が冷たくなった。思いっきりハンドルを傾ける。トラックの荷台が右膝に擦れそうになる。

「あいつの思うままだ……!」

 ETC車誘導の道路標識が過ぎて行く。

《もうすぐ、八王子料金所》

「だから!?」

《出し抜くならそこしかない》

「できるの」

《……多分》

「言い切ってよ」

 マクセンティウスはその間も縦横無尽に道路を走っていた。バイクというより、熟練のサーファーじみた動きだ。二車線を滑るように移動していた。

《動きに惑わされないで》

 八王子、昭島への出口を通り過ぎた。

《料金所に近づけば周りにも車が多い。奴の動きは確実に鈍る》

「多分、奴も同じことを思ってる」

 姉が薄く笑った。先生ができの良い生徒に向ける笑みを思い出した。

《だから、止めを刺しにくる》

 第二出口を通り過ぎた。

 標識には「本線料金所600m」とあった。周りの車の速度が遅くなってきていた。

 前方にいるマクセンティウスは、依然速度を落とさない。

 姫華も同様だった。

「俺たちは似ているのかもしれないな」

「どうだか」

 姫華はさらに速度を上げる。マクセンティウスとの距離が縮まる。容赦ない蹴りが姫華の頭上を通過した。

「死ぬ気だな」

 ETCの紫色の光が近づいてくる。テールランプの群れに突き進んだ。車をかき分けて行く。

 ETCバーが目の前に迫ってきた。

「あんたは生身なんだぜ。死ぬのが怖くないのか」

 マクセンティウスがスピードを緩めた。並走しようとしているのだ。

「怖がるのは飽きたんだよ」

 機械頭を横に振った。呆れているようだ。

「ならばお前の死に時だ」

 バイクの鼻先が並んだ。ETCバーを通過する瞬間だった。マクセンティウスが姫華に振り向いた。必殺の穿掌を姫華に放つ。

「ぬっ!」

 突如としてマクセンティウスの視界に黒い影が躍り出た。反撃に出たか。咄嗟にはたき落とすが、違和感があった。拳にしては軽すぎる手応えだった。はたき落とした物を見て、マクセンティウスは呻いた。

「しまった……!」

 姫華はバイク用ETCを投げつけていたのだ。

 マクセンティウスが取り返すには大きすぎる隙だった。

「狙いはこっちだよ!」

 姫華の蹴りが、マクセンティウスのバイクの後側面を打った。姿勢が崩れ、大きく道から外れた。

 姫華がETCを突き抜ける瞬間、マクセンティウスが一時停車する車にぶつかった。

 背後で派手な衝突音がした。遅れて爆発音が空気をビリビリと震わせる。一拍置いて背中が熱くなった。バックミラーには夜闇の中、赤い炎が燃えていた。

「姉はノーベル賞が取れるよ」

 ETCを投げつけるのは姉のアイデアだった。マクセンティウスは自分のバイク操作に圧倒的な自信を持っていた。だから、姫華の一撃が強く効いた。

 背後から強い殺気が迫ってくる。

 姫華は本能的に頭を下げていた。

ぐぅおおおん……

 黒い塊が姫華の頭上を飛んだ。姫華は息を呑んだ。機械頭の姿はない。

 目の前に現れたのは無人のバイクだった。

《……嘘でしょ》

「何」

《ミラーを見て》

 姫華は唖然とした。夜と炎しか映っていなかったバックミラーには、幾つものヘッドライトが、ぎらついている。

「何あれ……」

 ミラーを凝視する。ヘッドライトを受ける人影があった。逆光だ。姫華は目を凝らす。

 間をおかずに人影が近づいてくる。手本のようなランニングフォームでこちらに追いつこうとしていた。

「マクセンティウス!?」

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