第3話

「今回の件ですが、先生の見解はどうなんでしょう?」

Jeepの助手席に座る大学院生のはたけ伊織いおりが、森本もりもとに話しかける。

長い髪を後ろでい、愛玩動物あいがんどうぶつを彷彿とさせる大きな瞳は、ドール人形のように澄んでいる。

大学内でも畑伊織の人気は相当高く、それはまるでブラックホールのように、男子学生たちを強烈な重力で引き寄せていた。

そんな畑伊織が森本の調査に同行する事になったのは、突然だった。

防衛大学校に勤める畑伊織の父親、はたけ幸一郎こういちろうと森本が知り合いであり、寂地山じゃくちさんに調査に赴く旨を、居酒屋で飲みながら話しをしていると、娘を同行させてくれないかと申し出があったからだ。

地震研究に興味があり、経験になればと。

そのため森本は、親友の頼みを聞き入れ、畑伊織の同行を承諾した。

「山鳴りがあったとされた日時に、寂地山周辺で震度1程度の地震が発生していたが、それが山鳴りを引き起こしたとは考えにくい。それ以外に大規模な地震の兆候も見られないし、付近の地盤も安定している。もちろん火山活動でもない。正直山鳴りの原因は分からない。地質学者や、火山の専門家にも話を聞いたのだが」

森本はJeepを運転しながら、肩をすぼめる仕草を見せる。

「そうなんですね。先生でも分からない事があるなんて驚きです」

「人間、知っている事よりも、知らない事のほうが多いからね。確かに私は地震の専門家だが、それ以外は無知と言ってもいい。ゴッホとピカソの作品を並べても、どっちがどっちだか未だに理解出来ていないしね」

森本が冗談を言いながら笑うと、畑伊織も口元に手をあてながら控えめに笑う。

車内には山のざわめきとは反対に、穏やかな空気が流れている。

「そろそろ到着するはずだ。君にとって初の現地調査の始まりだな」

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