第25話 コンビニ

「2人ともお風呂はいるの早くない?」

「そうか?」

「そうよ。これまでご飯食べるまに入ることなんてあった?」

「あった気がするぞ?」

「ないわよ」


 4席が埋まるダイニングテーブルで夕食を嗜む俺たち。


 結局あの後もキスしかしなかった俺たちだが、彼氏匠海彼女瑞月と致していたことに何ら変わりはないため、早めに風呂を済ませた。


「ねぇ?美結ちゃん」

「私もあると思います」

「美結ちゃんが敵になった……?もしかして祐希。賄賂渡したでしょ」

「渡してねーよ」

「じゃあなんで美結ちゃんが敵に……?お父さんのあなたなら分かる?」

「生憎分からんのだ……。それよりもこの唐揚げすごい美味しい」

「あっ!でしょでしょ!?昨日から下味つけてたのよ〜」

「だからか。毎日食べたいぐらい美味しい」

「それじゃあ毎日作っちゃうよ〜?」


 俺たちと話していたと思えば、突然目の前でイチャつき始める夫婦たち。


 なんともまぁ微笑ましいと言ったらありゃしないが、親のイチャつきを面白いとは思わないぞ……?


「平和でいいね」

「……美結に感情はないのか……?」

「無にしてるの。なにも感じない。なにもわからない」

「変なやつしかいねーな……」

「私は例外にしてもらっても?」

「はいはい」


 修行をしてると言わんばかりに綺麗に正された姿勢から放たれる不服気な言葉。


 目の前のイチャつきとは打って変わっての空気なのだが、机の下では目の前の夫婦よりもイチャついてると思う。


 というのも、机の下では靴下もスリッパも履いていない裸足が突きあっているのだ。

 これ見よがしに。けれど、を盾にするように。


「2人とも?なんで下向いてるの?」

「根暗陰キャだからな。下ぐらい向くよ」

「え待って?それ私も含まれてない?」

「当たり前だろ」

「…………サイテー」


 目を細める美結が睨みを浮かべるのだが、それに反して机の下では指と指の間に親指をねじ込もうとして来ている。


「褒め言葉だな」


 嫌味気に言葉を返す俺だが、その足を拒絶するわけもなく、指を広げて美結の親指を捕まえた。


「……もしかして我が子たち、結構険悪な関係……?」

「だったら早急に直してほしいんだけど……できそうか?2人とも」

「じゃあアイス一本で手を打ってあげる」

「なんで俺が打たれる側なんだよ」


 サクッサクッと唐揚げを頬張る中、表では険悪なムードは加速していく。

 それに伴うように、机の下では片足では飽き足らずに足を組んだ俺たちは両足をくっつける。


「わかった。私が2人分のアイス代あげるから、2人で、仲良く、買ってきなさい」


 わざわざ『2人で』と『仲良く』を強調した母さんだが、その言葉は願ったり叶ったり。


「ちなみに何円?」

「300円」

「「…………」」


 俺と美結は目を合わせた。

 そしてその目を睨みに変え、


「アイス一本大体180円だから、喧嘩が起こりそうね」

「だな。ふらつかないように気をつけろよ」

「あんたたちねぇ……」


 そんな俺たちを見かねたのだろう。

 目の前でデカデカとため息を吐く母さんは唐揚げを摘みながら紡いだ。


「バビゴがあるでしょうが……。あれ買って2人で分け合いなさい……」

「「…………」」


 スッと俺たちは視線を逸らした。

 そしてどちらからともなくご飯を口の中に頬張り、


「「……はい」」


 賃金引き上げ作戦が失敗に終わった俺と美結は渋々返事を返した。


 もちろん足の裏と足の裏を合わせ、指と指を絡ませながら。





「「いってきます」」


 ご飯も終わり、パジャマからパーカーに着替えた俺と美結は口を添えて玄関を後にした。


 そして道路に足を踏み出し――刹那に手の指を絡ませ、どちらからともなくお互いの顔を見やり、笑みを零す。


「バレちゃダメなんだからね?」

「分かってる」


 誰にもその手が見られないように肩をくっつける。

 あくまでも『隠すため』を言い訳に。


「もう6月も終わりだね」

「だな。早いな」


 誰かに盗み聞きされても良いように、他愛もない会話を繰り広げる。


「そういえば6月にしてはあんまり雨降らなかったね?」

「あー確かに。まぁ降らないに越したことはないんだが、降らなさ過ぎたら帰って日照りになるからな」

「日照りとかなっつ!小学生の時に習ったの覚えてる〜」

「特にこの県じゃよく言われるよな。何度日照りの苦しさを綴られたことか……」

「んね。その度に祐希寝てたもんね」

「……なんで見てんの?」

「だってあの頃から祐希の事好きだったし」

「え?」


 突然並べられるのは他愛もない会話……とは言い難い言葉。


 思わず呆けた声が漏れてしまうのだが、まるで聞こえてないと言わんばかりに美結は首を傾げた


「知らなかったの?結構広められてたんだけど」

「ぜんっぜん知らん。というか俺たちが付き合ったの中2からだよな?…………とてつもない片思いしてんな……」

「どっかの誰かさんの察しが悪いせいです〜」

「それはまぁ……ごめん」


『痛い』ほどまでは行かないが、怒りを表すように手に力が込められる。


「け、けどこうして今は『好き』って言い合えてるじゃん。やっぱり結果論じゃ――痛い痛い痛い」

「結果よりも過程を大切にしたいんですけど?」

「そうだよなごめん俺が悪かったやっぱ過程だよな」

「分かってくれるならよし」


 やっとの思いで緩められる握力。

 けれど決して俺の手を離すことはない。


「でもまぁ、そうね。こうして手を繋げてるんだし、良かったのかもしれないね」

「だろ?やっぱ結果――なんでもないです」


 またもや込められた力だが、言い直せばすぐにその力はどこかに飛んでいく。


「ここまで来たらもうわざとでしょ」

「うん。結構遊んでる節はある」

「…………これ以上疲れさせないで」

「すまんすまん」


 笑みを浮かべる俺に、苦笑を浮かべる美結はコンビニの光を視界に入れる。


 続くように俺もその光に目を向け――慌ててその手を離した。


「……ん?なんで2人がコンビニに……?」


 突然自動ドアから姿を表したのはエナジードリンクを片手に持った匠海。


 横に並んで入るものの、人半分の距離を離した美結は繋いでいた手を背中に隠して紡ぐ。


「アイス買いに来たの。お義母さんに険悪なムードを治してこいって言われてさ」

「……まだ祐希に怒ってんのか?」

「いや?アイス買えるようになったからどっちでもない」

「……現金な彼女だな……」

「ありがと〜」

「褒めてねーっての」


 隣に居る俺なんてそっちのけで2人だけの世界に張り込む美結と匠海。


 けれど別になんとも思わない。

 劣等感のひとつもなければ、どことなく勝ち誇っている自分がいる。


『もう匠海じゃなくて祐希のことしか見てないの』


 そんな言葉を聞かされたら嫌でも劣等感なんて感じないし、無意識に優越感に浸れる。


「てか明日って朝集合だよな。なんでエナドリ持ってんだ?」

「気分」

「気分ってな……。寝れなくなったらどうすんだよ」

「そん時は徹夜で行くよ」

「…………途中で体力の限界迎えるんじゃね?」

「大丈夫だろ。多分」

「多分……ね」


 思わず苦笑を浮かべてしまう俺からスイッと視線を逸らした匠海は美結を見つめ――


「気のせいだったらごめんなんだけど、さっき2人のか?」


 息を呑んだのは俺だけじゃない。

 背中の後ろにあった美結の手は力強く握られ、最大限の笑みを作り出して言葉を吐き出す。


「多分気のせいだね。遠近法でそう見えたんじゃない?」

「確かにどっちかが前にいてそう見えたのかもな……」

「ちなみにさっき前にいたのは美結な。……靴紐結んでたら置いてかれた……」


 美結のアドリブに付け加える俺は絵に描いたような苦笑を浮かべ、明日の方向へと瞳を向ける。


 そんな俺を見て信用度が上がったのだろう。

 顰めていた眉は元通りになり、「なるほどな」とひとつ頷いた匠海は小さく頭を下げる。


「すまん。気のせいだったわ」

「全然大丈夫。靴紐解けた祐希が悪いわけだし」

「……許したんじゃなかったのか……?」

「許したよ?けど待つのとそれとは別」

「まぁ……うん。デリカシーがない祐希が悪いよ」

「おいここに俺の味方いないのかよ」


 彼氏としては彼女側に付かざるを得なかったのだと思う。

 先程の俺同様に苦笑を浮かべた匠海は、この空気から逃げるようにプシュッとエナドリの蓋を開けた。


「あんまり飲み過ぎないでね?」


 俺の言葉なんて二の次なのだろう。

 変わらず匠海に目を向ける美結は心配に満ちた言葉をかける。


「うん。美結と付き合ってからは1週間に1回に収めてる」

「……酒かよ」

「エナジードリンクはお酒みたいなものよ。カフェイン中毒ってのもあるんだし」

「それはまぁ……そうか。でも抑えてるんなら大丈夫なんだろ?匠海」

「大丈夫だね。そういった症状はないよ」

「ならよかった。もしやめれなかったら美結のビンタを喰らわせてやる」

「…………大丈夫。是が非でもやめるから」

「そか。ならよかった」

「……なんか怯えられてる……?」


 眉間にシワを寄せる美結は俺と匠海を交互に見やる。


 そんな中、もう一口エナドリを流し込んだ匠海は右足を上げた。


「んじゃ俺はそろそろ帰るわ。祐希は美結が居るから大丈夫だろ?」

「え待って?逆じゃない?」

「まじで安心感半端ない。不審者現れてもビンタで蹴散らすってさ」

「なら安心だな」

「…………祐希。後で覚えておいてね」

「なんで俺だけ――」

「んじゃまた」

「おい逃げるな!」


 美結の細めた目に威圧されたのか、はたまた背中にあった拳を力強く握ったからかは知らん。


 だが、確実にこの場から逃げる匠海はあっという間に家を囲むブロック塀へと姿を消した。


 もちろんそんな匠海を追いかける――わけもない俺と美結は、無言のまま離れた距離を縮ませた。


「――あ、あれ?祐希?手は?」


 先ほどとは違い、俺が手を出さないことを疑問に思ったのだろう。


 右往左往と俺の手を探す美結の手とともに傾げられる首はこちらを見つめる。


「……覚えろって言われたからな……」

「あれも演技じゃん……!」

「ほんとか……?」

「ほんとだって!ここで嘘はつかないよ!」

「……ほーん?」

「信じてって!」

「信じてる信じてる。ほら」


 そんな言葉とともに手のひらを天に向けてやれば、リスのように頬を膨らませた美結はプイッと顔を逸らせ――俺の手を掴んだ。


「顔の動きと手の動きが一致してないぞ?」

「うっさい!早く買って帰ろ!」

「はいはい」


 不貞腐れる美結に反し、微笑を浮かべた俺は指を絡ませながら自動ドアを潜った。

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