第26話 隣の部屋だろ
「おやすみ」
「はーいおやすみ〜」
リビングに居る母さんに声をかけた俺は階段を登り、今日はちゃんと自分の部屋に入る。
色々あったコンビニだったが、帰り道は案外呆気なく、まっすぐと家に帰った。
正直不審者に美結のビンタをお見舞いしてほしかったのだが……そんな人に合うわけもなく、アイスを頬張る美結だけを視界に入れて家に到着した。
「さ、てと……」
久々になる1人は案外寂しいものだ。
早々に歯を磨き終えた美結はそそくさと部屋に入り、それ以来出てきていない。
「疲れたって言ってたし、仕方ないか……」
ため息混じりに言葉を吐き捨てる俺は、ボフッと枕に後頭部を埋める。
「それに、あんだけキスしたら満足するよな」
思い出すのはほんの数時間前。
アイスを食べてもなお残るあの感触は一生忘れることはないだろう。
だって、やっと奪い返せたんだ。
匠海に奪われていた『キスの権限』を。
それだけで俺は満足できたし、今日はもうなにも求めない。
しなくたって気持ちよく寝れる。
そう思いながらベッドに全体重を預け、ブランケットを掴んだ――
刹那、ベッド一面に広がるのはバイブ音。
重かった瞳を持ち上げた俺は、バイブ音が鳴るスマホへと目を向ける。
「…………隣の部屋だろ」
そして画面をスライドした。
『もしもし』
「はいもしもし」
久しぶりの電話だからだろう。
ぎこちない声で喋るのは、つい先程まで手を繋いでいた美結。
『ず、随分眠たそうだね……』
「流石に俺も疲れたからな。それでどした?なんか用か?」
『別に用はないけど……』
「けど?」
『……用がなかったら電話しちゃダメなの?』
「あーそゆこと?声が聞きたくなったってやつ?」
『…………バカ』
スマホ越しに聞こえる分かりやすく不貞腐れた声。
けれど、それを可愛く思ってしまう俺はどうしようもなくこいつのことが好きなのだろう。
「別にいいんだぞ?こういうのも新鮮だし」
『こうやって電話するのも久しぶりだしね』
「最後にやったのって中3の……10月ぐらいか?」
『かな。私ずっと待ってたのにな〜?』
「俺も待ってたんだけど……まぁ、うん。ごめん」
『全然いいよ』
「……やっぱ結果論じゃねーか……」
そんな俺のツッコミに、ふふっと含み笑いを零した美結は先ほどとは打って変わり、優しい声で『そうだね』と紡いだ。
「肯定するんだ……」
『結局そうだからね』
「それもそうなんだけどさ」
どことなく反論してほしかった俺なんて他所に、小さく息を吸った美結は『あのさ』と言葉を切る。
『そっちの部屋行ってもいい?』
「別にいいけど……電話の意味は?」
『ない。というかこれが本命』
「……欲求不満かよ……」
『うっさい』
そしてブチッと通話が切れた。
怒ってる様子は微塵も感じられなかったが、こうも突然切られると怒られたように感じてしまう。
隣の部屋の扉が空いたのは通話が切られてすぐ。
まるで肯定されると思っていましたよと言わんばかりにそそくさと廊下を歩く美結は、俺の部屋の扉を開けた。
「早いな……」
「そりゃ隣の部屋だからね」
「それにしてもだろ……」
思わず苦笑を浮かべてしまう俺なんて他所に、扉を閉めた美結はズシズシとベッドへと近づき、腰を下ろした。
「布団まで被って寝る気満々じゃん」
「さっきも言ったけど疲れたんだよ」
「私も疲れた」
「……じゃあなんで来た……」
「好きな人と一緒に寝に来たの〜」
甘えるように体を倒した美結は俺の首に手を回し、猫のようにその首に頬を擦り付けてくる。
本当に美結の蛇口は完全に捻られたのだろう。
止まることを知らない水は無限に出てくる。
そしてどうやら、その水を全て受け止めてしまうほどの容器が俺の中には備わっているらしい。
ブランケットを握った俺は美結にそれをかけてやり、ひとつしかない枕も人一人分開けた。
「祐希の匂いだぁ……」
「それいつぞやも言ってたな?」
「祐希の匂いが好きなの。分かる?」
「……分からん」
「これだから祐希は」
「一応自分の匂いだからな……?」
ボフッと枕に顔を埋める美結だが、俺の首から離れる気はないらしい。
「祐希は私の匂い好き?」
「まぁ……うん。好きだな」
「……なんで歯切れ悪いの」
「恥ずいだろ普通に……!というか美結、ちょっと寝ぼけてるだろ……!!」
「寝ぼけてないですー」
「嘘つけ!」
明らかに蕩けた声は枕に埋まったまま。
だが多分、俺が話すのを辞めた途端寝静まってしまうと思う。
というか絶対に寝る。それほどまでに眠たそうな声をしてやがる。
「寝るなら寝るぞ?明日も早いんだし」
「いうて9時でしょ……?大丈夫……」
「まぁそうだけども。それでも疲れた体を癒すのは睡眠だからな」
「じゃあ祐希と一緒にいるのもプラスされた倍癒されるねぇ……」
「だな。んじゃおやすみ」
「……まだ寝たくない……」
「なんでだよ……」
グイッと顔を引っ込めた美結は俺の胸におでこを押し当てる。
まだなにかしてほしいことがあるのか?なんて疑問を持つのだが、中学の経験からだろう。
すぐに美結が答えを口にしてくれた。
「今日をもっと長くしたい……。昨日に続いてやっと祐希との色んな壁が打ち砕けたから……」
「あー……なるほどな?」
俺だってその気持ちがないと言えば嘘になる。
……が、だからといって1日の時間が増えるわけじゃない。
「祐希も終わらせたくないでしょ……?」
「まぁそうなんだけど、わがままを言ってても仕方ないからな」
「……けち」
「俺に言われても仕方ねーよ」
ギュッと首に回る腕の力が強くなる。
それだけで相当この1日を終わらせたくないということが分かる。
だから俺は美結の背中に腕を回し、「よいしょ」という掛け声とともに美結の顔の位置を枕へと戻した。
「……なに」
「ん?これからもずっと一緒だぞ〜ってことが言いたくて」
「……ほんと?」
「ほんとほんと」
「…………じゃあここで『誓いのキス』……できる?」
数日前の俺ならこの言葉で体を固めていただろう。
けれど、今の俺には体を固める要素なんてない。
「うん。できる」
「……じゃあやって」
「ん」という言葉とともに、寝ているのか起きているのかもわからない閉じた目を上げてくる美結。
そんな唇に、俺は唇を重ねた。
結婚式で花嫁にキスするように。
「……一生忘れないからね……」
「おう」
赤くなった頬が再度俺の胸に落ちる。
そして俺は電気を消した。
「――あっ」
刹那、胸の中にいた美結は暗闇の中顔を上げる。
「ん?」
傾げた首を下に向け――
――俺と美結がキスして、初めてリップ音が響いた。
「これは『おやすみのチュー』ね」
「……不意打ちはずるいだろ」
「お互い様。おやすみ」
先ほどよりも遥かに呂律が回っている美結は再度胸に頭を落とす。
「……おやすみ」
顔が熱くなる俺も言葉を返し、美結に身を委ねる。
罪悪感なんて微塵も感じず、ただお互いの『好きでいる気持ち』を確かめるように、目を閉じた。
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