第11話 『だった』
――コンコンッ
突然部屋に鳴り響くのはノック音。
ここはトイレじゃないぞというツッコミすらもでないほどに言葉を詰まらせた俺と美結は慌てて顔を離し――けれど腕は決して離すことをしない俺たちは器用に足を使って体にブランケットを被せた。
「美結ちゃーん!起きてる〜?」
「は、はい!起きてます」
先ほどとは打って変わり、美結の元気な声が部屋に響く。
そんな中、そそくさと美結のお腹まで体を沈める俺は美結の下半身に足を巻き付けて体を小さくした。
「ってあれ?もう寝るの?」
なんて言葉とともに開かれる扉は母さんの姿を顕にする。
「い、いえ!スマホ触ってただけです!」
「現代っ子ね〜」
ブランケットから顔だけを出した美結は両腕を俺から離すことはなく、適当なアドリブで言葉を返している。
怪しいと言ったらありゃしないのだが、母さんは少し抜けた節があるからこの状況になにも思わないのだろう。
「そんなことよりもアイス買ってきたけど食べるー?」
「も、もう歯磨いたので明日食べます!」
「あらそう?それじゃあ冷凍庫入れとくわね?」
「はい!ありがとうございます!」
「は〜い」
要件は終わったのだろう。
声からも分かる通りにこちらに背を向けてくる母さんは――
「あっ、そういえば祐希が見当たらないんだけどどこ行ったか知ってる?」
「と、トイレじゃないですか?お腹痛いって言ってましたし」
「そうなんだ。じゃあ祐希の分も冷蔵庫入れとくから伝えといてくれる?」
「分かりました!」
「ありがとね〜」
そして扉は閉まった。
「あっ、ぶなかったぁ……」
今の今まで息を止めていた俺はおもむろに口から息を吐き、
「――ヒャッ!」
そんな悲鳴が頭上から聞こえてきた。
さすれば暗かった視界が突然明るくなり、声の主に顔を上げてみればそこには赤面の美結の姿があった。
「お腹に!息を!吹きかけないで!!」
「え?」
「すっとぼけないで!服捲れてずっと恥ずかしかったんだよ!?」
「あーそういえば捲れてた――」
「美結ちゃん?大丈夫?」
「大丈夫です!」
突然扉の外から聞こえてくる母さんの声に2人して肩を跳ねさせた俺たちはそっと息を潜め、美結だけの声を部屋に轟かせた。
「ならよかったけど……もしゴキブリとか出たら言ってね?祐希に退治させるから」
「は、はい!」
美結の元気な声に安心してか、母さんの足音は扉の前から離れていった。
そうして訪れる静寂の中、美結の視線と俺の視線が交差する。
「祐希って虫触れるっけ……?」
「……触れん」
「なんで祐希に……?」
「こっちが聞きてーよ……」
数段小さくなった言葉たちは静寂の部屋にはよく響く。
けれど、階段を降りる母さんの足音がこちらに戻ってくることは決してない。
「…………服、直して」
頭上に降り注ぐのは恥じらいを隠すような、堪えるような声。
「俺が捲ったわけじゃないんだけどな?」
「でも息かけたじゃん……!」
「ごめんって。全く腹のこと意識してなかったんだって」
「……意識してなかったの?」
「うん。全く」
「…………ふーん」
「え?なんだ――ウグッ」
不意に顔に押し当てられるのはスラッとした白いお腹。
これ見よがしに押し付けられるそのお腹から顔を逸らそうとしても、首に回している美結の腕がそれを阻止する。
「これが……!祐希が……!昨日……!散々褒めちぎったお腹ですよ……!」
先程の反省を活かしてか、大声ではない。
けれどその動作は大声と言っても過言ではなく、息する暇も設けてくれない美結は俺の足を跳ね除けて下半身もを絡ませてくる。
「参ったか……!これで気にするか……!私のお腹を篤と味わえたか……!!」
「んー……!んっ、んー!!」
「そうかそうか!そんなに嬉しいなら――ヒャッ!」
おへそに息を吹きかけてやった。
肺にためた酸素をすべて使い切って。
「はぁ……はぁ……クソッ。あんまバカなことすんな……」
そうしてやっと離れてくれたお腹から顔を上げた俺は大きく息を吸いながら紡ぐ。
「お、お腹ばっかり攻めるのやめて……!?」
「攻めてきたのそっちだろ……」
「だって祐希が気にしてないって言うから……!」
「その時は母さんのことで頭がいっぱいいっぱいだったんだよ。変な勘違いすんな」
「…………別に勘違いしてないし」
「嘘つけ」
荒くなった息とともに沈めていた体を浮上させる俺の鼻の前には美結の不貞腐れた顔。
「……分かった。さっきの事も含めて言ってやるよ」
「え?どういうこと――キャッ!」
美結の言葉を遮った俺は小さく鼻から息を吐き「よいしょっ」と口にしながら美結の体を持ち上げ、ベッドの上に座らせた。
「な、なに!?」
大声なんてなんのそのと言わんばかりの声が耳に響く。
「うっせ……」
「こんな事されたら誰だって驚くよ!?」
「まぁそれもそっか」
「そっかで済まされて――んー!」
美結の口を塞いだのは必然だと思う。
「これから大切な話をするというのになんともうるさい口なことだ」
「……んー」
美結の背中から離した右手で押さえていれば、美結が向けてくるのは怒りが灯ったジト目。
けれどそんなのを無視する俺は小さく深呼吸を披露し、
「はっきり言う。俺は、美結の髪が長かろうが短かろうがどっちでもいい」
「……」
「ただ、それは
「――っ!」
「結構無視してたけど、美結が言ってほしい言葉も分かってるつもりだ。……けど、彼女以外に言うのは的違いだから言わないだけ……」
「…………」
コロコロと変わる美結の目元。
明らかに中学の頃よりも表情の手札が増えた美結は、手を振って『腕退けて』というジェスチャーを披露する。
「あいよ」
「プハッ」
素直に従ってやれば、なぜ息を止めていたのかもわからない美結は大きく息を吸い――背中に回した腕には飽き足らず、腰に足を回してきた。
「私からも言わしてもらうけど!祐希も勘違いしてる!!」
「……俺の話まだ終わってないんだけど」
「いいから!静かに聞く!」
「…………はい」
キッと目頭を立てる美結は目を見つめるために顔だけを離し、けれど体中に巻き付く節々からは絶対に離さないぞという意思すら感じる。
「私、祐希に褒められるの結構嬉しいから!!」
「……え?」
突然紡がれた言葉はどうにも理解しかねる言葉。
思わず首を傾げてしまう俺に、気にする様子も見せない美結は言葉を続けた。
「祐希は『褒めることも浮気』に分類してるみたいだけど、これは『ただ友達同士が褒めあってるだけ』だからね!」
「…………」
「なーんで祐希は私を褒める時ちょっと戸惑うかなぁ……!昨日みたいに思うがままに褒めてよ!髪が短くてなに?私のお腹がなにっていうの!褒めるならちゃんと褒める!これは浮気じゃないから!!」
赤面な頬から放たれる言葉はうるさい。
うるさい……はずなのに。言い返してやりたいと思うのに……。
今日聞いた言葉の中で1番心に響いてしまった。
先生のテストに出る問題よりも。匠海の言葉よりも。彼女の言葉よりも。
元カノの言葉の方が、俺に響いてしまった。
「あ、ご、ごめん……。耳元でうるさかったよね……」
俺が俯いてしまったからだろう。
不意に心配してくる美結はスルッと体に回していた腕の力を弱める。
「……なぁ、美結」
「え?な、なに……?鼓膜破れた……?」
「……破れてねーよ」
「じゃあ……なに?私、なにか変なこと言った……?」
「うん。言った」
「え」
困惑染みた言葉が落ちる。
もちろんそんな言葉なんて拾い上げることのしない俺は――
「――キャッ!」
美結の肩を掴んで押し倒した。
「元カレに対してそんな言葉を並べるのはおかしい!」
「お、え?な……え?」
この状況が飲み込めていない美結の口から溢れ出る困惑。
「長くても美結の髪は大人びてて似合ってるし!短くても小顔が目立って可愛い!!」
「か、かわっ!?」
「お腹のラインも綺麗だし!胸の膨らみも綺麗だし!太ももだって綺麗!」
「な、えっ、!?ゆ、祐希!?とりあえず……!離して……!!」
赤面になる顔を隠すようにバタバタと暴れ出す美結だけれど、当然逃がすつもりはない。
「今もそうだったけど!すぐ嫉妬する美結も!コロコロ表情を変える美結も!積極的な美結も!好き!!………………だった…………!!!」
ピタッと美結のすべての動きが止まった。
理由なんて聞かずとも分かる。
「…………ごめん。いきなり」
ボフッとなんの抵抗もしない美結に倒れ込む。
果たしてこの謝罪が何に対して言ってるのかなんてもう分からない。
「…………」
背中を抱き寄せていた美結の腕は無言で宙を舞う。
……美結が怒ってる理由なんて、ひとつ。
ただの
好きでもない元カレに、好きと言われたから。
「…………部屋、帰るわ」
不意に静寂に包まれた部屋の中でボソッと紡ぐ。
相手が怒るとわかっているなら紡がなければ良い。
今の今まで制御できていたのなら言わなかったら良かった。
この状況を誰かに話せばきっと色んな正論が飛んで来るだろう。
……けど、美結の言葉が俺の隠し持った言葉を打ち出させたのだ。
未練のある元カレにあんな事を言ったらダメだ。
嫌でも勘違いしてしまう。
だから、せめてもの足掻きで『だった』を付け加えた。
「――言うだけ言っといて逃さない」
「え、」
体を持ち上げようとした時、突然背中にのしかかるのは先程まで中を彷徨っていた美結の腕。
腑抜けた声を上げる俺なんて無視して抱き寄せる美結はグルンッと体を回転させ、形勢逆転と言わんばかりに俺の上に跨った。
「浮気じゃないからってなんでもかんでも言い過ぎだから」
「……ごめん」
「ほんと、私の気も知らないでなんでもかんでも言いすぎ……なんだから……」
グッと肩に力が入る。
言葉からも分かってしまうほどに、なにかを堪えるように。
「……ねぇ、祐希」
「……ん?」
「……今日も、誘っていい……?」
「連日はダメなんじゃ――」
「誘ってもいい?」
やっぱりこいつは俺を勘違いさせてくる。
どうして拒絶しないのだろうか。どうして嫌いにならないのだろうか。
どうして俺の未練を加速させるような事を言ってくるのだろうか。
脳裏で疑問が渦巻く。
何度咀嚼しようとしても、体が答えを拒絶する。
「…………お好きにどうぞ」
ふっと顔を逸らす俺は小さく紡ぐ。
そんな俺に顔を近づける美結は、ギュッと抱きついた。
『確かめる』なんて言い訳なんて忘れて。
どっちが先に力を弱めたかなんて気にしてないと言わんばかりに。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます