第9話 甘えたがりな元カノ
「お風呂上がったよ〜!」
とっくの前にお風呂を済ませた俺にそんな言葉をかけてくる美結。
「耳元で叫ぶなバカ……」
耳を抑えながらテレビの電源を消す俺は美結を避けて辺りを見渡す。
「お父さんたちならいないよ?」
「ん?さっきまでいたよな」
「居たけどコンビニにアイス買いに行った」
「……2人で?」
「2人で」
「……睦まじくてなによりです」
ぼそっと呟いた俺はボウリングで疲れ果てた体を休ませるようにグデーっと背もたれに体重を預ける。
そうして目が合うのは首にタオルを掛けた美結。
「……なんだよ」
「え?だからお風呂出たよって」
「だからなんだよって」
「え?髪乾かして?」
不意に美結が差し出してくるのはドライヤー。
「全然嫌だけど――」
「乾かして」
拒否なんて最初から受け入れるつもりはなかったのだろう。
グリグリと頬にドライヤーを押し当ててくる美結の顔に笑みなんてない。
「自分で乾かせ……。というか昨日まで自分でしてただろ……」
「今日はしてもらう気分なの」
「傲慢かよ……」
「ねーはーやーくー」
「……欲求不満か?昨日あんだけ――」
「うっさい。早くやって」
力加減なんて気にしてないと言わんばかりに頬をドツカれるドライヤーは痛い。
「……ひゃい」
まともに口すら開けない俺は情けない言葉を返し、頬にねじ込まれたドライヤーを不承不承に受け取った。
「受け取ったら早く行くよ」
「どこに……?ここじゃダメなのか?」
「ここに櫛ある?」
「……ないっすね」
「だから私の部屋行くの」
ジト目を向ける俺なんて他所に、扉を指差す美結。
……だが、ひとつだけ言いたいことがある。
「一応昨日、あの部屋でしたんだぞ?気まずくないのか?」
今朝からそうだったが、俺たちの間にわだかまりはない。
確かに
「……自分だって普通に話してるじゃん。気まずさなんて今更でしょ」
「いやまぁそうだけどさ」
ふいっと表情を隠すように逸らす美結はそそくさと扉の方へと歩いていく。
続くように腰を上げた俺も、コードを解きながら後ろを歩く。
「…………正直言って、気まずさはあるよ」
扉を潜りながら不意に紡ぐ美結は、やっぱりこちらを向いてくれない。
「でも祐希の態度がいつもと変わんないから普通でいられるの」
言葉を紡ぎ続ける美結は階段を上がり、途端に部屋の前で足を止めた。
「……美結?」
「なんでさ。祐希は普通でいられるの?」
やっとこちらを向いてくれたおでこがコテンと胸にのしかかる。
タオルを握っていた手を俺の服へと移し、甘える子どものようにグリグリとおでこを押し当て続けてくる。
「……なんか履き違えてるようだから言うけど、俺も気まずぞ?」
「うそ。私と話す時に気まずさなんてない」
「というかそれ、俺のセリフな?美結がいつも通りすぎるから俺もいつも通りに接せてるんだよ」
「私はいつも通りなんかじゃ――」
「――ウグッ゙」
途端に顔を上げた美結の頭が顎にぶつかる。
絵に描いたような間抜けな声を披露した俺に、美結は伏せた眉を向けた。
「あっ、ご、ごめん……」
そんな言葉とともに下がっていく美結のおでこは俺の胸にくっつくことはなく、半歩後ろ下がった。
「気にすんな。近づけすぎてた俺が悪い」
「それも……そうね。うん、祐希が悪い」
「…………ホント性格いいよな」
ヒリヒリと痛みを訴える顎を擦りながら紡ぐ俺に、ぎこちなく笑みを浮かべた美結はこちらを見上げ、
「とりあえず、乾かしながら話そっか。褒められたことだし」
「嫌味だ勘違いすんな」
「聞こえませーん」
一体こいつのどこを見て『気まずそう』と判断すれば良いのだろうか。
朗らかに言った美結はドアノブを捻り、そそくさとベッドへと歩いていった。
……そして、いつの間にか色が変わっているシーツへと腰を下ろす。
「……昨日のシーツどした?」
「学校行く前に洗濯機回したのよ。……精液ついたシーツで寝たくないし」
「まぁ……うん。その節はごめん」
「別にいいよ」
若干頬を赤くした顔がふいっと逸らされる中、俺も灰色のシーツに越しを下ろ――
「……けど、毎日シーツ取り替えるのめんどくさいから連日ではヤらないよ……」
「…………やるかボケ」
軽くチョップをお見舞いした俺は熱くなる顔を無視するようにコンセントを挿した。
さすれば、ベッドの横にある机から櫛を取り出した美結は「ん」とぎこちなく手渡し、背を向ける。
「それで?美結に気まずさがないって話だっけ?」
「あるって!」
咳払いとともに完全に話を逸した俺の太ももにはたきをかましてくる美結。
「絶対うそだろ。そんな素振りなかったし」
「私なりに頑張ってたの。さっきも言ったけど、祐希がいつも通りすぎるから」
「いやクソほど気まずいぞ?この状況だって気まずいし」
「……じゃあなんで普通に話せてるの」
「そっちだってそうだろ」
「私は祐希が普段通りだから!以上!!」
バシバシっと八つ当たりかのように太ももを再度叩いてくる美結なのだが、やり返しでこの髪を引っ張るわけにも行かない。
だから俺はその叩かれていた太ももを上げ、カマキリのように美結のお腹をふくらはぎと太ももで挟んだ。
「――っ!バカ!連日ではダメって言ったじゃん!」
「だからしねーって!どんだけ脳内ピンクなんだよ!」
太ももを連打する美結は頭に櫛があるというのにも関わらずブンブンと顔を振る。
「じゃあなんで挟むのー!」
「太もも叩いてきた仕返しだっての!」
「絶対うそ!昨日言ってたじゃん!『お腹綺麗だね』って!!」
「おいやめろ!それ結構恥ずいから言うな!」
「私は結構嬉しかったから別にいい!」
「あっそうですか!!」
慌ててドライヤーの電源を落とした俺は手から離し、ぶっ飛んだ櫛を避けながら両手で美結の肩を抑える。
「とりあえず落ち着けっての!なにもしねーから!」
「……ほんと?」
「嘘つく理由なんてねーよ」
やっと動きを止めてくれた美結の肩は上下に動く。
けれど、こちらを見据える横目は未だに疑っていた。
「……どこか揉んだら暴れるからね」
「揉まねーよ。頭ピンクなのやめろ」
「…………昨日あれだけ揉んできたんだから信じない……」
「隙あらば昨日のこと掘り返しやがって……」
「だって……匠海にもあんなに揉まれたことなんだもん……」
「…………あっそーですか」
颯とドライヤーを手に取った俺はワシャワシャと美結の頭を散らかしながら乾かす。
「ちょっ!祐希!?もっと丁寧に!」
「……おめーが悪いからな」
「私なの!?あ、もしかしてボウリングのことまだ根に持って……。あの時はごめんって!」
「あーそんなこともあったな。なんかイライラしてきたな」
「だからごめんって!あの時は匠海が理由って言えなかったの!」
「それでなんで俺なんだよ。瑞月もそこそこな点数取ってたろ」
「ゆ、祐希なら許してくれるかなぁって――ねぇ!私の髪の毛だからもっと優しく!!」
途端に力を強めた俺の手を止めようとしてくる美結の手。
けれど残念なことに、背後にある俺の手を掴むことはできず、八つ当たりのように太ももを一発叩いた。
「分かった分かったごめんごめん」
「そーやって適当な言葉ばっか並べて。彼女にも迷惑ばっかかけてるんでしょ?」
「いや、瑞月の時はもっと丁寧に乾かしてる」
「…………ふーん……」
――バチンッ!と今日1の音が部屋……どころか、家中に鳴り響いた。
厳密にはそう思ってしまうほどに叩かれた太ももは痛く、グリグリと後頭部を顔に押しつけてくる美結が不機嫌を顕にしていたからだ。
「な、なんだよ……!まじで痛かったぞ!?」
「ふんっ!」
「おい顔逸らすな!?まずは謝罪からだって教わらなかったのか!」
「祐希にはするなって教わりましたー」
「独学だろそれ!」
ぶっ飛んだ櫛がないから致し方なく指で梳く俺に、更に攻撃を与えてくる美結は後ろからでも分かるほどに頬を膨らませている。
怒りたいのはこっちだと言うのに。
「祐希のバーカ!」
「バカって言ったほうがバカって習わなかったのか?ってことでバカは美結な」
「そうやって子どもじみたことばっか言ってるから――……あー、いや、なんでもない……」
刹那、ピタリと押し当てられていた美結の頭の動きが止まった。
「……おいそこまで言ってなんでもないは無理あるだろ」
「……絶対言わない。この口が裂けても」
「バカなこと言ってねーではよ言え。髪乾かし終わるぞ?というかもう終わったし」
カチカチッと音を鳴らしたドライヤーからは風の音が消える。
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