第8話 愛の確かめ

「ん?全然気にしてないぞ?」

「……うそ。すっごい思い悩んでる顔してた」

「そうか?気のせいだと思うけど」

「私は祐希の彼女だよ?そういうの分かっちゃうんだから」


「ん!」と突き出してくる瑞月の手から缶ジュースを受け取れば、隣に腰を下ろした。


「……やっぱりさっきのことだよね?ごめんね。彼女なのに意地張って敵になっちゃって……」

「瑞月が気負うことなんてなんにもないよ。……敵になったことは許したくないけど」

「そんな事言われたら嫌でも気負うよ!?」

「冗談冗談。全然気にしてないから安心して?」

「怖い冗談つかないでよぉ……」


 目に見えて分かるほどにホッと胸を撫で下ろす瑞月は缶の蓋を開ける。


「あ、今更だけどコーラで大丈夫?嫌いなら他のやつ買ってくるけど……」

「大丈夫。ありがと」


 続くように俺も蓋を開け、グビッと口に含む。


「……ねぇ、祐希くん」


 不意に口を切る瑞月は飲み口に唇を当てるわけでもない。


「ん?」


 首を傾げてみれば、「……ほんとに上手くなるの?」なんて言葉がガターを手に入れた少女から聞こえてくる。


 思わず苦笑を浮かべてしまいそうになるのだが、どことなく神妙な面持ちな瑞月はそちらを見向きもしなかった。


「……私、ちゃんと祐希くんの彼女だよね……?」

「え?」


 心臓が飛び跳ねたのが分かった。

 それどころかコーラまでもが跳ねそうになったのだが、グッと堪える俺はおもむろに紡ぐ。


「な、なんでそう思うんだ……?」

「ふと思ったんだよね……。私を見るときよりもって……」

「んなわけねーよ」


 俺が口にした言葉に嘘はない。


「……ほんと?」

「ほんと。美結なんかよりも瑞月と一緒にいる方が楽しいし、話してて楽しいのも瑞月だ」

「じゃあ、私の気のせい……なのかな……?」

「絶対気のせいだね。な〜んで俺が彼女を差し置いて他の女を楽しそうな目で見るんだよ」


 缶を持った逆の手を瑞月の手の甲に当てる。

 そしてこちらを見上げてくる瞳に合わせてその手を握り、


「瑞月はこの上なく最高な彼女だよ。瑞月と一緒に居るだけで心の支えになる」


 はっきりと口にした。

 言葉を。


 の美結よりも最高の彼女だし、の美結よりも楽しい。


(何も嘘をついていない)


 真摯な面持ちの奥で、自分に言い聞かせる。


『今の彼女のためにも、未練は忘れろ』と。

『今の彼女のためにも、美結とは友達フレンドで居ろ』と。


 今の俺の最優先は俺のことを美結ではなく、俺のことを瑞月。

 だから俺は、握る手の力を強めた。


「俺の言葉に、嘘偽りはない」

「……ほんと?」

「うん。ほんと」

「私の事ちゃんと好き?」

「うん。


 元カノには言えなかった言葉は、今ではすんなり言える。


 記憶を持ったまま過去に戻りたいという気持ちがないと言えば嘘になる。

 けど過去に戻れないのが現実。


 だから俺は、今目の前の彼女を大切にする。


 ――美結元カノを忘れるために


「……な〜にイチャついてんの」


 突然頭上に降り注ぐのは冷めきった言葉と同じく冷めた瞳。


「愛を確かめ合ってんだよ」

「……惚気なら他でやって頂戴。ガター続きで私は萎えてるの」

「ごめんムリ」

「あっそ……。ちなみに次、瑞月の番だよ」

「あ、う、うん!」

「……あんたもなに顔赤くしてんの……」


 美結の言った通り、真っ赤に染まった顔はコーラを置いて腰を持ち上げる。


「そ、その……。わ、私も大好き……だからね!」

「おう」

「……え?なにがあった?」

「知らな〜い」


 遅れてやってきた匠海にふんっと顔を背けながら答える美結は――わざと手首からヘアゴムを落とした。


「美結?大丈夫か?」

「ヘアゴム落ちただけだから大丈夫」

「手首から……?」


 なんて疑問を口にする匠海だが、「まぁいっか」とあっという間に疑問を蹴り飛ばしてカバンから財布を取り出した。


「飲みもん買ってくるけど、なんかいる?」

「じゃあコーラ頼もうかな?」

「りょうかーい」


 ヘアゴムも取らずに腰を上げた美結はそう言葉を返し、匠海が去っていくのを確認して再度膝を曲げた。


「(随分とお熱いことで)」


 その際に聞こえた言葉からは怒りすら感じられるが、目の前でイチャつかれたからだろう。


「(そっちもな)」

「(そちらほどではありませんよーだ)」


 やっとヘアゴムを手に取った美結は、ぷいっと顔を逸らして対面のソファーに腰掛けた。


「ねね!祐希くん見た!?ストライクだよ!!」


 レーン側から聞こえてくるのは瑞月のはしゃぐ声。


「めっちゃ綺麗に投げれたな!もしかしたら連続でストライクもあるんじゃね?」

「あるかも!」


 見てもいないボールの軌道を淡々と並べる俺に、疑う素振りも見せない瑞月は手に平を見せながら戻って来る。


「いぇい!」

「いぇーい!」


 パチンッと鳴り響くそんなハイタッチとは裏腹に、対面の少女は誰にも聞こえないように小さく鼻で笑った。

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