第7話 擦り付けは良くないと思います

「やっぱあいつ上手いな……」


 たった今、目の前に広がるのは友人匠海がストライクを取る姿。

 フォームからボールの軌道まで、何から何まで完璧な匠海はこれでストライク8回目。


 たまに9ピン残しでスペアになっているのだが……1ゲームでストライク8回ってなんなんだよ。


(自分の彼女見てみろ)


「……そうだね。私の彼氏はすっごくボウリング上手いね……」


 分かりやすくしょげる匠海の彼女は引き攣った笑みを浮かべている。


「み、美結も上手だよ!ただガターが多いだけで、ストライクはなくて……スペアもなくて……ご、5ピン!2回の投球で5ピンも倒せてるじゃん!」

「……瑞月。それ慰めじゃなくて追い打ちだぞ?」

「ハハッ……。別にいいよぉだ。私なんて下手ですよぉだ……」

「ほーらしょげた」


 前かがみになった美結は膝に顎を乗せ、頬を膨らませる。


 そんな姿を前にあたふたとする瑞月の元に現れるのは、現役の彼氏。


「ん?なんでうちの彼女不貞腐れてんの?」

「あーいや、これはそのぉ……」

「……まさか瑞月。いじめたのか……?」

「違う!断じて違うから!私がいじめるような人間に見える!?」

「うん」

「即答!?ひどくない!?」

「現に美結が落ち込んでるからな……」

「ねぇ祐希くん〜!匠海くんがいじめてくるぅ〜!!」


 涙目で俺の胸へと飛び込んでくる瑞月はグリグリとおでこを押し当てる。


 確かにいじめてはいないのだが、追い打ちをかけたことに何ら変わりはない。


「可哀想に」

「え?それだけ?」


 懐疑的な瞳と共におでこを上げてくる。

 そんな彼女に俺は頭をひとつ振る。


「だって追い打ちかけたのは事実じゃん」

「祐希くんまで敵なの!?」


 バタバタと胸の中で暴れ出す瑞月はお腹を叩いたり太ももを叩いたり。


「はーなーしーてーよー!」

「ん?絶対ムリ」

「なんで!?」

「あちら側が良い感じになってるから」

「……あちら側?」


 言葉を反芻する瑞月の動きはピタッと止まり、あちら側である背後に首を向けた。


 そうして視界に入るのはグシグシと美結の頭を撫でる匠海の姿。


「なーにしょげてんだよ〜」

「別にしょげてないもん……」

「声からしてしょげてるじゃん」

「……気のせい」

「んなわけあるかい。瑞月にどんな事されたんだ?」

「瑞月のもあるけど、根本的なのは…………」

「え?俺!?」


 途端に視線がこちらに集まる。


 睨みを向ける匠海。不審な瞳を向ける瑞月。……そして、恨めしそうに細い目を浮かべる美結。


「……おい祐希。なにしたんだよ。そういえばさっき帰ってくるのが遅かったな?その時になにかしたんじゃなかろうな?」

「してない!これっぽっちもしてない!触れてもなければ目も見てないぞ!?」


 淡々と並べる嘘を見破るように、匠海の睨みは更に鋭くなる。


「……じゃあなんで美結が悲しんでんだ」

「知らねーよ!?全くもって身に覚えがない!」

「……加害者はこう言い張ってるけど、実際のところどうなんだ?美結」


 俺に向けていた睨みとは一変し、眉根を伏せた匠海は美結の背中をさする。


「なんか前よりもボウリングが上手くなってるから傷ついた……」

「おいそんなことでしょげるな!?匠海と何回も来てるんだから上手くなって当然だろ!」

「私もそれなりに匠海と来てるのに……?」

「匠海!これ俺悪くないだろ!?」

「そうだな……。美結の言う通り祐希が悪いな……」

「なんでだよ!」


 背中を優しくさすっていた匠海はどこへ行ったのやら。

 キッと目頭を立て、こちらに鋭い瞳を向けてくる。


「祐希!なんで1ゲームで5回もストライク取ってるんだ!」

「……なぁ瑞月。これ、俺が悪い……?」

「うん」

「瑞月も敵かよ……!」


 胸の中で即答する瑞月はやり返しだと言わんばかりにニヤリ顔を披露する。


 チラッと横目にこの状況の元凶美結を見てみれば、『ごめんね』と言いたげに苦笑を浮かばせていた。


「祐希!美結を見習ってガターは10回以上!」


 ――刹那、苦笑は崩れて泣き顔に。


 なんで俺に擦り付けたのかは知らん。

 ……が、多分彼氏のせいだとは言い難かったんだろう。


(だからといって俺に擦り付けて良いわけじゃないからな……!)


 キッと美結に睨みを向ける俺に、敏感に反応したのは言わずもがなの匠海。


「祐希!被害者に睨みを向けない!」

「タイミング良すぎだろあいつ……!」

「祐希くん!人に罪を擦り付けたらダメだよ!」

「おい待て。追い打ちかけたのは瑞月――」

「祐希くん!!無駄口はダメだよ!」


 グッと両手で口を抑えてくる瑞月は、ふるふると首を横に振る。


「…………」


 どうやらこの場の犯人を俺だけに絞りたいらしい。


 自分勝手な彼女に睨みを落としてやれば、ピタッと止まったその顔からは小声で紡がれる。


「(ジュ、ジュース!ジュース買ってあげるから言わないで……!)」

「…………」


 ――コクッ


「(あ、ありがとう……)」


 ため息混じりに吐き捨てる瑞月はやおらに口から手を離してくれる。


 そしてその場から逃げるためにもそそくさと体を上げ、カバンから財布を取り出した。


「ちょ、ちょっとお飲み物買ってくるね?も、もしだけど、祐希くんがなにか言ってもそれは全部ウソだからね?」

「……なんか逃げてね?」

「気のせい!私はな〜んにもしてないよぉ?」

「じゃあさっき美結が言った『瑞月のもあるけど』ってやつはな――」

「行ってきま〜す!」

「……完全に逃げたな」


 猛スピードで去っていく瑞月にジト目を向ける匠海は、不意にこちらを見やった。


「……なんすか……。罵詈雑言を浴びせるならお好きにどうぞ……」

「なんか美結の家族も不貞腐れてるぞ?」

「ふんっ。自業自得よね」

「それもそうか。祐希なんてほっといてボールの投げ方とか教えてやるぞ?」

「ほんと!?ストライク連発できるぐらいの実力にして〜」

「……頑張るよ」


 先程までのしおらしかった顔はどこへ行ったのやら。

 ほほ笑みへと変貌したその顔はソファーから腰を上げ、レーンへの前へと向かっていった。


「……腕に抱きつきやがってよ」


 緑色のボウリング球を手に取る匠海に抱きつく美結はこの上なく楽しそう。


 正直言って、そんな光景に嫉妬がないと言えば嘘になる。

 美結に未練がある身からすればその光景は羨ましいし、中学の時に何度も夢見た光景。


 さっきの一件もあって、もしかしたら俺に乗り換えるんじゃないか?なんて期待もあったのだが……あの顔を見るに、俺はあくまでも『フレンド』なのだろう。


 ただ身近に居たから、誘っただけ。

 快楽を感じたいから、元カレと一線を超えてるだけ。


(……あいつに未練なんてないんだろうな……)


 不意に悔しいなんて言葉じゃ収まりきれないほどの後悔が身に襲いかかる。


 どうしてあの時、もっと話さなかったんだろう。

 どうしてあの時、一緒に帰ろうと誘わなかったんだろう。

 どうしてあの時――


「すっごい落ち込んでる……。祐希くんごめんね……?」


 突然缶ジュースを両手に持った瑞月が視界に現れた。

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