第6話 求めてしまった

「ボウリングだ〜!!」

「騒ぎすぎだバカ」


 両腕を大きく広げて高らかに声をあげる彼女に軽くチョップ。


 さすれば「いだっ」と言葉と一緒に両手で頭を抑えた彼女は涙目でこちらを見上げてくる。


「彼女に暴力振るうなんて……!DV彼氏め……!!」

「はいはいごめんごめん」

「うーわ!慰めることもなくそーやって逸らすんだ!ふーん!!」

「あ〜よしよし。ほんとにめんどくさいからめんどくさい彼女にならないでね〜」

「えへへ〜」

「……撫でる時にかける言葉ではないでしょ……」


 頭を撫でる俺に、ボウリング玉を持ってきた美結がツッコミを入れる。


「本人が喜んでるんだからいいんじゃね?」

「うん!全然良き!」

「はぁ……。今更だけど変わったカップルだね……」

「世界一の変わったカップルを目指してるからね!ねぇ〜祐希くん!」

「はいはいそうだねそうだね」

「うん〜」


 あしらう言葉に反し、両手で頭を撫でてやればこれ見よがしに頬を緩ませる瑞月。


 学校も終わり、俺達が今いるのは言わずもがなのボウリング場。


 俺たち以外にも制服を着ている生徒がチラホラ見える中、騒がしい俺達のレーンは人際目立っていることだろう。


「お前らここでもイチャついてんのか……。飽きないもんなのか……?」

「うん!ひとっつも飽きない!」

「なんだとさ」

「なんだとさじゃねーよ。おめーもそのうちの1人だ」

「俺はまぁ、見ての通りだ」

「…………飽きないんかい」


 シューズとボウリング玉を片手ずつに持つ匠海は冷めきった瞳を向けてくる。


 けれど気にする様子もない我が彼女は緩ませた頬とともに俺の手を弾き返した。


「よし!祐希くん成分は満タン!ってことでボールと靴取ってくるねぇ〜」

「あいよ」


 元気満々に去っていく彼女に言葉を返した俺も続けて腰を上げる。


「んじゃ俺も靴取ってくる。2人の時間を邪魔しても悪いし」

「……それを言うなら彼女と一緒に行ったれよ」

「あいつ6ポンドだろ?俺11ポンドだからそもそも場所が違うし、そもそも来る時に球取ってるし」

「……ついていくぐらいしたらどうだ?」

「行かねぇよ。6ポンドとか目の前だし――」

「ただいま!」

「な?行かなくてよかったろ?」


 あっという間に帰ってきた瑞月に匠海が向けるのは更に細くなった睨み。


「……2人の時間なくなったじゃねーか……」

「それはまぁ、うん。どんまいってことで。んじゃ靴取ってくる」

「あ!私も一緒に行く!」

「瑞月のやつも取ってくるから待ってていいぞ?22.5だったよな?」

「正解!やっぱり私の彼氏は優しいねぇ〜」

「……2人の時間作らせる気ないだろ……」


 瑞月に向けていたはずの睨みがこちらに向けられる。


「うん、どんまい。3人で楽しめよ」

「……なんだあいつ……」


 背中に恨めしい言葉が届くが、もちろん聞こえない振りを突き通す。


 そんなことよりも今、俺が気にしているのは美結の視線だ。

 明らかに俺と瑞月がイチャつく度にあいつの視線が細まっている。


 生憎俺は超能力者でもないからその視線がどういった意図があるのかはわからない。


 ……だがもし、俺と瑞希に嫉妬を抱いてたとしたら……?


「……考えすぎか。元カレのイチャついてる姿を見せつけられたらそりゃ嫌だわな」


 思考を放り投げた俺は『27cm』と書かれた文字の下にあるボタンを押した。


「――ねっ。なに考えてるのっ?」


 突然耳に入り込んでくるのは弾けるような声色。


 慌てて顔を反らす俺は声の主に目を向け、目を細めた。


「なんで美結がここにいるんだよ……」

「私も靴取りに来たの。なにもおかしなことはないでしょ?」

「まぁおかしくないけどさ……距離、近くね?」

「え?」


 そんな呆けた声から察するに、この肩と肩がくっついてるのは無自覚だったのだろう。


「あと美結のサイズ24だろ?なんで隣にいるんだよ」

「え?あー……えーっと、26.5cmになったんだよね」


「ひゅ〜ひゅ〜」と奏でられていない口笛はそっぽを向く。


「わっかりやすいな……」


 落ちてきたシューズを拾い上げるために腰を曲げながら紡ぐ。


 そうすれば、まるで彼氏の死角になるように膝を曲げた美結は俺の頬を突き、


「……随分、積極的になったね」


 突然背中に這い上がるのは背徳感なのだろう。


 死角とはいえ、場所が場所だ。

 帰ってくるのが遅ければ瑞月は心配で見に来る。匠海も然り。


 もちろんバレたくないのなら腰を上げればいい。


「……過去の経験があるからな」

「つまり私をダシにしたってわけだね?」

「お互い様だろ」

「私は元々積極でしたよーだ」

「嘘つけ」

「嘘じゃありません〜」


 腰を上げるどころか、膝を曲げた。


 理由は美結と話したいから。

 このハラハラ感をと思ってしまったから。


「それにしても柔らかいね」


 俺の気なんて知らない美結は未だに頬を突きながらほほ笑みを浮かべる。


「そりゃほっぺただからな」

「ほっぺただからって一概に柔らかいとは言えないよ?お父さんの固いし」

「……触ったことあんのか?」

「もちろん。なんならお義母さんのほっぺたも触ったよ?」

「頬フェチなのか……。珍しい」

「良いフェチでしょ。ちなみに1番柔らかかったのは瑞月だね」

「ほーん」

「もしかして興味ない!?」

「うん」


 目をかっぴらく美結は不意に突いていた手を広げ、人差し指と親指で俺の両頬を抑える。


「……」


 まるでタコのように唇を尖らされた俺は当然のようにジト目を向ける。


 ……そんな俺を見てか、手を離すことのない美結はクスッと笑みを浮かべた。


「変なかお〜」

「……ふーん」


 唯一口にできる言葉を鼻から出した俺は靴を握った逆の手を広げ、美結の頬を同じように挟んでやった。


 さすればタコのように唇はとんがり、細めた瞳と笑みを浮かべた目は向かい合う。


「「……」」


 そんな俺たちは無言。

 話せないというのもあるが、それ以上のなにかがこの口を――目を逸らさせてくれない。


 美結の笑みは不意に消える。

 そしてキュッと頬を掴む指に力が入った。


 きっと気のせいではないのだろう。

 やおらに顔が近づいている気がした。


 


「――っ!」


 鼻と鼻の距離が数センチになった時、慌ててその手を離して体を持ち上げた。


「み、美結の頬も柔らかいぞ?」


 まるでなにもなかったかのように腰に手を当て、瑞月たちがレーン前の椅子に座っていることを確認する。


「そ、そう?ならよかった……よ……」


 ぎこちない言葉が耳に上がってくるのに反し、美結の頭は下を向く。


「「……」」


 そうして訪れるのは無言。


 を越えようとした俺たちの間に漂うのは、『求めてしまった』という気まずさ。

 家でもないこの場所で、彼女でもない元カノに。


 あれだけ心に『キスは浮気』と刻んだはずなのに、本能が求めてしまう。

 相手も拒絶反応を示さないのだから、無意識に良いのかと思ってしまう。


「そ、そろそろ戻るか。時間かけすぎたしな」


 無性に熱い頬が背徳感を活性化させる中、あくまでもなにもしていない前提で口を開く。


「そうだね。彼女がいるのに私と長居するのも申し訳ないしね」


 俺に続くようになにもしてないと言わんばかりに口を切ってくれる美結は腰を上げ――ふっと柔らかな笑みをこちらに向けた。


?」


 まるで繋がらない会話文。

 けれど、何に対して言ってるのかなんて聞かずとも分かる。


「お互い様な?浮気すんなよ」

「もちろん。浮気しないよ」


 隠語のように放たれる言葉たち。

 お互いに釘を差すその言葉はしっかりと心に刻まれる。


「ふふっ、祐希ったら悪い顔してる」

「え?まじ?」

「まじまじ〜」


 確かめるために口元を触る俺なんて他所に、笑みを浮かべる美結は24cmのボタンを押した。


「てか悪い顔ってなんだ――」

「――ねぇ2人とも!遅くない!?」


 突として背中から聞こえてくるのは彼女瑞月の声。


 思わず肩を跳ねさせた俺と美結は、刹那に重たくなった首を回した。


「ちょっと立て込んでてな」

「立て込んでたっていうか、祐希が自分の足のサイズ忘れたんでしょ?なーに人のせいにしてんの」

「別にしてねーって」


 こんなアドリブをなんの前ふりもなくできるのだから、多分俺たちの相性は最高なんだと思う。


「自分のサイズ忘れたの……?祐希くんもおっちょこちょいな所あるんだね」

「……こんな彼氏ですまん……」

「え!?いや、え!?頭下げないで!?別に責め立てるつもりはないから!」

「ほ、ほんとか……?」

「もちろん!そんなことよりも早くやろ!」

「俺の彼女はやっぱ優しいな……」

「目の前で惚れ直さないでもらえますかねぇ……」


「ササッ!レッツゴ〜!」なんて言葉を元気よく口にする我が彼女はこちらに背を向け、レーンへと帰っていく。


 そんな姿を視界に入れる俺は、ちょんっと美結の手の甲を突いた。


「(ナイス)」

「(アドリブはお手の物だからね)」


 ウインクが頬に当たる中、美結から視線を逸らした俺は22.5cmのボタンを押した。

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