第9話
翌朝、亮は普段より1時間近く早く目覚めた。いつものように慌ただしく準備するのではなく、ゆっくりと深呼吸をする時間をとり、一日の始まりを迎えた。
出勤前、最近部屋の風景の一部になってしまって、その存在を忘れかけていた部屋の隅にある観葉植物に水をやり、葉の上にうっすらと溜まっていた埃を拭った。その瞬間、窓から差し込む朝陽がその葉に反射して美しく輝いた。その美しさに一瞬見とれ、
「こんな光景、今まで全然気づかなかったな」
と、小さな発見になんとも言えない喜びのようなものが湧き上がってくるのを感じた。
オフィスに着くと、まず自分のデスクの整理から始めた。書類を種類ごとに分け、不要なものは思い切って処分。PCのデスクトップも整理し、フォルダ構造を見直した。
しばらく作業をしていると、響子がデスクにやってきた。
「おはようございます、木村課長。今日は早いですね。」
「ああ、今日はちょっと早く目が覚めたのでね」
「そうなんですね、目覚めが良かったんですね、なんかスッキリされた感じがします」
「ところで、昨日の企画書の修正案をお伝えしたいのですが...」
普段なら、すぐに書類に目を通して指示を出していたが、今日の亮は違った。
「ありがとう。じゃあ、コーヒーでも飲みながら、ゆっくり話そうか」
響子は少し驚いた様子だったが、嬉しそうに頷いた。
休憩スペースで二人は、企画書の内容だけでなく、お互いの考えや思いを共有した。その中で、亮は響子が持っていた斬新なアイデアを知ることができた。
「こんな発想、もしかしたら昨日の混乱の中では聞き逃していたかもしれないな」と亮は思った。
午後、部長から急な指示が入った。以前なら有無もなく即座に取り掛かり、他の仕事を後回しにしていただろう。しかし今日の亮は、一呼吸おいて現在の仕事の状況を確認し、優先順位を整理した。
「部長、申し訳ありませんが、現在進行中の案件との兼ね合いで、この新しい指示の締め切りを明後日にしていただけないでしょうか?そうすれば、両方の質を落とさずに対応できます」
部長は少しムッとしたような表情を見せたが、少し考えた後、
「そうか、では君の判断に任せよう。その代わり、その分良いものにしてくれよ」
と答えた。
「はい、了解しました」
そう返事をした亮は、何かはわからない自信に満たされていた。
帰宅後、亮は久しぶりに綾子にLINEをした。離婚後、必要最小限の事務的な連絡しか取っていなかったが、今日は違った。いくつものやり取りをしているうちに、綾子から「今電話できる?」とメッセージが来て、電話に切り替えた。
紬のことを話し、お互いの近況を語り合った。こんなに話すのは久しぶりだ。
会話の最後に綾子が言った。
「亮さん、なんか今日は...いつもと違うっていうか…私の話もゆっくり聴いてくれて、ありがとう。いつもこんなふうに話ができてたら良かったんだけどな」
その言葉に、亮は自分の中の変化を実感した。
「その余白が、波動を整え、新たな可能性を開く準備となります」
という昨日の音声の言葉が甦り、電話を切った後、亮は再び音声メールを開いた。
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