第10話

『こんばんは。今日一日、いかがでしたか?』


亮は、ソファに深く身を沈めながら、穏やかな声に耳を傾けた。



『今日は、人生についての重要な真実をお話ししたいと思います。


前に、ほとんどの人は、大人になれば、自分のことは自分で決めて、自分の人生は自分で歩んでいると思っていますが、本当にそうでしょうか?というお話をしました。


あれから数日の間、自分の波動や周りの波動を意識して過ごしてみたら、実際には、ほとんどの人が周りで起きることに反応して生きている、ということはもうお分かり頂けたかと思います


そして、まずは自分で自分の波動を変えることこそが、真の意味で自分の人生をハンドリングし始める第一歩なのだというお話もしました。』


亮は、今日の部長とのやりとりを思い出した。以前の自分なら、即座に反応して「はい、わかりました」と答えていただろう。



『では周りからの影響をどうするか?ここで、一つのたとえ話をしましょう。


私たちの心を、一つの湖にたとえてみましょう。雨が降り、風が吹いて波が立つと、私たちはそれに対応することに追われ、湖の水の中、つまり自分の心の内が見えなくなってしまいます。』


亮は、これまでの自分の生き方が、まさにその通りだったことに気づいた。常に外からの要求や期待に応えることに追われ、本当の自分の声を聴く余裕すらなかった。



『さらに、周りから何かを投げ込まれたら、水飛沫が立ち、その波紋が広がり、投げ込まれたものはその中に沈んで溜まっていきます。これは、誰かに何かを言われたりされたりしたことで、腹が立ったり悲しんだり、感情を動かされていることと同じです。』


今夜の綾子との電話を思い出す。以前なら、過去の感情が波立ち、波紋を広げていたはずだ。でも今日は違った。静かに話を聴くことができた。



『だからこそ、まずは周りからの影響を一旦遮断する必要があるのです。周りの影響を受けない場所で静かに一人になる時間を作る。その余白を作ることで、湖面の波や波紋が収まっていくように、頭や心が外部からの刺激に反応することを停止する状態になるのです。』


そう言えば、今日一日、普段より落ち着いて過ごせたのは、就寝前と朝の余白を作ったことがきっかけだったのかもしれない。



『この状態になることで、初めて本当はどうしたいか、自分の声が少しずつ聞こえてくるようになります。そして、人によっては、この時点から、その声に従って行動できるようになっていきます』


けれども、とその話は続いた


『表面的に波紋は収まっても、つまり、目の前のことには振り回されないように気をつけても、すでにそれまでにたくさんのものが湖の中に投げ込まれていたり、土砂が流れ込んでいたら、湖の水が濁って中まで見えないように、これまでの人生の中で起きたインパクトが強いものは、顕在意識の記憶として普段は思い出さないようなものでも、潜在意識下に留まって影響を与え続けています。実はこれが非常に厄介なもので、ほとんどの人の人生を左右しているのです。


ここは非常に重要なことなので、また明日以降、改めてお話しますね。では、今夜も静かな時間を過ごしてください。いい夢を。』



確かに…


これまでの人生で経験してきたたくさんのことが、普段は思い出さないとしても、自分の人生に少なからず影響を及ぼしているはずだ。


でも、それをどうすれば良いのか?


その先が気になって仕方がなかったが、まずは余白を作ることだ、と亮は目を閉じた。

窓の外から伝わる夜の静けさが、今までと違って心地よく感じられる。

自分の内側にも、同じような静けさが広がっていくのを感じながら、亮は穏やかな気持ちで眠りについた。

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