第5話

日曜日の朝、亮は久しぶりに心地よい目覚めを感じていた。

窓から差し込む柔らかな日差しに、何とは言えない期待が膨らむようだった。


数時間後、亮は待ち合わせ場所に立っていた。


都会の雑踏の中、人々が忙しなく行き交う。車のクラクション、雑多な会話、ビルの谷間を抜ける風。亮はこれらすべてが波動なのだと意識し始める。


「こんにちは。すみません、お待たせしちゃいましたか?」


振り返ると、響子が少し緊張した様子で、でも何か嬉しそうな笑顔を浮かべていた。


「いや、今来たところだよ。行こうか」


二人は歩き出す。街の喧騒の中、亮は自分と響子の間にある微妙な緊張感を感じ取っていた。


「最近、どう?」


何から話して良いかわからず、亮がとりあえず意味のない言葉をかける。


「はい、まあ何とか...」


響子もあいまいな返事で答える。



亮は自分の中にある古い感情の澱を意識する。

それが二人の間の距離を作っているのかもしれない。深呼吸をして、自分の波動を整えようと試みる。


しばらく歩くと、御苑の入り口に着く。

一歩足を踏み入れた瞬間、空気が変わったように感じる。


「わあ、ここ、いつも近くは通るのに、入るのは初めてなんです。こんなところなんですね!」


響子の声に、少し弾んだ調子が混じる。


街の喧騒が遠のき、木々のざわめきや鳥のさえずりが耳に入ってくる。


「なんか、空気が違うよね」亮が言う。


「そうですね。なんだか...心が落ち着きます」


二人は並んで歩き始める。周りを見渡すと、家族連れやカップル、一人で本を読む人など、様々な人がいる。しかし、街中とは違い、みんなどこかゆったりとしている。


「なんだか、いつもと違う世界にいるようだな」


「はい。私も何かホッとします」


響子の声が、さっきより柔らかくなっているのに亮は気づく。

自分自身も、肩の力が抜けてきているのを感じていた。



たくさんの人たちがくつろいでいる広場を通り抜け、レストランのある場所を過ぎて小道に入って少し歩くと、『巨樹の森』と呼ばれるエリアがある。

そこに入るとほとんど人もおらず、さらに空気が変わるのが感じられる。


「わぁ、こんな大きな木があるんですね。樹齢、どのくらいなんだろ?すごいなぁ」


響子は独り言のようにそう言いながら、両手をその巨樹の幹に当てて上を見上げる。

つられて亮も響子の隣で両手を幹に当てる


「なんだか手が温かくなってきますね」


響子の言葉に、これも波動だな、そう思ったが、何と言って良いかわからずに


「そうだね」と答えてその後の言葉を呑みこんだ。



池のほとりのベンチに腰かけると、鴨が2羽、池の向こう側へ泳いで行き、その後に波紋が広がって重なり、複雑な形になってやがて消え、水面は再び周りの景色を映し出してゆく。普段、自分たちがしていること、話していることの波紋は目には見えないが、すべてこうやって広がって、影響し合っているんだろう、そう思いながら、亮は思い切って話し始めた。


「実は最近、波動というものについていろいろ考えさせられる機会があって…​​」


「波動...ですか?」響子は少し首を傾げる。


亮は自分が気づいたことを、少しずつ説明し始めた。

話せば話すほど、うまく言葉にできないもどかしさがあったが、自分が伝えたいことがなんとなく響子に伝わっていくのを感じる。これも波動によるものなのだろうか。。。


響子は真剣な表情で頷きながら、


「私も、場所によって気分が変わるって感じることとか、自分の状態で周りが変わるっていうか、そんなことを思ったことがあります」


と言葉を続けた。


二人の会話は、仕事のこと、人生のこと、そして互いのことへと自然に広がっていく。亮は、自分の過去の経験について少しずつ話し始めた。


「離婚のことは、正直まだ引きずっているところがあってね...」


響子は何も言葉にすることなく、少し俯いたまま黙って聞いていた。


しばらくして、


「実は私の両親、私が中学生の時に離婚していて…」

「まだ私の中で消化しきれずに引っかかっていることがいろいろあるんです」


と、彼女も自分の話を少しずつ始めた。


時間が経つにつれ、二人の間にあった見えない壁が少しずつ崩れていくのを感じる。


亮は、自分が話す内容だけでなく、自分の波動が変わることで、響子の波動に影響し、二人の関係性も変化していくのを実感していた。


夕暮れ時、御苑を後にする頃には、二人の間には新しい空気感が生まれていた。


御苑を出ると、再び喧騒が二人を包む。しかし今度は、その波動にのまれることなく、自分たちのペースを保っていられる気がした。


食事を終えて別れ際、


「今日は、とても良い時間でした」と響子が微笑む。


「うん、本当に」亮も心からそう思っていた。


「また...こんな時間を持てたらいいな」


響子の呟きに、そうだな、と心から共感して、言葉にはせずに頷いた。


響子と別れたあと、亮は確かな変化を感じていた。


自分の中の澱が少し晴れたような、そして新しい何かが始まりそうな予感。

それは、波動を意識し始めたことで得られた、小さくても確かな変化だった。

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